シグナルなしで願うには
尚乃
◆プロローグ
ルーシーロケット、ポケット失くした。
キティフィッシャー、それを見つけた。
1ペニーもないのに、リボンだけ巻かれてた。
(マザーグースの一篇)
ひゅぅぅぅ――何かが鳴っている。
眼を開けると震える身体が床を細かく叩いている。ぅうううう――空洞を抜ける響きは床とは別、自分の喉が息を吸う音だと分かる。
動けないまま、薄っすら積もる床の埃がキラキラするのを見つめている。ふらつく頭に右手だけで足りずもう一方も首に添えて銀花はようやく半身を起こした。
「……ねえ、こんなところで眠っちゃったのかな」
「ほら窓を……、校門が閉まっちゃうから帰ろう」
銀花を急かす少年の声は確かにしたが、姿はどこにもない。
体育館に一人、銀花は残されている。
右手に話しかけると、声音の違う少年が銀花の喉を借りて返事をする。ずっとそうだったけど、今はひどい頭痛が思い出す気力を削いでいる。
銀花はパペット(手人形)と他愛無いお喋りをしながら舞台を下りるため小階段に向かう。
一歩――階段に片足を下ろした瞬間。
メロディが響く。寂しい気持ちになると口ずさむルーシーロケットの歌だ。止めることはできないので最後まで歌った。
初めて聞いたのは保育園でやったゲームだ。ポケット――と呼ぶより小物入れとかポーチというのが相応しいものを、輪になったみんなが渡してゆく。円の中心で三角座りの銀花は固く眼を瞑っている。歌が終わったら眼を開いて、ポケットを隠し持っている子に指を差す。
流れ終わったメロディの余韻の中、鈍く痛む頭を空っぽにしている。ふわりと浮かぶ思い出の中、自分の姿はひどく幼い。銀花はゲームでいつも犯人を当てることができた。
ルーシーロケットは、銀花の生きた10年の人生の中で最も素晴らしい出来事として記憶されている。
犯人は、犯人は……。
犯人――顔は浮かんで来ない誰かに指を差す姿が頭に浮かんで離れない――。
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