第3話:図書室の怪香と隠された想い

 週末が近づいた金曜日。花咲高校の図書室は静寂に包まれ、春の陽光が窓から差し込んでいた。




 埃っぽい本棚の間を抜ける風が、古い紙の匂いを運び、悠斗はその香りに身を委ねていた。




 昼休み、彼はいつものように窓際の席で本を開き、鼻を軽く動かしながら周囲の空気を味わっていた。




 図書室特有の紙とインクの乾いた香りに混じって、どこか甘いバニラのような匂いが漂ってくる。




 それは、図書委員の林美月の存在だった。




 彼女のショートボブの髪が揺れるたび、バニラと温かい木の香りがふわりと広がり、悠斗の鼻を心地よく刺激した。




 美月は静かな性格で、いつも穏やかな笑顔を浮かべているが、その日は様子が違った。




 彼女が慌てた様子で悠斗の席に駆け寄ってきたのだ。




「佐藤くん、助けて! 図書室の奥から変な匂いがしてて…生徒たちが気持ち悪いって出てっちゃったの!」




 美月の声は小さく震え、彼女の額には緊張の汗が浮かんでいた。




 その汗は、バニラの甘さに微かな塩気を加え、どこか切実なニュアンスを帯びていた。




 悠斗は本を閉じ、立ち上がった。




「分かった。僕で見てくるよ。匂いで何か分かるかもしれない」




 美月が




「ありがとう!」




 と目を輝かせる一方、彼女の汗ばんだ手が一瞬だけ悠斗の腕に触れた。




 その温もりと、近くで感じるバニラの濃密な香りに、悠斗の心が少し乱れた。




 図書室の奥へと進むと、確かに異様な匂いが漂っていた。




 古い紙の乾いた香りに混じって、酸っぱく湿った臭いが鼻を刺す。




 さらに、微かに甘い花の香りが漂い、奇妙なコントラストを生み出していた。




 悠斗は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。




「これは…酢酸の酸っぱい匂い。それに、カビの湿った臭いと、甘い花の香りが混ざってる。誰かが本の間に何か隠してる」




 美月が




「え、隠してる?」




 と首を傾げる中、悠斗は本棚の奥を調べ始めた。




 埃っぽい棚の間を進むと、古い百科事典の間に小さなビニール袋が挟まっているのが見つかった。




 中には、腐りかけたリンゴと手紙が入っていた。




 リンゴからは発酵した甘酸っぱい匂いが漂い、手紙には「図書室を汚すな」と殴り書きがされていた。どうやら誰かの嫌がらせらしい。




「これ、犯人探さないと…」




 美月が呟いた瞬間、彼女が本棚に手を伸ばしてバランスを崩し、悠斗に倒れ込んだ。柔らかな胸が悠斗の腕に当たり、バニラと汗が混ざった甘い香りが一気に広がる。




 彼女の体温が制服越しに伝わり、悠斗は顔を赤くして「うわっ!」と声を上げた。




「ご、ごめんなさい!」




 美月が慌てて離れるが、彼女の顔も真っ赤。




 汗ばんだ首筋から漂うバニラの匂いが、悠斗の鼻に残り続けた。




 ラッキースケベの瞬間が、図書室の静寂を一気に破った。




 放課後、花梨と彩花も加わり、4人で犯人捜しが始まった。




 悠斗は手紙に残る微かな香水の匂いを頼りに、嗅覚をフル回転させた。甘い花の香りは、どこか人工的で濃厚なものだった。




「この香水、3年生の女子がよく使ってるやつだ。汗と混ざると、少し重くなる」




 その推理に、花梨が




「すごいね!」




 と目を輝かせ、彩花が




「探偵みたい!」




 と笑った。




 結局、3年生の女子生徒が犯人と判明。




 彼女は図書室のルールを守らない生徒に腹を立て、嫌がらせをしていたのだ。




 事件解決後、美月が恥ずかしそうに悠斗に近づいてきた。




 夕陽が図書室をオレンジ色に染め、彼女の髪に柔らかな光を反射させる。




「佐藤くんってほんとすごいね。私、匂いってあんまり分からないけど…私の匂いってどう?」




 悠斗は少し考えて答えた。




「美月さんは…バニラと、少し温かい木の香り。汗が混ざると、柔らかくて落ち着く匂いになるよ」




 美月は顔を赤らめ、花梨が




「また女の子に優しいこと言ってる!」




 とからかう。




 その瞬間、花梨が持っていた本が滑り落ち、拾おうとした拍子にスカートがめくれ、白い太ももがチラリと見えた。




 悠斗は慌てて目を逸らしつつ、図書室が笑い声に包まれた。


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