8時40分の君へ・隣の車両より

西野和歌

第1話

 8時15分。やっと通学の電車がホームに入る。

 俺と同じ制服を着た奴らが、ゾロゾロと乗り込んて行く。

 チラリと俺は横目で彼女を確認した。


 名前は知っている。

 好きなキャラも、鞄につけたキーホルダーで把握してる。

 俺はそれを手に入れるために、三千円も出してゲーセンで奮闘したんだから。

 自分の鞄につけたお揃いの戦利品をチャラリと撫でて、車両に乗り込んだ。


 いつもの定位置。

 連結部の小窓から、隣の車両が覗き見える。

 いつもの場所に彼女が座る。

 いつものように笑い、そして楽しそうだ。


 いつからだろう、彼女に目が行くようになったのは。

 理由なんかいらない。

 気づけば恋に落ちていた。

 恋ってそんなもんだろう。


 クラスも違えば、部活も違う。

 共通の友達なんてのもいない。

 ただ電車で隣り合う車両にいる君を見つめる。


 そりゃあ勇気を出せばいいのはわかっている。

 けれど、彼女の傍にはいつもアイツがいる。

 みればわかる。

 彼女はアイツが好きなんだ。


 あきらめようと努力をしても、夢に彼女が現れる。

 告白前に失恋? そりゃないぜ。

 高校入って初めての恋がこれ?

 こういうもんだろ? 恋って。

 わかってる。

 わかっていても、無理なんだ。

 まだ、彼女が好きな気持ちは消えることはない。


 未練がましい気持ちに、言い訳を作る。

 俺が遠くから、彼女の幸せを見届けてやる程度は自由だろ?


 電車が揺れて、トンネルに入る。

 耳にキーンという音と、鞄のキーホルダーが軽く当たって音を打つ。


 暗闇の中で光に浮かぶ、彼女とアイツ。


 ――アイツと俺の何が違う?――


 一瞬浮かぶ嫉妬の気持ちを、無理やり抑えて歯を食いしばる。

 見なきゃいいのに、見てしまう。


 とっとと駅につけばいいのに……。


 トンネルを抜けて、やっといつもの世界に戻ってこれた。

 そんな錯覚すら感じる、現在は8時30分。


 少し顔を傾ければ、窓の外から海岸線が見える。

 朝の太陽にキラキラ光る海の色が、俺の心を落ち着かせてくれた。


 馬鹿みたいに、毎朝家を出る前に鏡を見て入念に髪を整えた。

 きっと気づいて貰えないと知っていても、キーホルダーは一つだけ。


 もし俺がアイツだったら……。

 もし俺が彼氏だったら……。


 馬鹿な妄想をした後は、自己嫌悪に襲われる。

 いっそ告白して玉砕すればと覚悟を決めても、彼女の笑顔の前に消え失せた。


 ネットにも、本にも、友達ですら、こんな思いの処理方式を解読できるやつなんていない。


 ふと顔を上げて、隣の車両の君を見た。


「っ……」


 驚きで、声が出そうになり口を覆う。

 何が起こったんだ? 

 一瞬目を離しただけで、彼女は涙を流していた。


 いつもいるアイツがコチラに向かってくる。

 険しい顔をして、扉を開けて俺に向かって来た。


 あえて俺は避けずに肩でぶつかった。

 睨みつけられたが、俺も睨み返す。


 ――なんで泣いてんだよ!――


 アイツはそのまま進んで消えて行く。

 俺はとっとと無視して、急いで視線を彼女に戻す。


 座席に座り、両手で顔を覆って泣いている。

 隠しても、震える小さな体が彼女の悲しみを伝えてくる。


 ずっと、ずっと俺はここにいた。

 今までは、君のもとに行くことができなかった。


 8時40分。

 俺はやっと隣の車両に足を向けた。


 座る彼女の前に、あえて立つ。

 周囲も遠巻きにしている中で、俺は自分のキーホルダーを外して差し出した。


「あっ……あのっ!」

「っ……」


 涙をふいて、急いでいつもの顔を取り戻そうとする彼女。

 反射的に俺は声をかけたが、どうしたらいいものか。


 そもそも俺は、彼女いない歴17年のベテラン選手だ。

 互いの視線が合い、沈黙が訪れる。


 彼女が俺を見ている、俺を、俺だけを。


「それ……キーホルダー」


 ゆっくりと指さされた。


「いや、これ落ちてたから、君のかなって……ははっ」

「ううん、私のはちゃんとついてるから」

「……でも、君のと一緒だし、もう一個増えてもいいんじゃね?」


 声は震えてないだろうか?

 ちゃんと俺は冷静な顔ができてるだろうか?


 彼女は少し考えて、そして俺の手からを受け取ってくれた。


「落ちてたけど、いいのかな?」

「いいよ、俺が許す」

「何それ、ふふっ」


 8時50分、駅は目的地に到着した。

 俺の恋と共に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

8時40分の君へ・隣の車両より 西野和歌 @gurukosamin0628

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ