第18話 ね、蓮くん。君の大好きな、ガマン比べ。私と……しない?
そうして俺が固まっていると、彼女がイタズラするように、俺の頬にふにっと指先で触れてきた。
「もう、意地悪。蓮くん、してくれないんだ……ただの、お試しなのに?」
「……意地悪なのは、そっちだろ。それに、お試しでキスなんか、出来ないし」
「お土産屋さんにもあるでしょ? 試食コーナー。たくさんある商品の中から、可愛い女の子をつまみ食い……男の子なら、一度はやってみたいって思わない……?」
別にね? 私は、一度しか出会えない運命の相手ってわけじゃない。
私にとって、君は大好きな相手だけど……君にとっては、ヤッて、ぽいって捨てていい女の子。
お試しには丁度いいんじゃない?
ふにふにと頬を何度か触れられ、あたかも自然な流れで彼女がゆるりと絡みついてくる。
俺の背に手を回し、ひしっと体温と体温を交えるように密着され、胸元にあたる彼女の柔らかな弾力に身もだえする。
――愛をゆっくり確かめる、なんて、嘘だった。
彼女の動きは、今までに比べれば確かにゆったりしていて、柔らかい。
けれど中身はより過激に――言葉だけは遠慮したそぶりを見せながら、身体はより大胆に俺へと触れ絡みつくように寄り添ってくる。
服を脱がせてとか、映像を見せないように、なんていう遠回しな手ではない。
直接的にいやらしく、俺のガマンを紐解こうと掛け合ってくる過激な嘘に、俺は、抗うことひとつできず。
「それでも、蓮くんが私を食べてくれないなら……お姉さんが、君を、食べちゃおうかな?」
はむ、と。
彼女が俺に身体をこすりつけながら――かぷり、と耳たぶを優しく噛まれる。
う、あ……と俺が震えるのもお構いなしに彼女はちろちろと赤い舌先を絡め、耳たぶに蛇を這わせていく。
ざらりとした独特の舌触りに、ふうっと零れた吐息に耳がくすぐられ、びくびくと痙攣する俺に、彼女の指先が伝うように背中をなぞっていく。
一方的に攻めらたてられ、快楽を強引に引きずりだされる感触。
並の男に抵抗できるはずもなく、弄られるたびに身もだえしながら、俺は――それでも彼女が、無理に口づけや服をはだけようとしないことから、彼女の好意が嘘だと考える。
そんな俺に――
「……蓮くん。私のこと、嫌い?」
「そういう問題じゃ、なくて。……俺には、君を抱く理由がない、っていうか」
「性欲だけじゃ、ダメ?」
「欲求だけなら、ある、けど……それは、違う。理屈が成り立たない、から」
「じゃあ、もしもの話だけど」
ね、と彼女は耳たぶからゆっくり唇を離し、うっすらと糸をひく涎を払いながら。
「私が、事情を話したら……たとえば、私が君に抱かれないと、悲しい目に遭う……っていう話をしたら、どうする?」
「……え」
「べつに、不思議なことじゃないでしょ? 私は君に、女を教えるために雇われた。そのお務めができなかったら、貰えるものも貰えない……って考えても、不自然じゃないよね?」
その可能性は、……全く考えなかったかと言われれば、嘘になる。
けれど、意識から外れていたのも事実だ。
理由があるとは、思っていたけど――抱かないと困る、というのは。
もしかして。本当なのか……?
ここにきて新しい選択肢が産まれたことに戸惑い、彼女をじっと見返す。
「なら、最初からそう言ってくれれば……」
「言いたくなかった、かな。ちょっと卑怯な気がするじゃない? 君を脅かしてるようで、さ」
せっかく抱かれるなら、愛をもって優しく抱きたいし抱かれたい――それが嘘でも、ね、と彼女。
「蓮くん。私は君を愛してるし大好きだけど、でも、これは頼まれたことでもあるの。君に抱かれて一年過ごすと、報酬が出る。出ないと困るって言われたら、君なら、どうする?」
「……それは……」
「君くらいの年齢の男の子なら、お金より愛だろ、って言うとかもだけど……お金だって、大切な理由だよ?」
それは、俺にも理解出来る。お金は大切だ。
そして金が絡むなら、俺達の関係はより単純になる。
――彼女は東条家に雇われた、風俗嬢。俺のために性的な接触を行ってくれる、女の子。
身体を差し出す代わりに、きちんと対価を貰えるのなら、俺の中でもまだ理屈が繋がるし、分かる……けど。
本当に。それだけ、だろうか?
それが仮に真実だとしたら、まだ、疑問に残る点がある。
「……なら。君が、お金を欲しい理由を聞かせて貰っても、いいかな」
「え?」
「プライベートに踏み込むのは、失礼だと知ってるけど。君がそこまでしてお金を欲しい理由を、聞きたい」
「……お金をもらう理由なんて、難しくないと思うけど……君は、欲しくないの?」
「欲しい。けど、そこまでして欲しい理由は、分からない。だから、知りたいんだ」
もちろん彼女の語る理由も、嘘かもしれない。
それでも俺は、俺の中でストンと胸に納まる答えがないと、安心できない――臆病でびびりな俺は、できる限り彼女を傷つけない、そして自分自身が傷つかない建前を求めているから。
それもすらも、言い訳かもしれないけど……とごちゃごちゃ考える俺に、彼女は……
「じゃあ、蓮くん。その続きは、私との勝負に勝てたら、教えてあげる」
「……え」
「私ね? キスだけじゃなくて……ちょっとだけ、本気で頑張ろうかな、って、思って」
彼女が身を乗り上げ、俺に抱きつくように寄りかかり、ゆるやかに体重をかけてきた。
ベッドに腰掛けていた俺は抗うことができず、そのまま彼女に押し倒される。
ぽふん、と間抜けな音を立てて揺れるベッドシーツ。
仰向けに転がった俺に、彼女はちょうど馬乗りになった格好のまま、興奮を孕んだ吐息を零しながら俺の身体にしなだれかかり、迫り――
ちゅっ、と。
俺の額に、優しい口づけを落とした。
「――っ」
「ね、蓮くん。君の大好きな、ガマン比べ。私と……しない?」
彼女が囁くが、それどころでない動揺に心がざわつく。
分かっている。彼女が触れたのは額であって唇ではない。正規のキスではない――が、それが一体何だというんだ、と構わずドキドキする中、もぞり、と――彼女の指が。
俺の、ズボンの上から。
ゆっくりと蛇が絡むようにさわさわと、布越しに絡みつき……
上の口づけと、下の甘美な接触。
重なる猛攻にどぎまぎする俺に、彼女は淫靡な笑みを浮かべながら、さらに、自らの体重をそっと押しつけ……。
「これからゆっくり……ねっとり、きちんと、君を愛してあげる。……今まで、私が怖くてできなかったことも。君ならきっと、何をされてもガマンしてくれるって信じてるから……ね?」
「…………」
「ガマン、してね? でも、ガマンしないでね? 蓮くんなら、どっちもできるよね……?」
柔らかな接触。
嘘と嘘の間に挟まれながら身もだえする俺に、彼女はふんわりと女の色香を交えながら、ゆっくりと全身を上下させる。
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