◆第4話 パジャマじゃないか
全員が願い事をできていないので、銀花は除け者じゃない。喜んで失敗するのを思い出して気構えた。何かが引っかかっている。そうか、銀花はシグナルを持っていない。ぼんやりしていると横から声が届く。
「低学年みたいなのと、アイマスクとパジャマ、変なのばぁっかり」
「パジャマ姿の男子の横にいるってこうゆう気持ちか。貴重な体験をどうもありがとう」
手に持った【漢字ノート】に書き込みながら嫌味を言う。
パジャマの彼は肩をすくませる。仕方ないね、おかしいとは思うけども、と言いたげだ。
怒るのが馬鹿らしくなった。離々の言う悪口は気にしないことにする。パジャマ姿は変だと実は銀花もそう思ったのだし。
「おはよう、小村銀花さん」
名前を言われてびくっとする。呼んだのはパジャマ男子だ。
ふんわりと柔らかそうな襟から上の顔をじろりと見るけど知らない。銀花はクラスメイトの顔と名前は覚えるようにしていた。ノートを貸してって言われて渡した相手が分からないと返してもらいに行けないし、次の授業の場所が分からなくて困って聞くこともある。女子を念入りに覚えていたけど男子も順に思い出してみる。着るものが違うので印象が変わっているということは……、ない。
──彼のことは知らない。
あなた誰ですか? と聞きたくなったけど、じっと見られて動けずにいる。さっき聞いたのかもしれないけど、彼の名前をさっぱり思い出せない。ありそうな名をもごもご呟いてみてから顔立ちを念入りに確かめた……。知らない。ただ、彼が名前を呼ぶ声が銀花の頭の中で鳴っている。歌うような感じだったからだろうか。気持ちが弾むのと同時、呼ばれたのだから呼び返した方がいいのではと心配になる。向けられた視線に銀花の気は急く。深く息を吐いてから、いつもどおりパペタ氏に話しかけるように言った。
「はじめまして。……、……パジャマさん」寸前まで彼の名前を思い出そうと試みたけど無理だった。
「銀花は今日とても元気なのでちゃんとお返事できます。あなたの名前を聞きたがっているのです」パペタ氏が勝手に加えた。
雲が流れて強まった窓明かりが彼の顔に差している。
一応、銀花も笑顔を見せてから、ちゃんとパペタ氏を睨みつけた。言ってることは間違っていない。落ち着いて辺りを見渡すと、体育館全体がよく見えた。ここは舞台で、向こうからはこちらが見えるのだから逆からもそうなのか。
隻海がタブレットを取り出すのを見て、エントランスの時計に眼をやる。
時計の長針はわずかに傾いている――8時の10分前だ。
一歩進んだパジャマの身体で銀花の視界は埋まる。
てっきり名を告げに銀花に近づいてきたのかと思ったが、視線が合わない。
肩がぶつかりそうに近い。二人は狭い廊下ですれ違う瞬間みたいな位置関係になった。
舞台の際で立ち止まったパジャマがふわっとふくらむ。いやぜんぜん違う、肩や胸がせり上がっているのでそう見えた。ただ、大きく、深く息を吸い込んでいるだけだ。
なぜ? 疑問を持つ間もなく、彼は次の行動に移った――。
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