◆第3話 海に浮かんでいる
「気になるもの、あるの?」
銀花が慌てて体育館に辿り着いた直後、最初に声を掛けてくれたのは
あてどなく周囲を見渡す銀花を心配してくれたのだろう。彼女は名乗る。
「隻海、一つの舟が海に浮かんでるって意味の名前で隻海。そう説明するとみんな覚えてくれる」
陽が射す穏やかな水面と、星が映り込む海が胸に浮かんだ。実際に見たことは全然ない。一つだけの舟は寂しい気がしたけど、隻海はそんなのには負けない心の持ち主なのだ。
今日は何かの行事の日ですか? と聞きたかったけど声が出せずにいる銀花を隻海は見守っている。
――ああ、そうか。
見つめられている理由を銀花は理解した。
「……あ、はい、銀花です」
銀色の花という意味だと思うけど、そう説明した方がいいのかな。不相応に可愛すぎないかと考えているうちに。
「銀色の花で合ってる? ……ぴったりの名前」
隻海が言うと本当にそう思えてくる。全然違うけども。
アイマスクをしていても綺麗な顔立ちが分かる。見えない分を想像が補っているわけではない。編み込んで左右に出した髪が肩で揺れる。光の当たっているところは特に色が薄い。なんでアイマスクをしてるの? と聞いていいものだろうか。昼間に普通に付けている人は初めて見た。 隻海のは、そもそもアイマスクではないのかもしれない。
「ねえ、上がる? 違うの?」
考え込んでいるうちに誰かの声が耳に届く。
ドレスだ――黒のドレスを着た女子がこちらを睨みつけている。
自分が悪いことをしたのかと心配になるけど、何を怒られているのか分からないので動けずにいるうち。
「広いところに上がりましょうよ」
彼女の視線は銀花から移ってもっと上へ。みんな隣り合って小階段へ向かう。
――銀花、隻海、離々。あとパペタ氏。
体育館の壁際にいた者たちが視線を舞台に向けて動き出した。
歩きながら辺りを見渡していると車に酔った時みたいに水平の感覚を失う。よろけた肩が緩やかにぶつかった。
「あなたも一緒にどうですか?」
パペタ氏がぐいっと首を横にして問いかける。いつの間にか隣にいる男子。
彼が着ているのは淡い色合いをしたゆったりとした服――パジャマのように見える。
パペタ氏を一人とカウントするかはちょっと考えないといけない。人間ではないから4人と1匹か……、クマは一頭? あとで考えよう。
とにかく、銀花、隻海、離々、パジャマ男子、あとパペタ氏が集まった。
パジャマ男子はじっと黙ったまま。銀花は理由が分からず他人に怒られることがあるので、こわい人じゃないといいなと思いながらそっと距離を取った。
密かな動きを見抜いたパジャマ男子の視線が銀花に刺さる。
会釈だけ済まして向きを変えてもずっと彼の視線を感じている。
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