嘘つきは誰
イオリ⚖️
婚約破棄のプロローグ
バヴァリアが誇る国内最大の学術機関では、貴族の子女同士の婚約破棄が流行っている。
「マレルブ子爵令嬢コンスタンティーヌ! 今日を限りにお前との婚約を破棄させてもらう!!」
ラルエットは手にしたナイフとフォークを置き、食堂中央のテーブルで鳴り響いた怒鳴り声の発生源に目を留める。
声を荒げていたのは血走った目の男子で、濃い金の短髪をいかにも育ちが良さそうに撫でつけていた。
怒りをぶつけられた茶色の巻き毛の女子は、黒褐色の丸い瞳に涙をためて困惑を隠せず震えている。
「お、お待ちくださいドミニク様! どうしてですか? せめて理由を」
「理由を説明しないと分からないのか? おこがましい!」
「ドミニク様!」
「名前を呼ぶな!!」
今日はどこぞの貴族の子息と子爵令嬢の婚約破棄である。
朝から夕方までみっちり詰まった講義で頭の栄養はからっぽ、今すぐにでも目の前の料理にありつきたいのに、部外者を巻き込んだ痴話喧嘩が関心を離してくれなかった。鶏もも肉をニンニクとワインで汁気がなくなるまで煮込んだメイン料理の、脂の乗った美味なる湯気が、薄まっていく。アツアツを焼き立ての薄切りパンに載せて口に含みたかった。
ラルエットはこの1週間で親しくなった友人たちと視線を交わす。友人はキノコのスープに目を落とし、はあと肩をすくめた。
今週で3回目となる、婚約破棄宣言。
ある時は講義室、ある時は昼休憩中の
王立学術院。
人文学を中心に、政治学、財政学、法学や理学などのあらゆる学問や芸術を学ぶ教育機関であり、入学した生徒は専攻する学科で5年間学ぶ。初めの2年間は全学科共通の初等教育、残りの3年は選択した学科を体系的に究めていく。
政治学など社会学に分類される学科の大半は貴族の男児が占めているが、それ以外の学科は
全学術院生の注目を浴びる男女は見覚えがない。男子の方は荒っぽい言動だがどちらも立ち振る舞いは上品で、堂々と婚約していたことからも貴族出身と分かる。バヴァリアの歴史を学ぶ
コンスタンティーヌと呼ばれた令嬢は涙ながらに婚約者の袖にすがるも、伯爵子息は汚らわしそうに払いのけ、食堂を後にする。彼の席だったのだろう
せっかく持ってきた食事を食べずに出て行くなんてあり得ない。最初からそうするつもりなら運んでこなければ良かったのに。
悲しみに暮れる令嬢も、いたたまれないのかハンカチで涙をぬぐいながら走り去った。華奢なその背中を友達らしい、やはり品性香る女の子たちが追い駆ける。食いっぱぐれが5人に増えた。残った食事がもったいなくて仕方がない。この
騒動の原因が嵐のように過ぎ去ると、水を打ったような静寂がたちまちさざめき始めた。
「マレルブ子爵令嬢? 何学科?」
「文学科じゃね?」
「ドミニク様ってうちの学科だよな? コルテ伯爵家の。貴族の関係ってわっかんねー」
「今度は何やらかしたんだよ」
ざわついているのは主に平民の学術院生だ。みんな、聞き出さなくても口々に情報を好き放題
コルテ伯爵
貴族の婚約破棄が何を意味するか。平民のラルエットが想像する以上に深刻な問題だろう。何せ家の利益がかかっている。恋愛結婚が一般的なバヴァリアの平民と違い、バヴァリア貴族は結婚が実家の行く末を左右するといって過言でない。だから早いうちに
しかし、その『あってはならない話』が、実際に実現してしまっている。
ラルエットの聞くところ、これまで王立学術院内で婚約破棄を言い渡された被害者の子女の実家がすべて、それに同意している。お互いに縁談が振り出しに戻り、一から婚約者選びに
「真実の愛を見つけたわけでもなさそうなのにねえ」
近頃
つまりこれらの婚約破棄は、動機がまったくもって謎なのだ。
バヴァリアの王都に所在する、格式高い王立学術院。
そこでは貴族の
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