第10話

もっと早くに辿り着き、己が犠牲になっていれば、あの日も、今も、信じ難い現実が訪れることはなかったかもしれないのに――――………




「う、そ…………」




乾いた唇から小さく声を漏らしたのは立ち尽くしていた壱。




連絡を取り終えたイアンが太陽の元へと寄り、何を確認するまでもなく、見た通りだと、静かに首を横に振ったのを見れば。




「…………駄目!」




「……………っ、」




「いちっ………どこにも行くな!」




後退りした壱の腕を掴み真樹がその場で足を止めさせる。




嘗ての、あの日の様になると思ったのだ。




居なくなってしまった。




誰しもが意識を別の空間に置いていた間に、三つ子は姿を暗ませてそれきり帰って来ることはなかった………そんなあの時の様に。




「……………ゼロ、」




イアンの儚さを孕む音色に真樹と愛斗が目をやれば、彼の目の前で、そっと太陽に手を伸ばす零の後ろ姿。




力の入らない指先で頬を滑り血を吐いた後の唇に触れる。




感じない呼吸。




何も映さない色を失った瞳。




人形の様に転がる赤に塗れた身体を頼りない腕で抱き締める。




この陽射しの様に温かかったのに。




―――――体温を無くした亡骸に縋りつく零の頭をイアンの手が撫ぜる。




あの頃ならば嬉しそうな笑顔で抱き締め返してくれていただろう。




しかし返事が無いことに気付いてゆるりと顔を上げた零の視界に、再び映るのは只の空になった器だけ。

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