五貴塔泉の掌編小説集

五貴 塔泉

見て見ぬふり

若い女性は駅のホームで泣いていた。

きっと嫌なことでもあったのだろう。

誰もが女性を可哀そうだから見て見ぬふりをした。


しくしくと泣く彼女はスーツ姿で

ぴしっと着られたそのスーツとは不釣り合いに、

顔のメイクはよれてしまっている。


彼女は鞄から携帯電話を取り出し、

画面を確認したかと思うと、真上を向いて目をぎゅっと閉じた。

次に正面を向くと、今までの様子と似つかない明るい声で電話に応答する。

「あ、お母さん? うん! 大丈夫だよ!

 ちゃんと言えるよ! 辞めますって言うだけだもん!」


仕事を辞めるのか。

そこにいる誰もが彼女が泣いている理由を悟った。

仕事を辞める、それを伝えることが、誰かにとってはすごく辛い。


彼女は電話を切ると大きな深呼吸をして涙を拭った。

覚悟が決まった彼女の顔はとても強く見えた。


頑張れ社会人。未来は明るい。

誰もが女性の勇気を信じたいから見て見ぬふりをした。

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