第2話 —旅立ち—

──それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。気がつくと、アーリンはアナトリアの街に戻っていた。自分の足で歩いて帰ってきたのは覚えている。


だけど──

(お父さんがいなくなってからの記憶がない)

気がつけば、見慣れた街並みが目の前にあった。


「おぉ! アーリンだ!」

「どうだ? 魔法使いになれたか?」


 街の人たちが次々と声をかけてくる。

アーリンは、小さくうなずいた。


「うん……」

「そうか! リンブラントさんも喜ぶだろうなぁ」

「うんうん、アーリンが魔法使いになるの楽しみにしてたもんなぁ」


──胸が締めつけられる。

(……お父さんはもういない)


それでも、アーリンは笑顔を作った。


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『数日後』


 街の人から聞かされた話によると、自分はあの日、震えながらも冷静に祭壇での出来事を語っていたらしい。


──父親が魔界に取り残されたことも。


 自分ではまったく覚えていない。

ただ、言葉を発するたびに、心のどこかが軋(きし)むような感覚だけが残っていた。


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『二年後』


「アーリン、ついに冒険に出るんだな!」


「うん! おっちゃん、行ってくるよ!」

アナトリアの人々が、いつものように温かく声をかけてくれる。


「いつでも帰ってきたらいいからな!」

「そうだぞ! ここはお前の故郷だ」

アーリンは、思わず笑顔になった。


「ありがとう、みんな。行ってくるよ!」


──その言葉とともに、アーリンは街の門をくぐる。


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時は遡(さかのぼ)り『旅立ちの前夜』


「アーリン、ついに明日旅立つんだね」

アリスが、寂しそうな笑顔を浮かべながら言った。


「うん」

アリスは、ふっと表情を和らげる。


「てっきり、二年前に魔法使いになってすぐ旅立つのかと思ってたよ」


アーリンは、静かに首を横に振った。

「あのままじゃ何もできないって思ったんだ。強くならないとって」


 アリスがじっとアーリンを見つめる。


「……なんか、体つきも逞(たくま)しくなったよね」


「修行の成果かな」

思わず笑うアーリンだったが、アリスもまた、以前とは違う雰囲気をまとっていた。

二年前はまだあどけなさが残っていたが、今は大人っぽくなっている。


(……二年って、あっという間だったな)

そんなことを考えていると──


「ねぇ、アーリン」

アリスが真剣な顔で口を開いた。


「……無茶しないでって言っても、無茶するんだろうけど」

彼女の声が震えているのに気づく。


「お願い……一つだけ約束して」


「……?」


「いなくならないで」


 アーリンの心臓が、一瞬止まったような気がした。


「もう……誰かがいなくなるのは、嫌だよ」

そう言うと、アリスはギュッとアーリンを抱きしめた。


(……!)

アーリンは戸惑いながらも、そっと手を置いた。


「……うん。アリスと、おばさんを悲しませないって約束するよ」


 その言葉に、アリスはほっとしたように微笑んだ。


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『翌朝』


「じゃあ、行ってくるよ!」

アーリンは、エラの前に立つ。


「……あぁ、行っておいで」

エラは優しく微笑んだ。


「いつでも帰りを待ってるから」

そして、ゆっくりと言葉を続ける。


「……あんたは、私の息子だ」


 アーリンの表情が和らぐ──


「うん、ありがと、お母さん」

そう言って、笑った。


その時、アリスが小さな袋を差し出してきた。

「アーリン、これ……」


「……?」


「お守り」

アリスは頬を赤らめ、視線をそらしながら言った。


「いらなかったら、捨てちゃってもいいから」


 ここ最近、アリスの部屋の灯りが遅くまでついていたのを思い出す。


「ありがとう、アリス。大切にするよ」

その言葉に、アリスは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、みんな!」


 最後に、アーリンは街のみんなを見渡した。


「じゃあ──行ってくるよ!!」


 その言葉とともに、アーリンは笑顔で旅立つ。


 これから──

アーリンの本当の冒険が始まる。

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