初任務~First mission~
初めての実戦訓練から三日ほどたったある日、私はいつも通り五時に起きると、顔を洗い、パジャマから着替えて訓練場に向かった。いつも通り、ウォーミングアップを済ませ、ジョギングから徐々にペースアップしてランニングに切り替え、そのまま訓練場を三周。その後息を整えたら身体強化魔法の練習も兼ねて練習用ドールに打ち込みニ十体、「的当て」三十個、その後仕上げにシミュレーターを起動し五十体、難易度を上げてもう五十体の計五十体の模擬魔獣を撃破し、最後にクールダウンをして訓練終了。最近はこれが毎朝のルーティンだ。
.その後は寮に戻ってシャワーで汗を流し、朝食の支度をする。今日は張り切って和風にすることにする。……といっても、さほど豪華にするつもりも無い。冷凍の塩じゃけが買えたのでそれを今日は焼いて食べるつもりだ。それに、カブの味噌汁と簡単なサラダを添えて、ご飯を炊くだけ。シンプルな内容だが、まあ、だいぶ慣れてきたとはいえ、ここでの生活は毎日訓練がある関係でそれなりに忙しい。気合を入れ過ぎても疲れるだけだ。そんなわけで、張り切りつつも気合を入れ過ぎないメニューを考えたつもりである。米は昨日のうちに炊飯器にセットしてタイマーで炊けるように設定しておいたのでじきに炊きあがる。それを待つ間に出汁を取り、カブを切って、しゃけを魚焼きグリルに入れる。米が炊けたのを確認して保温を切り、出汁のもと(私は削り節と粉末の乾燥昆布、粉末の椎茸がパックティーパック状の入れ物に入った、所謂「出汁パック」を使っている。)を取り出し、カブを出す。カブは葉の部分と根の部分を切り分け、根は月型に、葉はみじん切りにして鍋に入れて火を通し、その間に、キュウリとミニトマトを用意し、キュウリは輪切り、ミニトマトは二分の一にカットして深めの皿に盛り付け、ドレッシングをかけてサラダにする。その後、今度は焼き魚用の長方形の皿を用意し、焼きあがったしゃけを乗せる。カブに火が通ったのを確認して鍋の火を止めて味噌を入れ、よく溶いたら完成。最後に茶碗にご飯をよそい、味噌汁やサラダ、しゃけ、お箸と共にお盆にのせてダイニングまで運ぶ。
「いただきます。」
席について手を合わせ、箸を付けた。
「うん。美味しい。」
我ながら満足のいく出来で安心する。そういえば、今日もまだ桜小路さんとは顔を合わせなていない。ルームメイトなんだから少しぐらい顔を合わせる時間が有っても良さそうなものだけれど、今のところ授業前に教室ですれ違う位で、きちんと向き合ったことはほとんどない。徹底的に避けられている。……もっとも、それを、支障が無いからといって、気に病むでも、誰かに相談するでもなく、只々スルーしている私も私で問題があるのだろうけど。
「ごちそうさま。」
食べ終えて食器を片付ける。結局、朝食を食べている間に桜小路と会う事はなかった。
――とまあ、そんな感じで朝の時間は過ぎていき、あっという間に始業時間近くになった。支度を終えて教室に向かう。
「おはよ。」
今日はクラリスと遭遇した。彼女はこちらの姿を認めると軽く手を上げて挨拶してきたので、こちらも挨拶を返す。
「おはよう。」
短めの挨拶。けれど私たちにはこれが適当な温度感だ。サッパリしていて気持ちが良い。そのまま一緒に教室に入る。
昼休み、今日は昼食は買って食べることにしたので、購買でカツサンドを買い、食堂へ向かった。
「お。」
最近お気に入りの席に向かうと珍しく先客がいた。葉月と杏だ。二人は仲睦まじく語らいながらお互いにお互いの弁当箱をつつきあっている。邪魔しては悪いかと思い、別の席を探そうとする、と声が掛かった。
「しのぶっち~。やほ~。」
「……えと、ごきげんよう、忍ちゃん。」
葉月は元気よく、杏は控えめに、こちらに向かって手を振ってきた。こちらも手を振り返す。すると、葉月がちょいちょいと手招きしたので、私は二人が座っている席に近づいた。
「ごきげんよう二人とも。もしかして、邪魔しちゃった?」
そう訊ねると、葉月は人差し指を下唇に当てて少し考えた後
「んー。ウチ的にはそういう感じではないかな。杏はどう?」
と杏に訊ねた。すると杏も
「……うん。あたしも、邪魔とか、そういう気はしないかな。」
とはにかんだ。とはいえ、仮にもカップルが二人きりでいたことに違いは無い。なので、ここは慎重に。
「そっか。それならいいけど、ごめんね、二人きりだったのに。」
と返す。すると杏がにっこり笑って、
「……たしかに、二人きりだったけど、あたしたち、丁度忍ちゃんの話をしてたの。だから邪魔なんかじゃないよ。」
と言い、ついで葉月も
「そうそう。むしろちょうどよかった位のタイミングだよ~。ほらほら、こっちこっち。」
と言って席を一つ空けてくれたので、私は
「じゃあ、お言葉に甘えて、失礼します。」
と声を掛けて、その席に座った。見ると、葉月は手作りらしきフルーツサンドを、杏はやはりこれも手作りらしきハムサンドを、それぞれ手に持っていて、机にはサンドイッチや色とりどりのおかずが入ったランチボックスが置かれていた。
「すごい……。これ、手作りだよね。」
私が思わずそんな感想を漏らすと、葉月が、にっ、とどこか自慢するように笑って、
「そだよ。杏と一緒に作ったんだ~。」
と言うので、微笑ましく思って
「すごいな。どれも美味しそうだ。二人とも、料理上手なんだね。」
心から称賛する。何しろ、どれもこれもとても美味しそうなのだもの。すると、葉月が
「えへへ。杏は凄いんだよ〜。もう、何でも作れちゃうんだもん。ウチの自慢のかのピだよ〜。」
と言い、それを聞いた杏が
「え、何でも作れちゃうのははづちゃんの方だよ?あたしはレシピ通りにしか作れないし……。はづちゃんはアレンジ上手いし。」
などとイチャイチャし始めたので、こちらまで口角が上がってきてしまう。おもわずこう口にした。
「ふふっ。二人とも本当に仲が良いんだ。」
すると二人はニコニコしながら
「えへへ~当然だよ~。恋人同士だもん。」
「……うん!あたしたち、恋人同士で幼馴染みだもん!」
と告げてきた。やっぱり微笑ましい。微笑ましいついでに、ふと気になったことを訊いてみる。
「そういえば、二人は幼馴染みなんだよね?やっぱり家も近かったりするの?」
すると、葉月がやはりニコニコの笑顔で
「そうだよ~!お隣さん!幼稚園の頃から一緒に遊んでたし、なんならウチら自身は覚えてないけど、赤ちゃんの頃から家族ぐるみで付き合いがあったんだって!」
と答えた。杏もコクコクと頷いている。
「なるほど。」
そう相槌を打ち、ふと手元を見て、自分がまだ自分の昼食に手を付けていない事に気づく。いけないいけない。食べ損ねるところだった。私は慌ててサンドイッチの封を開けてかぶりつく。美味しい。肉厚で食べ応えがあり、けれど噛み切りやすい。ソースとキャベツも美味しい。思わずほおが緩んだ。それを見た葉月が
「あ、購買のカツサンドだよね?それ。美味しいよね~。」
と言うので、口に含んだものを飲み込んだ後、
「うん。凄く美味しい。お肉が凄くジューシー。」
と応えた。すると今度は杏が、
「あ、わかる。厚いのに硬くないよね。」
というので、
「そうそう。」
と頷いた。見れば葉月も、うんうん、と頷いている。
こうして、昼食の時間は賑やかに、楽しく過ぎていき、午後の授業に向かう……はずだった。
「何?!」
突然、サイレンが辺りに鳴り響いた。.同時に周囲の生徒たちがざわつき始め、私の、否、私たち三人全員の携帯端末がけたたましく鳴り始めた。慌てて画面を見れば、画面には赤く大きな文字でこう表示されていた。
『緊急招集:至急、一A生徒は教室に集まるべし。』
「これって……。」
私の疑問に、葉月が答える。
「緊急招集だね。ごく簡単に言うと、魔獣が出たから教室に来て出撃に備えろってこと。今回は警報とほぼ同時だったから、多分結界のすぐ近くに魔獣が出たんだと思う。」
淡々とそう語る彼女の面持ちは先程までとは打って変わって真剣そのもので、否応なしに日常から非日常への切り替えを余儀なくされる。私は思わず拳を握った。全身に力みが入り、額から汗の雫が一粒、流れ落ちた。この時が、来た。
「行こう。」
葉月が短く言う。私と杏もそれに頷き、私たち三人は教室へ向かった。
教室では、巨大なスクリーンが展開され、プロジェクターから、なにがしかの図が投影されており、その脇に先生が、プロジェクターの接続されたPCの隣にクラリスが、それぞれ立っていた。教室内はざわついてはいたが、みな、緊張はしても混乱や恐怖はしていなかった。それを見て、私は改めて、彼女たちが中等部以前から訓練を積んで、しかも半数以上が中等部時代に出撃経験がある生徒なのだ、と実感した。それと同時に経験の無い自分が、どこか取り残されているような気分になった。静かに唇を噛む。そんな私の疎外感とは関係なく、周りの生徒たちと先生は準備を進めていく。しばらくして、先生が黒板の方へ向きを変え、チョークで大きく文字を書き込んだ。
『ブリーフィング』『作戦概要1、2,3』
その単語群が書かれてはたと気づく。そうだ。考えてみれば当たり前だ。魔獣出現の報があり、私たちは魔女で、ここに集められた。つまりここは今から単なる教室ではなく、私たち1Aの司令部となるということであり、今からブリーフィングを行うのだ。実感が無さ過ぎて、当たり前に気づくべきことに、今まで気づいていなかった。そんなことにも気付かなかった自分に、心の中で嘆息しつつ、けれどひとまずは自席で話を聞くのが正しいか、と思い、速やかに席に着いた。
「では、これよりブリーフィングを開始します。」
先生の声が響く。途端、教室内が静まり返り、生徒たちが一斉に前を向く。その様子を確認した後、先生は改めて口を開いた。
「ではまず、今回が初任務の方のために軽く説明します。任務前にはこのように教室に集まってブリーフィングを行います。その中で任務目的の説明と作戦立案を行い、その後前線メンバーとバックアップメンバーの割り振り、及び班分けを行います。班分けのメンバーは基本的に固定ですが、状況に応じ班の再編・再選定や、一時的な分割、別行動をお願いする場合があります。」
そこまで説明した後、先生は一呼吸置き、目線をわずかにこちらに向けた後、再び全体を向いて口を開いた。
「さて、それでは今回の任務目的を説明します。今回の任務は、結界の境界付近に出現した魔獣の掃討、及び出現元の確認、並びに周辺住民の安全確保です。現状、特に強力な個体の出現は報告されていませんが、今後出現しない保証はありません。ですので、くれぐれも慎重に。現地での指揮はアルムナイアンさんに一任しますが、異議はありますか?」
先生の問いかけにかぶりを振り、あるいは異議なし、と口にする生徒たち。当然、私も異議ありません、と返答した。生徒たちの答えを聞いたうえで、先生は改めて口を開いた。
「よろしい。では、アルムナイアンさん、よろしくお願いします。」
ハンナは先生の言葉に短く
「はい。」
とだけ答えた。
先生はそれを聞いて小さく頷くと、言葉の続きを口にした。
「ありがとうございます。では、続いて、作戦立案にあたって、魔獣の出現情報に関して現在確認されている情報を皆さんに共有します。皆さんにはそれに沿った作戦を立案していただきます。」
先生はそう言うと、スクリーンに表示された図を指揮棒で指した。図をよく見れば、それは簡略化された地図に、何やら二つの青い大きな丸印が付けられたものだった。
「現在、このように魔獣の群れの出現位置は大きく二か所に分かれています。その為、討伐の際も基本的に大きく二つのグループに分かれて行動するべきである、と考えています。その為、A班、B班をフロントメンバー、C班の
先生はここまで言うと、一度私たち全員を見まわし
「では、ここまでで何か疑問や意見、異議がある方は挙手をお願いいたします。」
と言ったので、私は気になった点を質問した。
「何故、A班でもB班でもなく、C班を分割するのでしょうか?」
すると、先生はにっこりと笑ってこう答えた。
「良い質問ですね。何故A班でもB班でもなくC班を分割するのか。その答えは各班のバランスにあります。まず現在、A班は、より火力と突破力に秀でた編成になっています。逆にC班は手数とスピードを重視した編成でお願いしています。B班は中間、と言ったところですね。なので、班を二グループに分ける場合、C班かA班を分ける方がバランスが良い、というのが一つ。そしてもう一つ、A班がより攻撃的な編成なのに対し、C班はより防御的な編成になっています。今回は攻撃を重視したいので、A班ではなくC班を分割する、というわけですね。」
「なるほど……。」
合点がいった。確かにそれならばC班を分割するというプランになる。納得だ。
「他に質問や意見、異議はありませんか?」
先生の質問に桜小路さんが手を挙げた。
「先生。何故経験不足の子が今回前線メンバーに含まれているのでしょうか?」
その目は明らかに私の方に向けられていた。
「経験不足だからこそ、ですよ。誰もが最初は経験不足なものです。それに、経験不足な方々に関しては一つの班に固まらないように配慮して差配したつもりですが、ご不満でも?」
先生は穏やかに、けれど的確に、切り返した。
「……いえ。仰る通りだと思います。失礼しました。」
桜小路さんは苦々しそうな顔で引き下がった。それを見た先生が更に付け加える。
「それともう一つ。今の言い方では悪意があるように受け取られかねません。もし、貴方が悪意や敵意をもって今の発言をしたのであれば、それも、誰か特定の人に向けて言ったのであれば、一度目は注意で収めましょう。ですが二度目があれば容赦はしません。いじめ、嫌がらせの類と見なし、即刻厳重な処罰を下します。よろしいですね。」
桜小路さんはうなだれて、すみません、とだけ言って席に着いた。
「よろしい。では、他に質問、疑問、異議のある方はいらっしゃいますか?」
先生の再度の質問に、D班の篠崎さんが手を挙げた。
「今回D班に配置された方が今後前線に配置される可能性はありますか?」
「はい。今後他のクラスとの合同作戦が実施される可能性は高いですから、そう言った場合は他のクラスの魔女との相性やバランスを考慮して再配置を行う予定ですし、そうでなくとも皆さんの能力が成長するごとに、より前線向きに成長する方、より後方支援向きに成長する方が出てくるでしょうから、そういった場合もやはり再配置を行います。」
先生は微かに笑みを浮かべながら答えた。
「回答ありがとうございました。」
篠崎さんは静かに席に着いた。それと同時に安堵する声と、不安に駆られる声との二色でにわかに教室中が染まる。しかし、先生が、ぱん、と一つ柏手を打つと、教室は再び静かになった。
「では他に何かご意見、異議、質問のある方はいますか?」
四度目の問いに、けれど流石に出尽くしたか、再び誰かが手を挙げることは無かった。それを見た先生は静かに頷き、次の指示を出した。
「では、作戦の具体案を決めていきたいと思います。アイディアがある方は挙手をお願いします。」
するとハンナ、クラリス、生方さんの三人がほぼ同時に手を挙げ、少し遅れて羽鳥さんと葉月が手を挙げた。
「では、ウッドさん、どうぞ。」
先生に指されたハンナは、普段のどこかキザな感じとはまるで別人のようなキリっとした声で言った。
「ボクは、挟撃を主体とした戦法で、敵を一グループずつ確実に撃破していくべきだと考えます。このプランなら、経験不足の子に経験を積んで貰いつつ、彼女たちのフォローもしやすいと思うからです。」
ハンナの説明に、先生は満足げに頷いた。
「合理的ですね。挟撃を主体にすることで、一度に狙う相手を一グループに絞りつつ、戦力を集中させることで味方の安全を確保する。とても良いプランだと思います。……他にプランがある方。」
先生の問いかけに、クラリスと葉月、羽鳥さんが手を挙げる。生方さんはハンナのプランに賛成のようだ。三人は互いに見合ったのち、難度か無言の譲り合いを繰り返し、最終的にクラリスを残して席に着いた。譲られたクラリスは軽く咳払いして口を開いた。
「私からは各個撃破による速攻を提案します。挟撃主体だとメンバーの安全性は確保されるかもしれませんが、その分逃げ遅れた一般人がいた場合、彼らを危険に晒す恐れがあるからです。速攻ならば、多少個々のメンバーの安全性は落ちるかもしれませんが、その分、一般人の安全確保に時間と人員を割けます。作戦目的に彼らの安全の確保も含まれている以上、そちらの方も意識してプランニングした方が良いかと。」
先生はクラリスのプランにまたも笑顔を浮かべ、軽く拍手した。
「素晴らしい。さすが、アルムナイアンさんと指揮能力のテストでトップ争いをしているだけあって、合理的ですね。仰る通り、一般人を守るのも、我々の重要な使命です。今のウッドさんの意見に反論、補足、対案、その他意見がある方、いらっしゃいますか?」
今度も羽鳥さんと葉月がほぼ同時に手を挙げ、更に今回は加えて桜小路さんも手を上げた。三人が三人とも、やはりお互いに譲り合った結果、どうやら桜小路さんが行けんんを言うらしく、桜小路さんがぺこりと二人に頭を下げ、口を開いた。
「一般人の安全確保を目的にするんでしたら、それこそC班の方々にやってもらうんがええんとちゃいます?変にA班・B班それぞれにバラバラに振り分けるよりバランスも効率もええんとちゃいますか?」
桜小路さんの指摘に、先生はますます笑顔になって
「良い指摘です。仰る通り、C班の方に一般人の安全確保をお願いする方が効率は良いでしょうね。」
とコメントした。そこに、杏がおずおずと手を挙げた。
「あの、えっと、そのことなんだけど……あ、じゃなくて、そのことなんですけど、確かに、桜小路さんの言ってることは理に適う部分もあると思うんですけど、その……実戦経験を色んな人が積めるようにするってとこからはズレちゃうんじゃ、って思うんですけど。」
杏の指摘に、またまた先生はニッコリ笑った。どうやら討論が活発になること自体を喜ばしいと捉えているようだ。対して、桜小路さんは神妙な面持ちで口を閉ざし、考え込むように顔を伏せた。先生はそんな桜小路さんを優しく見守りながらも杏の方へ向き直り、こう言った。
「はい。確かに、小春さんの言う通り、C班に民間人の安全確保をお願いした場合、戦闘経験に開きが出る可能性が高い、というリスクがあります。ですが、戦闘経験だけを重視するわけにもいきません。」
先生はここで一旦言葉を区切り、クラス全体を見回し、次にこう告げた。
「さて、先生としてはもう少し意見を出し合っていただきたいところですが、時間は有限です。一先ず、今までに提示されたプランを纏めてみましょうか。」
そう言って、先生はホワイトボードに今まで出たプランを纏め始めた。
「まず、一つ目が、敵一グループに挟撃を仕掛け、集中攻撃で確実に突破するプラン。二つ目がA班とB班で別々のグループを狙い、速攻を決めるプラン。そして更に、C班には民間人の保護を優先してもらい、A、B両班には攻撃に集中してもらうのが良いのではないかという意見も出ましたね。そこで、ここまでの意見を踏まえて、どのプランを選ぶか、あるいはどのような形に着陸させるのが適切か、何か意見がある方、いらっしゃいますか?」
先生が意見を募る。すると、先程から何か話したそうに何度か手を挙げていた葉月が再び飛び上がるようにして手を挙げて、
「はいはーい!ウチは基本的にナっち……じゃなくて、アルムナイアンさんに賛成だけど、民間人の保護は先生にやってもらいたいんだけど、だいじょぶかな?」
と言った。先生はそれを聞いてますます良い笑顔になりながら、こう返した。
「はい。勿論そのプランもOKです!。使えるものはどんどん使いましょう。先生を前線メンバーにカウントしても勿論OK。お偉いさんは「教師は後進の育成に専念しろ」とかうるさいことを言うかもしれませんが、個人的には知ったこっちゃないというか、全然良いと思います!」
先生がそう言ったのを受けて、クラリスがうん?と首を捻り、次いでこう言った。
「あら?でも、先生はオペレーティングに参加するんじゃ?」
クラリスの指摘に、先生は、うふふ、と笑いこう答えた。
「C班とD班の方に関しては先程告げた通りで間違いありませんが、先生に関してはあくまで暫定的な配置にすぎません。先程言いましたが、わたしがあまり前線に出過ぎると口やかましくなる方々がいるので、皆さんから御指名いただくまでは後方に就いていようと思っていました、が、わたしを前線に出すアイディアが出たなら話は別です。先程も申し上げた通り、わたし個人は、わたしが前線に出ることに問題は無い、と考えています」
「なるほど。なら、私も先生に防御を担当していただくプランに賛成です。」
先生の説明にクラリスがこう答え、次いで、そのクラリスの反応を見たハンナが高々と手を挙げ、意見を口にした。
「そうか、それならボクもそのプランに賛同しようかな。出来ないと思い込んでいたから提案しなかったけれど、そういうことなら先生に一般人の保護をお願いした方が良い。何せ防御に関しては生徒など比較になりませんからね。」
それを聞いた先生は頷いた後、私たちを見回して言った。
「うんうん。どうやら今のプランで話が纏まりそうですが、他の方はどうでしょうか・アルムナイアンさんのプランをベースに、わたしが一般の方の保護を担当する。春陽さんのプランになにか意見・異議がある方。」
「うちは特にありません。」
「あ、ワタシも特にないです。」
先生の問いに、それぞれ桜小路さんと篠崎さんがかぶりを振って答え、生方さんも首を横に振った。やがて、他のクラスメイトたちも首を振って返答していった。
「では、このプランでよろしいでしょうか?」
「異議なし。」「異議ないでーす。」「意義ありません。」「大丈夫でーす。」
教室中から同様の言葉が一斉に返ってくる。一通り静まったのを確認し、先生は最後のまとめをし始めた。
「では、今回の作戦プランは、敵一グループに集中攻撃を仕掛け、一グループずつ確実に殲滅、その間一般人の保護はわたしが行う、というプランで決定したいと思います。」
先生の纏めに皆が拍手で賛意を示し、作戦会議は終わった。
「では、各員指定通りに準備を開始してください。」
先生の指令のもと、クラスメイト達が指定された配置に着くべく、あるものは教室を後にし、またある者はオペレーティングを行うべく準備を始めた、私も他の班員に続いて教室の外に出ようとして、先生に呼び止められた。
「九王さん、少しだけよろしいですか?」
「あ、はい。」
何の用だろうか?そう疑問に思いながら先生の方を向く。すると先生は一組の革製の手袋と、見るからに質の良さそうな布で出来た、黒いローブを差し出した。
「こちら、実戦用の防護グローブと防護ローブです。所謂防具のようなもの、と捉えてくれれば。渡しそびれていたので。」
「ありがとうございます。」
先生の差し出すそれを受け取る。すると、先生がそtっと私の手の甲に触れてきた。
「緊張してます?」
言われて気付く。私の手は小刻みに震えていた。自覚しているよりも緊張していたようだ。
「……はい。」
そう答えた私の手を、先生はそっと撫で、優しくこう言った。
「そうですよね。初めての実戦ですし、訓練と違って命が掛かってますからね。緊張して当然です。」
そう言って、先生は、まるで私を落ち着けるように、私の手の甲を撫で続けた。その指の優しさと温かさに、私は段々と顔に熱を持ち始めた。先生の言葉は続く。
「大丈夫。九王さんは今までしっかり訓練してきたし、仲間も付いてます。九王さんからは少し離れますが、いざとなれば私もいます。だから大丈夫。絶対無事で帰ってこれますから、安心して。」
その、先生の優しい声に、顔の熱はいよいよ増して、けれど心はどんどん落ち着いていった。しばらくそうやって私の手を撫でていた先生だが、不意に手を離して、こう告げた。
「はい。そろそろ行った方が良いでしょう。いってらっしゃい。」
「はい。」
顔が沸騰しそうなほど熱くなっているのを必死に隠し、何とか平静を装って返事をする。先生の手が離れる瞬間、風のいたずらで香った先生の香りに、心拍数が増えるのを感じながら、先生から離れ、これから戦場に向かうというのに妙な気分になっているのを必死に隠しながら手袋とローブを身に付け、A班の皆の元へ向かう。ふと先生の方を振り向くと、先生はさっきまでの柔らかな笑みをうかべたまま、静かに手を振っていた。
班員たちに追いつき、全員で魔女学校専用のヘリに乗り込む。このヘリは外見こそ一般的なヘリコプターと大差ないが、空間拡張魔法が掛けられているため、機内には見た目の何倍も広い空間を有している、とのことで、実際私が乗り込んだところ、軽く見積もっても市営バスほどの広さの空間を備えていた。幸い――と言うべきかは分からないが、私はここ最近の、今までの常識を覆すような出来事の連続のせいで、そこまで大きな驚きは無かったが。
ともあれ、機内で作戦のおさらいと、行動の更なる詳細を詰める。
「ひとまず、大枠はブリーフィングで決めた通りで良いとして、偵察隊を決めないかい?」
「偵察隊?」
ハンナの言葉をおうむ返しするように聞き返す。そんな私を見て、ハンナは丁寧に説明してくれた。
「ああ。使い魔による索敵は本部が担当してくれているとはいえ、作戦区域の全体をカバーしきれるわけではないし、使い魔の目を誤魔化すのが上手い魔獣が紛れ込んでいたら危険だから、使い魔による索敵を支援しつつ、目視での索敵を行う偵察隊が必要だと思うってね、それを決めようって話さ。」
「なるほど。」
自分の経験の足りなさを今一度実感しながら、私は頷いた。なるほど確かにそういう役割は必要だろう。納得である。私が無言で頷く横で、C班の人が口を開いた。確か、「
「そうれこそ、我々が担当すれば良いのでは?」
そう提案する暁さんに、ハンナは微笑みながらかぶりを振った。
「勿論、キミたちの力を貸してもらうこともある。けれど、物事には適性というものがある。ウチの杏がそうであるように、索敵にも得手不得手があるからね。苦手な人に無茶をいうわけにもいかない。二人づつ出そうじゃないか。」
「なるほど。それもそうか。」
ハンナの言葉に、暁さんは納得という顔で頷いた。すると今度はクラリスが
「じゃあ、そういうことなら私と葉月が偵察隊に回るわ。葉月もそれで良いわよね?」
と葉月に訊ね、葉月も
「うん。もち。ウチとクラっちがいっちゃん向いてるもんね。」
と同意した。それを聞いたハンナも
「流石クラリスだ。的確だね。キミが提案しなかったらボクから提案しようと思ってたんだ。」
と言った。それを聞いた暁さんが
「では、こちらからは……そうだな。丹内、津村、行ってくれ。」
と
そうして、作戦の詳細を詰める等、作戦準備を整えながら作戦区域へと向かい、ひとまずは無事、現地に到着した。パッと見では荒廃こそしているものの、魔獣の脅威があるようには思えなかったが、けれど私は、着いた瞬間から、何かが突き刺さるような強烈な緊張感と危機感に襲われた。
「現場総指揮より各員及び本部へ。現状目視範囲では敵影確認できず。本部から確認できますか。どうぞ。」
ハンナが端末に向けて話す。すると、端末からは篠崎さんの声が聞こえてきた。
「こちら本部。魔獣の一団はそちらから北に二キロほどの距離に存在。小型約百、中型約五十、大型二体を確認。特大型並びに超特大型は確認できず。同集団は現在徐々に南下中。その地点に留まった場合、約十分後に接敵の見込み。どうぞ。」
「了解。偵察隊どうですか。どうぞ。」
ハンナが、本部とのやり取りを一旦止めて偵察隊に訊ねる。すると、
「こちら偵察隊。魔獣の一団を発見。本部からの通信通り、徐々にそちらに移動中。今のところ、特に危険度の高そうな個体は見受けられない。けど、油断しないで。」
今度は偵察隊のクラリスから返信が入る。
「了解。では、後ほど落ち合おう。そちらも気をつけて。以上。B班どうですか。」
「こちらB班。民間人を発見。行動開始は先生の到着を待ちたい。本部、並びにA班、それでよろしいか。どうぞ。」
「A班了解。待機する。」
「こちら本部。先生は既に移動を開始。あと一分程でそちらに到着予定。それまで待機されたし。」
「B班了解。……早いな。流石先生。」
暁さんの反応を聞いた私は、ふと気になったことをハンナに訊ねた。
「ねえ、先生はヘリで移動するわけじゃないの?」
私の問いにハンナが答える。
「そうだね。先生は結界魔法のエキスパートとして有名だけど、飛行魔法も相当お上手でね、先生単騎なら並の航空機より速く移動できるんじゃないかな。」
「そんなに?!」
私の驚きに、ハンナは頷いて続けた。
「うん。というか、攻撃魔法と治癒魔法以外はどれも相当な腕前だし、制約が掛かっているから滅多に見せてくれないけど、攻撃魔法と治癒魔法だって並みの魔女じゃ敵わないレベルじゃないかな?繰り返しになるけど、結界魔法が桁違いに上手いだけで、他の魔法も一流、あるいは超一流といって差し支えないレベルだと思う。」
「そうなんだ……。凄いな。」
「まあ、伊達に先生をやっていらっしゃるわけじゃない、ということだろうさ。」
「それもそうだね。」
そんな風に少々の雑談をしている間に、B班から先生への引き継ぎが終わった、との報告が来て、いよいよ進軍を開始する時が来た。ハンナが全員に号令をかける。
「よし!では、これより我々は魔獣の一団を目指し、進軍を開始する。全員用意は良いね!」
『はい!』
「B班も用意は大丈夫だね。」」
『こちらB班、問題ない。』
「では――進軍開始!」
そうして、私たちはまずは偵察隊との合流を目指すことになった。
そして数分後、無事偵察隊と合流した私たちは、最後の打ち合わせをしていた。
「よし。では先程確認した通り、一番槍の杏が敵陣を薙ぎ払ったのを確認したタイミングで一斉に仕掛けるぞ。用意は良いね、杏。」
「うん。」
ハンナの言葉に、杏はそっと頷き、手袋を嵌め直すように、くい、と軽く引っ張り、それから、すう、と短く深呼吸すると、魔導回路の起動ワードを口にした。
「hrhushui!(瞬け)。」
――瞬間、杏の身体が一瞬閃光に包まれ、次の瞬間、轟音と共に敵陣に繰り出す杏の姿があった。
「よし!ボクたちも行くぞ。
「
ハンナに続く形で私も起動ワードを口にする。他の皆も次々と起動ワードを唱えている。全員が唱えたのを確認するや否や、ハンナはパッと振り返り、その瞬間が訪れるのを待った。
そして、その時は訪れた。
「
杏が詠唱と共に水塊を放つ。だがそれだけでは無論終わらない。
「
水鞭が敵の一団を薙ぎ払う。水塊による牽制からの水鞭による制圧。杏の十八番だ。それを見たハンナが全体に号令を出す。
「今だ!全体、突撃!」
ハンナの号令で全員が魔獣に向かって突撃していく。
――ただ一人、私を除いて。
「……っ!」
足が竦む。声が掠れる。行かなきゃ。行かなきゃいけない。分かっているのに、私の足は鉛になって動かない。ガチガチと、まるで寒風に吹かれたように身体が震える。
「あ、」
恐い。恐い。恐い。訓練では何とも思わなったのに、実戦だとこんなに恐い。思わず立ちすくんで、そのまま地蔵のように動けなくなってしまうかと思った。だけどその時、誰かが私の肩を思いっきり叩いた。
「痛っ!」
思わず呻いて振り返る。するとそこには桜小路さんが怒りを露わにした顔で立っていた。彼女はそのまま私の胸ぐらを掴むと、こう怒鳴った。
「すくたれもの!」
「っ。」
それはわかっている。だけど。
「恐いんだよ……!私は、皆みたいに慣れてないから。」
「そないに恐いんやったら今からでも先生に迎えに来てもらって本部に帰ったらよろしいんとちゃういます?」
言い訳をしようとした私の逃げ道を封じる桜小路さん。彼女の叱咤はさらに続く。
「認めてもろたんやろ、あの人に!なら気張るんが筋とちゃいますか!」
その言葉に、思わずはっとする。そして同時に、出撃前の先生の言葉を思い出した。
『大丈夫。九王さんは今までしっかり訓練してきたし、仲間も付いてます。九王さんからは少し離れますが、いざとなれば私もいます。だから大丈夫。絶対無事で帰ってこれますから、安心して。』
桜小路さんの叱咤と、先生の言葉が、折れかけた私を奮い立たせた。
ぱん、と自分の頬を張る。それから目を開いて、しっかりと桜小路さんを見据える。
「そうだよね。……うん。ありがとう。大丈夫。もう、動ける。」
それを見た桜小路さんは、ふん、と鼻を鳴らして踵を返し、再び魔獣の方に向かって行った。
「……ん。すぅーー、はぁーーー。」
深呼吸をする。まだまだ恐いという気持ちが無くなったわけじゃない。だけど不思議と身体の竦みは消えていた。
「よし。」
恐い。恐い。恐い。――けど、いける。動ける。やれる。手袋をぐっと着け直す。肩をぐるりと回す。足を踏み鳴らして靴の具合を整える。そして――
「いくぞ。」
三度自身を鼓舞し、私は勢いよく走り出した。
走り出してすぐに小型の魔獣と遭遇する。私は走り出した勢いのまま、右手に魔力を集中させ、呪文と共に解き放った!
「
私が最初に覚えた攻撃魔法。炎を奔らせるだけのシンプルな魔法。拙い拙いその魔法は、しかし小型魔獣一体を倒すには十分な威力を持って、私の腕から放たれる。焼けこげる魔獣。だけど見ている場合じゃない。
「次!
再度同じ呪文を放つ。二体目を倒し、更に続けて三体目も焼き焦がす。
そうだ。命懸けなんだから、怖いのは当たり前だ。けど、私は一人じゃないし、それに第一、私は選ばれたんだ。覚悟を決めろ。四体、五体と敵を倒し、皆と合流する。
「ごめん、出遅れた。」
私が謝ると、クラリスとハンナが揃って出迎えてくれた。どうやら二人とも私を心配して、わざわざ
「よかった。無事だったんだね。」
「無事でよかった。心配したんだから。」
「二人ともごめん。……行こう。」
私がそう声を掛けると、二人はこくりと頷いて
「ああ。行こう!」
「ええ!行くわよ!」
と言った。
(息ぴったりだな。)
そんなことを思いつつ、二人とともに戦場を駆ける。
「
クラリスが炎を放つ。私が使ったのと同じ魔法だが、私のものより洗練されていて、しかも私よりもスペル数が少ない。
(凄いな。)
そう思ったのは一瞬。すぐに、感嘆してる場合じゃない、と思い直し、すぐに続いた。
「
クラリスの脇を抜けようとした小型の魔獣を焼く。更に続けざまに隣の魔獣を焼く。
「
私の放った炎の隣を、ハンナの放った光刃が通る。これも本来はもっと長い詠唱が必要な魔法のはずだが、ハンナはシングルスペルで扱っている。凄い技術だ。瞬く間に細切れになる魔獣達。それを尻目に私達は進撃を続ける。少し進むと水無月さんと、A班の正
「待ってましたよ〜。」
ふんわりとした笑顔で私たちを出迎える水無月さん。それを見て、戦場とは思えないな、と思いつつ、その胆力に感心する。水無月さんの姿を認めたハンナが端末を手に取り言う。
「忍の無事を確認した。作戦再開!」
ハンナがそう端末に語りかけると、すぐに葉月が駆け寄ってきてこう言った。
「忍っち〜!一人だけ来なかったから心配したよ~!」
それを見たクラリスは苦笑して言う。
「こらこら。戦闘中でしょ。配置に戻りなさい。」
続いてハンナも言う。
「全くだよ。君は特にリンクサポーターなのだからあまり不用意に移動しないこと。他の味方の窮地に間に合わなかったらどうする気だい。」
二人にやんわりと叱られた葉月はこちらも苦笑いしながら
「えへへ。じゃあ、ヒーラーのしおっちとかのカバーしに来たってことにならない?」
と訊ねるも、二人は息を揃えて
「「ならない!」」
と言い切った。それを聞いた葉月は、はーい、と言って残念そうに去っていった。
「さて、ボク達も本来の配置に戻ろう。」
ハンナの言葉に頷き、再び駆け出す。前方を見れば夜因衣さん達は囲まれそうになっていた。近くには桜小路さん達がいるが、動く様子はない。何故なら――
「
炎が躍る。夜因衣さん達を囲もうとした魔獣は跡形もなく消し炭になった。放ったのはクラリスだ。彼女は辺り一帯に知らせるように大きな声で言った。
「お待たせ!連れてきたわ!」
クラリスの報告に最初に反応したのは月菜だ。彼女は、良い意味で心配していたようなには聞こえない、さっぱりとした口調でこう言った。
「遅いよ!心配したじゃん!」
「ごめん。ちょっと色々あった。」
私の返事に、月菜は、そっか、とだけ返した。
「随分余裕があったんやなあ。」
月菜とは対照的に、皮肉を放ったのは桜小路さんだ。彼女の皮肉に私達は苦笑する。すると、夜因衣さんがやはり苦笑しながらたしなめた。
「もう、初葉。意地悪なことを言ってはいけませんわ。」
「……ふん。」
恥ずかしかったのか、ほのかに耳を赤くしそっぱをむく桜小路さん。そんな桜小路さんを見やり、今度はくすりと笑みを溢した後、さて、と前置きしてクラリスが尋ねた。
「状況は?」
「油断厳禁、とはいえ、今のところ順調も順調ですわね。敵の残存戦力はおよそ七割。貴方達が戻ってきたのなら削り切れるでしょう。」
夜因依さんの返答にクラリスは満足そうに頷き
「了解。ならこのまま押し切りましょうか。」
と返し、他の面々もそれぞれ無言で、あるいは言葉で肯定を返し、改めて魔獣達の方を向いた。現在の位置取りは中段やや後方寄り。ハンナはともかく、私やクラリスが位置取るには後ろ過ぎる。杏が孤立してしまっているし、私たちは上がっていくべきだろう。だが、その前に――
「
杏に合流するなら前の敵が邪魔だ。そう判断して炎を叩きつける。身体の震えは止まった。やるべきことは思い出せた。なら、後はやるだけ。再び目の前に現れた敵を認めた私は再度腕に魔力を集中させる。けれど――
「その意気よ!忍!
私が魔法を放つ前に、クラリスが炎で焼き払っていた。思わず苦笑しつつ礼を返す。
「ありがと、クラリス。」
そう言いながら、今度は私が彼女の目の前の敵を焼き払う。すると、クラリスはクスリと笑って
「あら?意趣返しを貰ったわね。」
と言ってきたので、こちらもクスリと笑って返し、再び歩みを進める。やがて、杏の背中が見えてくる。その隣には杏のカバーに入っていたのであろう葉月の姿が見える。
「お待たせ!」
そう声を掛けながら援護に入る。杏はややむくれて
「……むう、ちょっと遅い。」
と答えたので、私が慌てて弁明しようとしたところ、葉月が割って入って
「まあまあ、初出撃で緊張とか色々あったんでしょ?ね?」
とフォローしてくれたので、私も
「うん。ちょっと色々……。」
と若干誤魔化しながらも弁明することができた。
(それにしても、控えめに見えて意外と気の強い杏と、我が強そうに見えてその実かなり気配り上手な葉月とで好対照な二人だな。)
そんなことを考えていたら、葉月から注意が飛ぶ。
「ちょいちょい!前!」
いけない。慌てて意識を戻せば、敵がすぐ目の前に迫ってきていた。慌てて牽制を入れ、距離を取り、改めて攻撃を入れる。すると、すかさずその近くにいた個体に水の鞭が襲い掛かった。杏の攻撃だ。
「ありがと。」
そう感謝を告げると、杏は薄く微笑んで
「……調子、良さそうだね。」
と返してきた。その後も次々と襲い来る敵を見て
「……任せて。」
そう言うと、杏は勢いよく飛び出し、先ほどより更に長く大きい水の鞭で小型の敵をまとめて薙ぎ払い、返す刀で近づいていた中型の敵も捻じ伏せた。
「流石杏。ウチも負けてらんないね!
杏の活躍を見た葉月が負けじと魔法を繰り出す。すると周囲に生えた木から、突如巨人の腕(かいな)のような巨大な枝が生えてきて、魔獣たちをまとめて押しつぶした。
「ウチの魔法は地属性!パワフルに、テクニカルに!そんでもってちょっぴりキュートに!ウチらしさ全開で戦うよ!」
そう言いながら葉月はぴょんと飛び跳ね、木の上に乗ると、そこから更に魔獣たちに一撃を加えた。それを見た杏は
「はづちゃん、そろそろこっちは大丈夫。」
と言い、それを聞いた葉月も、
「ん、そだね。そろそろ後方のフォローに回るね。」
と答えた。なるほど。確かに、私達が前衛に復帰した以上、前衛は少々戦力が過剰気味だ。中後衛を困らせてもよくない。葉月には一旦下がってもらうのが良いだろう。そういえば、ハンナはいつの間にか中段あたりに下がって……というかとどまっている。まあ、FCがあまり位置を上げても全体が把握しづらくなるだけなので、当然といえば当然である。ともあれ、そんなわけで、葉月は木を伝って後方に下がった。そうこうしているうちにまた敵が集まってきたので、再度集中する。正面から飛び掛かってきた小型の敵を焼き払い、続いて右からハサミを振り回して私を切り裂こうとした中型の魔獣に炎二連撃を加える。更に中型が迫ってきた所に杏の水塊が叩きつけられる。私もお返しに杏の背後に迫っていた小型の敵二体に炎を放った。――そうして、順調に敵の数を減らし続け、とうとう残りが大型の敵二体だけになった。
「お待たせ!」
「待たせた!」
後方にいたハンナ達と、私たちとは反対側から攻撃を仕掛けていたB班の人たちも合流し、私たちは全員で連携して大型魔獣に挑んだ。
「ボクたちは右のタカみたいなやつをやる!B班の皆はそっちのトラみたいなやつを頼む!」
ハンナが全体に指示を飛ばす。両班の皆は往々に肯定を返し、素早く魔獣達に向き直った。タカ……正しくは猛禽型というべきであろう、その大型魔獣は、けれど当然ながら通常のタカやワシの大きさをゆうに超える大きさで、体高は三メートル程、翼を含む全長は五メートルにも及びそうな巨体であった。魔獣はこちらを認めると、威嚇するように翼を大きく広げ、耳をつんざくような大音量で鳴き叫んだ。もはや咆哮と言ったほうが正しいかもしれない。皆が思わず一瞬動きを止める。けれどこちらも怯むばかりではいられない。
私たちは魔獣に対して連携攻撃を仕掛けた。まず、行きたがる杏を夜因依さんが微笑みで制し、そのまま突貫する。
「
夜因依さんが十八番の重力操作魔法で魔獣を地面に叩きつけ、更に月菜が氷の鎖で捕縛する。
「
魔獣は必死に抵抗するが、拘束は解けない。破れかぶれか、あるいは術者を攻撃して逃れようとしたのか、なんと火を放ってきた。それを
「タカのくせに火を吐くな!」
葉月が光の盾で防ぐ。今だ!私はクラリスとタイミングを合わせて同時攻撃を放った。そこに更に杏の強力な一撃が加わり、かくして猛禽型の大型魔獣は討伐された。そして、それからさほど間を置かず、B班の方からも喜びあうようなどよめきが上がった。見れば、あちらも無事トラ型魔獣の討伐に成功したらしい。
「よし!これでこの群れは最後だ。一息つきたいところだが、そうもいかない。次の群れを撃退しに行くよ!」
ハンナが号令を掛ける。そうだ。こいつらは二グループの内の一群にすぎない。もう一グループを撃破せねば。私たちは勝利の余韻に浸るのもほどほどに、次の目的地点付近へ向かった。
次の目的地に無事たどり着き、今回も偵察隊を送る。すると彼女たちからは芳しくない言葉が返ってきた。
「ちょぉ~~っと厄介な事になってるカモ。」
そう言ったのは葉月の方だ。クラリスもそれに続くように言う。
「これは……見てもらった方が早いかもね。」
そんな、偵察隊の面々の言葉に疑問符を浮かべながらも、順調に敵を撃退し、無事任務を完遂できるかと思った矢先、仲間たちが息を呑む声が聞こえた。
「っ!アレが……っ!」
そう呟いたのは月菜か。彼女の視線はある一点に向けられている。そこには、背中に漆黒の翼を携え、サメのような頭を持ち、そこからは牡牛のような巨大な角の生えた、巨大で奇怪な形をした魔獣がいた。
「タイプオメガ……。」
桜小路さんが歯ぎしりしながら苦々しげに呟く。
タイプメガ。確か、大型以上のサイズの魔獣でのみ確認されている特殊個体だったか。通常の魔獣の多くが実在の動物を巨大化させたような外見をしているのに対して、タイプオメガはおよそ現実に存在し得ない姿をとるという。なるほど奇っ怪な姿も納得というものだ。
「A班より先生へ。タイプオメガを確認。」
ハンナが本部に連絡を入れる。
『白月よりA班。ということはマギアジャマー持ちですね。厄介な。了解。では、万一に備えてフォロー体制を整えておきます。』
「ありがとうございます。通信終わり。」
マギアジャマー。確か、目視以外での視認をできなくする厄介な能力だ。なるほど。それで本部からの報告には上がってこなかった訳か。
「おまけにアイツ、一定距離まで近づかないと目視もままならない特性を持ってるみたいなのよ。おかげで、使い魔で発見出来なかっただけじゃなく、あの巨体の癖に、目視確認すら出来なかった。葉月がもう少し近づいてみようって言ってなかったらどうなっていたか……。」
クラリスはそう言って、ごくり、と喉を鳴らした。
「なんか、嫌な予感がしたんだよね。」
とは葉月の弁。その予感が当たっていた、ということだろう。
「想定外の難敵だけれど、やることは一つだ。これを撃退し、この辺りに平穏を取り戻す。そのためにも――まずは雑魚を蹴散らそう。」
ハンナが落ち着いた口調で言う。皆もそれに頷き、無言で構え、そして魔獣へ向き直った。
まず、杏が小型を薙ぎ払ったのを確認したハンナが味方全体を強化する魔法を使った。
「Shujera(祝福よ)!」
虹の光が周囲を優しく包む。身体強化と魔力強化の複合型魔法。それをシングルスペルで発動させられる腕前に舌を巻く。ハンナからの強化が乗ったところですかさず杏がもう一撃。正面の敵がばらけたところでクラリスが突貫し敵の群れの左サイドに穴が空く。ここで動いていくべきかもしれないが敢えて止まる。
「夜因衣さん、近藤さん!」
「お任せあれ!」
「任せて!」
タイプオメガが角から電撃を放射しようとしたところを夜因衣さんが光の刃でタイプオメガの角を二本同時に両断して阻止し、近藤さんが風の弾丸で翼に穴をあける。
「よし、ここだ!」
今が好機と見た私は素早く歩を進めると、炎を三連射して前をこじ開けると、タイプオメガに向かって突っ込む。途中、中型が三体向かってきたので、六連射で突破する。だが、敵も易々とは通してくれず、途中で囲まれそうになる。そこに、
「
地面から土塊が伸び、魔獣たちの足に絡みつく、そしてそのまま岩のように硬く固まる。月菜の魔法だ。
「ありがと、月菜。」
「どういたしまして、っと。前は任せたよ!」
私が礼を言うと、月菜はそう言ってニカッと笑った。勿論。期待には全霊で応えよう。そう心で誓って先に進む。すると、タイプオメガが鱗をファンネルのように発射してきた。
「そんなのアリ?!」
驚き、一瞬足が止まる。弾数は全部で十発。撃墜するには多すぎるし、その隙に本体にやられたら――。その思考が隙を生む。そして、それは鱗たちが私に着弾するまでには十分な隙で――。
「
「
けれどそれは、金色の光盾と、花冠の形をした桜色の盾に弾かれた。
「あっぶな!ギリセーフだね!」
「ぼさっとすな!」
目の前に葉月と桜小路さんが現れる。葉月は、間に合ってよかった、と安堵の表情を浮かべ、反対に桜小路さんは足を止めたことを軽く起こるような表情を浮かべている。
「ごめん、助かった。」
礼と謝罪を込めて言うと、葉月は、いいよいいよ、と笑い、桜小路さんは、ふん、と鼻を鳴らした。対照的だな、と思いつつ、再度歩みを進める。やがてクラリスと杏に追いついてきたので、援護の一撃を放つ。
「
炎が命中し、タイプオメガが悶える。ここが仕掛けどころだ。
「杏!クラリス!行くよ!」
二人に声を掛ける。二人は無言で頷き走り出した。今度は私も二人に続く。再度飛んできた鱗を、今度は迷わず叩き落す。
「
次いで、最近扱えるようになったばかりの魔法の内の一つ、身体強化魔法を発動させる。これで、先だってハンナが掛けてくれたものと併せて更に身体能力が上がった。上がった身体能力で敵の頭上まで飛び上がる。そしてここで、最近覚えたばかりのもう一つの魔法を発動する。
「|Ho Shukwa Voszan tursginui《水の剣よ、穿て!》」
右手に水で作られた剣を顕現させ、それを落下しながら一気に振り下ろす!
「やあああああああああ!!」
「
「
私の攻撃に合わせてクラリスが炎の砲弾を、杏が水属性の魔力で編まれた巨大な光の刃をそれぞれ放つ。私たち三人の攻撃はねらい違わず命中し、私たちは見事、タイプオメガを撃破せしめたのであった。
「ふぅ。」
タイプオメガを討伐し思わず、息をつく。そんな私を見て、クラリスが苦笑しながら言う。
「こらこら。まだ全部が片付いたわけじゃないんだから、安心するのは残りの魔獣が片付いてからにしましょ。」
クラリスの言葉にこちらも苦笑いで返す。全くその通りである。
「ごめんごめん。つい、ね。」
すると、杏が
「仕方ないよ。忍ちゃん、今日が初任務だったわけだし。それでこれだけ戦って、しかもタイプオメガまで倒したなら。」
とフォローしてくれた。クラリスはなおも苦笑いしながら、
「まあ、そうだけどね。」
と言い、ぱしぱし、と手を払って、こう言った。
「さて、さっさと残りを片付けちゃいましょ。」
それに杏と私も頷いた。
――そうして無事、全ての魔獣を撃破して、気が付けば陽が傾き始めていた。
『全敵性体の排除を確認しました。お疲れ様でした。帰投してください。』
端末から先生からの連絡が入る。全員が各々了解の意を伝え、後はヘリを待つだけとなった。
「おつかれーーー!」
葉月が私に勢いよく駆け寄ってくる。そのままハグをされる私。
「わぷっ。もう。……葉月もお疲れ様。」
私は思わずクスリと笑い、それからそっと葉月を剥がし、彼女を労った。
「うんうん。しのぶっちも頑張ったね!」
すると葉月はニコニコと笑いながら私を誉めてくれた。少し気恥ずかしくなりながら、私は礼を言う。
「ありがと。葉月も凄かったよ。」
そう褒めると、いつの間にか近づいてきた杏がクスクスと笑いながら
「そうだね。はづちゃん、いっぱい頑張ってた。」
と言った。それを聞いた葉月は、えへへへ、とにこやかに笑った。そうして笑い合っていると、ハンナが暁さんと会話している声が聞こえてきた。
「そういえば、B班の方にもタイプオメガの大型が出たらしいね。」
そうハンナが言うと、彼女は
「らしいな。幸い、対した被害も無く撃退できたそうだが。」
と返した。あちらはあちらで大変だったのだろう。二人の会話は続く。
「同時に二か所に出現するとは珍しいね。」
「何か嫌なことの前触れでなければ良いのだが。」
そう憂いる暁さんにハンナは
「ボクもそう思うよ。……とはいえ、だ。今ばかりは勝利の美酒に酔おうじゃないか。何、生徒が感じ取れることを先生方が警戒できない筈はあるまい。特に白月先生が見落とす事は無いだろう。過度に気を揉むことも無かろうさ。」
「……そうだな。全く。お前のその肝の座りようは羨ましいよ。だから現場総指揮を任されるんだろうな。」
端末越しに、暁さんの呆れるような、羨ましがるような声が聞こえる。
「ふふっ違いない。」
「自分で言うな自分で。」
本当に、ハンナは凄い。重くなりすぎた空気を一気に軽口を叩きあえるくらい軽くした。こういうのがリーダーの資質、というやつなのだろう……などと思っていたところに第三の声が割り込んだ。
「はいはい。お二人ともそこまでにしておいてね。撤収するんだから。」
クラリスだ。言われたハンナは苦笑いして、
「それもそうだね。というわけで、みこと、ここまでにしておこう。」
と言った。それに対して暁さんも
「そうだな。」
と返した。そうして、ハンナは会話を止め、私たちに向き直ってこう言った。
「さて、もうじきヘリも来ることだ。無いとは思うが、念の為忘れもの等無いか確認してくれ。」
それを聞いて、思わず皆が笑った。
――ともあれ、そんなこんなで私達は無事に帰投し、夕食を食べ、そして今、湯船に浸かっている。
「つっかれた〜〜。」
思わず声が延びる。私はぐでーっと浴槽の縁を枕代わりにし、半ば湯船で横になるような格好で腰をつけた。
「こらこら。そんな格好だと溺れるわよ。」
ほとんど同じタイミングで大浴場にやってきたクラリスが、私の隣にやって来て言う。
「わかってるよう。」
ただ、初任務なだけあってとんでもなく疲れた。そのおかげでお湯が心身に染み渡るようでとても気持ちがいい。ふにゃふにゃととろけるような体勢と声になっているのはそのせいだ。
ちなみに、流石に今日は補習は免除だった。正直とてもありがたい。なぜなら、いま、このままお湯の中にとけてしまいそうだからだ。
「ちょ、ちょっと。本当に溶けそうになってるわよ?!」
あ、いけない。思考もふにゃふにゃになってきた。あ~~クラリスがさけんでる。たいへんだあ。
「わーーーー!起きて!起きなさああああい!!」
ぶくぶくぶく。からだがお湯にしずんでいく。きもちいい。
……と、まあ、最後まで目まぐるしいまま、この日は幕を閉じた。
――ちなみに、幸いなことに、クラリスが慌てて引っ張り上げてくれたおかげで、私は溺れずにすんだ、ということだけは明記しておく。
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