第30話 一人でシてたり、他の女の子に手を出したり出されたり、してなかった?
「すみません。ご家族の方にも、ご家族の理由があるとは思います。ただ……本当に、俺が言えたことではないんですけど、もうちょっと心配してあげてもいいと思うんです」
彼の言葉使いは、相変わらず丁寧で。人によっては、怒っているとすら気づかないかもしれないけれど……
それでも。
彼の口調には嘘つきな私にも分かるくらい、深い、力強さが宿っていた。
そもそも蓮くんは、他人に指摘をしない。
本人がいう通り臆病者で、こんなこと口にしてもいいのかな、と常に悩み考える性格だ。
その彼が、珍しくはっきりと言い返してるのは間違いなく――
私のためだ。
蓮くんの指摘に、母がぎくりと動揺をみせた。
……といっても母のことだから、私への心配をしなかったことではなく東条家の人間を怒らせてしまった、そのことにびびっているんだろうけれど。
「……ご、ごめんなさいね? 何か、うちの娘が怒らせるようなことを、してしまったかしら?」
「違います。ご家族として、娘さんを一人送り出して、心配しないのかな、と……」
「そ、それはね? 私も心配よ? ええ、本当に心配しているのよ。帰ってきたときは嬉しかったし、娘は私にとっても大切な家族だし」
「では、今は引き留めないんでしょうか」
「それは……でもほら、東条家の人に誘われるって、すごく名誉なことでしょう? この子の将来にも繋がるし、娘のことを考えたら、ね? お誘いに乗った方が、私はいいと思うんだけど……そもそも、お誘い頂いてるのはそちらの方でしょう?」
「……それは……そうですけど……」
「あ、そ、それともうちの娘に何か問題が? その辺はほら、できるだけ改善しますって、本人も反省してたので……」
母がへこへこしながら、私が一言も口にしていない反省を勝手につけ加える。
「ほら、あなたも頭下げなさい」と母に言われ、私も何に謝ってるのか分からないまま頭を下げるけど、蓮くんも私もそれが建前であることは十分理解していた。
とにかく、母は今この場で彼を怒らせてはいけない、それしか考えてないのだろう。
けど、蓮くんが言いたいことは――私が言いたいことは、そうじゃない――けど、きっと伝わらないんだろうな、とも、思う。
「ええと。彼女が謝る必要はないんですけど……」
「と、とにかく、うちの娘のことでしたら大丈夫ですから。ね? ね? だから、良ければもう一度、うちの娘を預かって頂けませんか」
必死の懇願に、蓮くんの顔がさらに渋くなり、母がさらにあたふたする。
母はきっと、彼が何に腹を立ててるのかすら理解できてない。
そして蓮くんも、自分が何を言ってもどうしようもないのでは、ということくらい理解してると思う。
だから――
「蓮くん。ありがと。……でも、もういいよ?」
「けど」
「大丈夫。あとは私の問題だから」
私はするりと足を踏み出し、彼に触れられるほど近づいて、話を区切る。
「それに、ほら。無関係な君が、これ以上突っ込むのは野暮だし、ね?」
「……それは、ごめん……」
「ううん。気にしないで」
もちろん、嘘。私は野暮だなんて思ってないし、本当はすごく嬉しい。
私のために、まだろくに関係を結んだわけでもない人が、声をあげて怒ってくれた――それだけで、私の胸の内にはじんわりと心地良い痛みが広がっていく。
この痛みは、何の痛みなのだろう?
経験がないから、分からないけれど、多分……。
けど、これ以上蓮くんと母がやり取りしても、お互い理解できないまま押し問答になるだけだ。
そんな無駄なことに、時間を使わせたくないし勿体ない。
私の心の中ではもう、いまの話で答えも出てしまった。
……このまま家に残って、感謝もされずぐちぐち文句を言われるくらいなら。
嘘だらけでもいいから、彼と一緒の部屋に戻り、自分をきちんと心配してくれる男の腕に包まれてるほうが、私の心はきっと満たされるんだろうな、って――
「それより、蓮くん。君が良かったら、戻ろ?」
「……いいのかな。本当に」
「うん。ほら、君だって早く、私と……イイコト、したいでしょ?」
耳元で囁くと、彼の頬が見る間に赤くなった。
ふふ。珍しく男気を見せてくれたけど、こういう所は照れ屋で本当に変わらない。
だからこそ彼はいいな、なんて、今はつい思ってしまうけど。
じゃあね、と私は母にろくな挨拶もせず靴を履き、するりと実家を後にした。
振り返ることもない。
家族に声をかけたところで、どうせ面倒な言葉しか帰ってこないだろうし、蓮くんを不機嫌にさせるだけ。それならさっさと見切りをつけ、彼と楽しい話をしたいなと思った。例えば――
「私、きっと部屋に帰ったらこのまま君に抱かれちゃうんだろうね? 今までガマンしてたぶん、あんなことやこんなことも、激しく……」
「っ、いや、そ、それはっ……」
「しないの?」
「…………」
「してくれないと、私、また実家に戻されちゃうかもしれないし……それは、君も気づいたと思うけど、ちょっとヤだなあ」
実家の入口、車に戻るほんの僅かな隙間で彼にじゃれつくように腕を絡めて囁く。
蓮くんがびたっと止まり、困惑してる様子を楽しみながら、私はわざと彼の腕に自分の胸を押しつける。
あ、また顔が赤くなった。
今ごろあっちの方もビンカンに反応してるんだろうな、なんていやらしい妄想をしながら、私はにまにまと彼を見上げ、くすくす笑いながら――素直に、甘える。
ああそうか。私はいま、彼に甘えているのかもしれない。
私の嘘を許してくれる人。
私の嘘に、気づいてくれる人。
私の嘘を理解して、優しくしようとしてくれる人。
そんな彼に、私は……あ、いや、もちろんこの感情も嘘だけど。
「ね? 君の格好いいところ、えっちなお姉さんに見せてくれるんでしょ?」
「……まあ……そう、なる、かな」
相変わらず言いよどみつつも断言した彼に、私も笑いながら、とくとくと胸が熱くなる。
彼が断言したのなら、私達は今日、そういう関係になるのだろう。
その結末は、あの部屋にいた最初の時から、決まっていたけれど……。
意識としては、だいぶ違う気もする。
彼とともに、高級車の後部座席へ。
相変わらず美人な金髪巨乳メイドさんが車を出すなか、私は隣に座った彼にそっとしなだれかかり、ねえ、と囁く。
「ねえ。私がいない間……ガマン、してくれた?」
「え」
「一人でシてたり、他の女の子に手を出したり出されたり、してなかった?」
軽口とわざとらしいボディタッチを挟み、いつものように彼を弄りながら――ああ、私はいまの彼とのやり取りを心地良く感じてるんだなと改めて自覚し。
その彼にこれから抱かれるのだと想像するだけで、心臓が破裂しそうなほど高鳴っていく。
その高なりは、本当に、身体を交えるための緊張だけ……なのだろうか?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
私もよくわからないや、と理解することをわざと諦め、彼にしなだれかかると、蓮くんが慌ててあたふたと顔をそらしはじめてしまった。
「っ、そ、そういうのは勘弁して欲しいっていうか……」
「でもこれから、もっと大胆なことするんだよ? これくらいで済まないこと……それにほら。今日は肌寒いし。君に温めて欲しいなあって」
「ま、まあ、それは……その……」
「ふふ。好き。蓮くんのことが好き」
「……その嘘は、勘弁してくれ」
くらくらするから、と彼が呟き。
……本当にくらくらしてるのは、もしかしたら私の方かもしれない、なんて思いながら――
私達はようやく、あの部屋に戻ってきた。
彼と、今度こそ結ばれるための、いつもの部屋に。
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