日々の欠片1 とあるカップルの一日
ある日の朝、ウチ、こと
「杏。朝だよ。」
すると、彼女――
「……おはようはづちゃん。」
桜貝のような唇がウチの愛称を紡ぐ。一音ごとに愛おしさを感じるその声音に、思わず口元が緩むのを感じながら、ウチは言葉を返した。
「おはよ。」
ウチの声に、杏は、にこ、という擬音すら付けるのを躊躇うほど控えめに微笑み、それから数瞬の後ゆっくりと着換え始めたので、ウチもパジャマのボタンに手を掛けた。
二人して着替えを進める。下着姿になったところで、ふと、視線を感じ傍らを見ると、杏がウチの胸をじっと見てぽつりと言った。
「はづちゃん、また大きくなった?」
「あ~~。そうかもねー。ここのところちょっとブラキツくなってきたから。」
言いながら自分の胸を持ち上げてみる。確かに重みを増した気がする。ブラの買い替え時だろうか。
「……今日、買いに行く?」
ウチの様子を見ていた杏がそっとそう言った。今日は幸い土曜で授業は無いし、確かに買い物兼デートに行くには丁度良いタイミングかな。
「そうだね。デートいこっか!」
そんなわけで、唐突にデートの予定が沸いたウチたちは、けれどまあ、まずは朝ごはんも食べていなかったので、とりあえずは着替えを終わらせて、朝ごはんを済ませることにした。今日はウチが作る番なので、一回に降りて寮のキッチンが空いていることを確認した後、エプロンを付け、ボウルを用意してから冷蔵庫を開ける。扉のポケットから卵を四つ手に取り、ボウルの中に置いてケチャップを取り出す。その後ウインナーをこれも四本取り出し、一旦扉を閉めて、次に野菜室からホウレンソウを取り出しまな板の上に置く。適当な大きさに切り分けて一旦ザルに避けて、先程卵を入れておいたボウルを手前に持ってくると、卵を一個づつ割り入れ、塩胡椒を加えてしっかりかき混ぜる。菜箸ではなく泡立て器を使うのがウチ流だ。卵液全体がしっかり空気を含んだところでおたまに掬い、予め溶かしバターを敷いておいたフライパンに流し込み、固まったところでゆっくりと畳み、オムレツにする。この作業を二回繰り返してオムレツを二つ作り、合間にバターを追加し、オムレツが完成したところで入れ替えるようにホウレンソウを入れ、バターソテーにする。オムレツとホウレンソウのソテーを作っている間に片手間で戸棚からコーヒー―メーカーを取り出してセットし、豆とフィルターをセットし、水入れに水を注いで起動、その後、できあがったオムレツとホウレンソウのソテーを平皿に盛り付けたら、ロールパンを一緒に乗せて完成。
「できたよー!」
ウチが声を掛けると、杏がとてとてと寄ってくる。その一挙手一投足を可愛いなあと思いながら、ウチはお皿を差し出し、こう告げた。
「はい。今日はオムレツね。コーヒーももうすぐ入るから。」
すると杏は柔らかくはにかむと
「ありがと、はづちゃん。」
と言った。こちらも自然と笑顔になる。
二人分のコーヒーをマグカップに注ぎ、両方に牛乳を足してカフェ・オ・レにして杏に手渡して自分も席に着く。二人で手を合わせ、食事を始めた。
「いただきまーす!」
「……頂きます。」
まずは一口。オムレツを口に含んで、うん、これは我ながら美味しくできたなあ、と思っていたら、杏がポツリと
「……美味しい。」
と呟き、続けて
「はづちゃんの作るの、いつも美味しいね。」
と言った。顔が蕩けるのを感じながら、
「えへへ、ありがと。杏がそう言ってくれるからウチも張り切れるんだよ。」
と返した。お互いに笑顔になる。
そうして穏やかに朝食を済ませた後、小休憩を挟んで外出届を書き、二人そろって出掛ける。
ウチらが訪れたのは電車で三駅ほどの所にある大きなショッピングモール。その中にあるランジェリーショップだ。高校生が背伸びをすれば丁度届く位の、ちょっとだけお高めの価格が特徴で、当然その分品質も庶民向けブランドとしては高い部類に入るお店だ。少し前までは自分が身につける所は想像していなかったが、魔獣討伐の任務が受けられるようになって以来、討伐報酬で割とお金が入るようになったので、最近は下着を買い替えたり、買い足したりするときは、ここのをチョイスしてみたりしている。ちょっとした見栄だ。
しばらく店内を見まわした後、菫色の可愛いブラが目に入ったので手にとって杏を呼ぶ。
「ね、ね、これどう思う?」
そう訊ねると、杏はにっこりと笑って
「うん。すっごく可愛いと思う。」
と言ったのち、
「……でも、せっかくなら着けてるところ見たいかな。良いよね?」
などと言ってきた。それを聞いたウチは……正直かなーりハズかった。だって、いくら杏相手とはいえ下着姿を見せるわけだし……。寮での着替えのときにいくらでも見てるし見せてるとはいえ、不可抗力で見せるのと、見せようと思って見せるのとでは大分違うし。……だけど、杏のいたずらっぽい笑顔に当てられてはもはや抵抗する気は残らなかった。だって、杏、可愛いし。杏のお願いは聞いてあげたいし。
――だから、ウチが口にする回答はその一つ以外有り得なかった。
「ん、わかった。見せたげる。……ハズいけど。」
顔が茹蛸みたいに赤くなるのが自分でもわかる。けれど、それでも、杏が、ぱあっ、と笑うのを見たら、不思議とハズいのは飲み込めてしまった。
「ありがと、はづちゃん。」
そう言って微笑む杏の声を効きながら、ウチは試着室へ向かった。
「……どうかな?着けてみたよ。」
無事に着け終え、杏に感想を聞く。
「……うん、すっっっごく可愛くて、すっごく似合ってるよ。」
言われて、ハズいのと、嬉しいのと、杏が愛しいのとがいっぺんにやってきて、もうウチの顔はルビーかワインかはたまたバラか、って位に真っ赤になった。それはもう自分でも分かるぐらいにまっかっかだ。それでも、きちんと言葉でお礼を言いたくて、口を開く。
「えへへ。ありがと杏。嬉しい。」
すると、杏も満面の笑みで応えた。
「どういたしまして。」
そんなこんなで、無事買い物も終わり、ウチらはそのままショッピングモールのレストランでお昼にすることにした。ウチはアマトリチャーナとミニフィセルのセット、杏はカボチャのドリアとカブのズッパのセットをそれぞれ頼み、タコのマリネサラダと海藻サラダを頼んで二人でシェアしながら食べた。飲み物は二人ともカフェラテを飲んでいる。
「杏、ドリア一口ちょーだい♪」
甘えるように頼んでみる。すると、杏は快く受け入れてくれる。
「うん。あたしも、はづちゃんのアマトリチャーナ、少し貰うね。」
お返しは勿論杏の要求を受け入れること。断るはずもない、恋人同士の、当たり前で、でもとってもトクベツなやりとり。それに、とてつもない甘さを感じて、どちらからともなく笑顔になる。
そうして、食べ終わる直前、ふと杏の口元にドリアのソースがついているのを見つけた。普通に拭いてあげようかとも思ったが、少し悪いことを思いついて、ウチは杏に声を掛けた。
「ね、杏、口元にドリアついてる。取ってあげるね。」
そう告げて、杏の口元にくちづけて、ドリアごとぺろりと唇を舐めた。すると杏は慌て
「も、もう!はづちゃんったら!そうやって不意打ちするんだから!」
と言ってきたので、ウチは口を尖らせて反撃した。
「えー?不意打ちが多いのは杏の方だと思うな~。」
「そんなことない!」
「そんなことあります~。」
そんな、傍から見たら微笑ましいほどの軽ーい口論をした後、帰路に着いた。
「ね、杏、楽しかったね。」
ウチがそう告げると、杏もにっこり笑って、
「うん。あたしも。」
と返してくれた。そうして、二人で笑顔になりながら、寮へ戻っていく。
その夜の着換えが、今日買ったブラだったのは言うまでもない。
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