思惑 2

「私、菅家さんのこと考えていたと言いました」視線は珈琲へ伏せられて読めなかった。

すこし予想もつかない状況に陥っている。

と、私は現状と自分の心を分析した。

私と彼女は学生時代、実は全然個人的な関わりがないのだ。

というより、彼女は何分天上人のような人だったから、誰にとっても親しみを覚えるような相手ではなかった。

遠巻きに綺麗だなと思うだけの完璧な少女。

私ははじめて彼女の顔を正面で見たような気がする。

優美な線が柔らかな顎のラインを描き、ミルクのような肌に絹糸のような黒髪のボブカットが小さな顔に映えている。

「なぜです?私たち、学生時代関わりはないのに」

彼女は一瞬どう説明するか考えていたが、あくまで冷静だった。

タイを摘むと挑むように私を見た。

「この制服は、私の執行猶予なんです。私これを脱いだら男の人と結婚が決まっています」

「そう、では大学は?」

「行く必要がないと言われました。勉強したいのなら、教授でも何でも個人的に手配すると」

私は彼女の家や学園にまつわる噂を思い出していた。教育事業の傍ら、多くの産業にも出資しているのなら、学歴などというものよりも雪川家の令嬢という通行手形があれば事足りるのかもしれない。

そんな世界もどこかにあるのだろう。

しかし、仮にも教鞭をとるような家庭でそんな発言がなされるのは意外だった。

「わたしの話、見えないですか?」

「まぁ…」

「自分と同年代の男性と話したことがありません」

散文のような呟きの中に感情の揺らぎが見えた。

でも、推理できるほどの根拠は私の中になかった。

彼女のことは何も知らないのだ。

しかし、同年代の男と話したことがないという話の導入に、私はすこし懐かしい気持ちになった。

「私は器用な人間じゃありません。本番の前には必ずそのための練習が必要なんです」

「生徒会長なのに?」

「これでもいつも一生懸命ですもの。尽くせるだけのベストを尽くして、優先順位をつけて、後回しにしたんです。恋愛、とか」

栞は拗ねたような顔になった。

動揺したのか気づいてないのか、珈琲ゼリーをぐちゃぐちゃと崩す手が止まらない。

「仕方ないよ、うち女子校だったし。雪川さん初等部からだし」

「えぇ。でも、結局は異性との共生社会に放り出されるのなら、両親は私を共学に進ませるべきでした。こんなに困ったことになるなんて…!」

「それで、男性との対人コミュニケーションを即男性でお試しというのは、時期尚早且つ、婚約者の手前不純だと思ったってとこかな。私で馴らそうってことか」

「過ったんです。菅家さんは…、その」

「男みたいな女子生徒だったからね。でも、元、だけど。ほら見て」

私は肩まである髪を指差した。

髪だけ伸ばせば世間の目は誤魔化せると思っていた。

その髪を何故か栞は冷ややかな目で見た。

「それでも、菅家さんは変わりません。そうでしょ?」

「協力してもらえませんか?私男性に慣れないと」

なぜ彼女に分かったのだろう。

私がいくら外見を女性的に変えたとしても、本質的にはあの頃から何一つ変わっていないことが。

「いいよ」

安請け合いのふりをして、私の胸は高鳴った。

下心半分、謎の同級生に近づける興味半分、だ。

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