春、背景より
第1話
人生とは決断の連続である。
何かを選ぶということは、つまり、何かを選ばないということだ。
私の言葉一つで、この世界に選ばれなかった物がまた一つ増える。
私は17年生きてきた中でも、選ぶ、ということが殊更に苦手だった。それはもう、言いようのない苦痛を感じるほど。
決断をずるずると先に延ばしてみたって、結局、今は決めない、ということを決めている。
頭の内側の、記憶を保存したり更新したりするような大事な部分がちりちりと焼け付いて縮んでいく感覚さえ覚える。
ああ、いやだ。
全てを投げ出したくなって、重たく沈む息を吐いた。
「ほの、穂香。どうしたの?大丈夫?」
うつくしい男が気遣わしげに私の顔を覗き込む。
くっきりと二重が刻まれた瞼の上では、平素は整った形の眉が心配そうに少し下がっていて、その角度だけで私の頭痛はいくらか和らいだ。
「だいじょばない。」
「そっかあ、だいじょばないか。」
世界で一番生産性のない5秒を過ごして、それでも男は私のそばを離れようとしない。
もっとも、私がこの人に有益な時間をもたらせたことなんてあっただろうか。
それは「有益な時間」の定義によるよね、みたいな返答が想像できて、声に出して問いかけるのはやめた。
どんな定義にするのか、という議論にはあまり興味がない。
だってこれは、私と悠だけが知っている時間のこと。それだけで、いいから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます