第14話 君が、一人でシてるとこ。……もう、ガマンの限界なんでしょ?

 ふぅふぅと限界近くまで湯気立つ興奮を抑えながら、彼女を見つめる。

 互いに身体を寄せ合いながらも零れたのは、彼女の、困惑に満ちた吐息。


「……ごめん、蓮くん。私じつは経験ないから、分からないんだけど……聞いてもいい?」

「はい」

「男の子って、普通、女の子に……入れて、出す、んだよね?」

「一般的にはそうです。けどほら、自分で刺激しても……できる、じゃないですか」

「ま、まあ……うん……」

「さっきから、それに似た感じで……」


 あなたがふりふり動かす尻とか、むにゅっと柔らかく包んでくる胸元とか吐息とか匂いとかでもう限界です。

 精神的な性的欲求も、もちろん結界寸前だけど。

 それ以上に、物理的刺激による限界が……。


 彼女に包まれたままだらだらと汗を流す俺を見てか、ええと、と珍しく慌てる彼女。


「蓮くん。それって、限界を超えちゃったら……どう、なるの?」

「出ます」

「……どれくらい?」

「……漫画みたいに、あんなには出ませんけど、まあ……」


 多分、勢いよく。

 何せ五日間しっかりと蓄えに蓄えた子供達だ、元気も有り余っているに違いない。

 何が、どう、とはあんま詳しく言うと恥ずかしいけど……。


 彼女が俺に捕まったまま、困ったように目をそらしうっすらと冷や汗を零す。


「で……今のまま、そうなると、どう……なるのかな……」

「超リアルな話、いいですか」

「うん」

「ズボンが臭くなります」

「……おぅ……」

「あと、ねばねばします……」


 彼女に言葉で伝えるのはとても難しいが、大変、独特な匂いというか……。

 少なくとも、アレな漫画に出てくるような、「君の味がするね……美味しい♡」なんて笑える状態ではないのは確かだ。


「牛乳。零すと……違うんですけど、ある意味近いというか……それが溢れてしまうと……」

「う、うん。ちょっと分かってきた、かも……?」

「そうして汚したものを、俺はこの部屋から出れないので、洗濯カゴに入れてあのえっちなメイドさんに見られることに……」


 想像するだけで恥ずかしさのあまり死にたくなる。

 中学の頃、初めて”目覚めた”時にやらかして、どう処理したものかと苦悩した苦い黒歴史がぶわあっと溢れ、思わず泣きたくなってしまう。


 悲劇は――繰り返してはいけない。


「すみません。……なので、勘弁して貰えないかな、と」

「あー……えっとぉ。確かに、そこまでは考えてなかった、かな……?」


 まあ普通……ガマンできない、といったら彼女を愛でる方に走るのが自然だろう。

 まさか彼女との摩擦で自家発電のガマンが効かなくなりました、なんて聞いたことがないしそもそもそんな状況が現実にあり得ない。


 が、今は……今だけはほんとにありそうです……。


 ふるふると震え、今回はこの辺で勘弁してくださいと訴えると、彼女もようやく事態を飲み込め始めたのだろう。

 そろり、と俺から離れ……代わりに、手近にあった掛け布団を、俺を守るように被せてくれた。俺を、動画や刺激から守るためだろう。


「最初からこうしてたら良かったと思うんですが……」

「い、いま思いついたのっ。だから、仕方ないでしょ? ……っていうのは、嘘だけど」

「というか俺、風呂場に籠もっていいですか? やっぱ動画の声聞こえるとキツくて」


 彼女の接触こそ離れたものの、俺の耳には未だえっちな音声が断続的に響いている。

 次第に盛り上がってきたらしく、生々しくもなまめかしい声が鼓膜を揺らしてくるのは、今の状況では耐えがたい。


 あとで文句を言われようと構わないので……と、俺は情けなくも再び風呂場に逃げ込み――




 いつものバスタブで、体育座りの姿勢にて縮こまった。


 ……なんかここ、定位置になってきたような……。

 としょぼくれつつも安堵の息を吐き、あああ、と顔を手で覆い悶絶する。


 何話してんだ、俺。

 状況が状況とはいえ、彼女に面と向かってリアルな○○の話とか頭が完全にバグってたとしか思えない。

 説明するにしても、もっと誤魔化すとかぼかしてどいて貰うとか色々あっただろ何で全部素直に話してるんだ……?


 あああ恥ずかしい、心臓かきむしりたい、とうずうずしながらバスタブの中で、ごろごろ。

 ホントに。本当にさあ……。


 この部屋に来て何度目だよ、と悶えつつごろごろしていると――


「……蓮くん、大丈夫?」

「だいじょばないです」

「だいじょばないんだ……」


 彼女が心配してやってきたけど、今は来ないで欲しいです一人にさせてくださいお願いします。

 と、追い返すわけにもいかず泣いて引きこもる訳にもいかないので、ふらふらと身体を起こす。


 彼女はバスタブの縁に肘をのせ、俺を申し訳なさそうに眺めつつ――


「……ねえ、蓮くん。後学のために聞きたいんだけど……」

「はい」

「そういう時って、男の子は一人でするとき、臭くならないようにどうしてるの?」


 まさかの痛烈な追撃がきた。

 う、ぐ、と石化する俺。


 ……いやまあ……一般的には……どう、なんだ?

 他の人の事情までは、知らんけど……。


「……まあ……ティッシュで受け止めたり、お風呂場で、とか……?」

「そ、そっか……ティッシュ……ね……?」


 彼女もまたほんのりと頬を染めながら、好奇心と照れが半々で混じったように頷く。

 素直に応える俺も俺だが、質問をしてきた彼女も彼女だと思う。


 ていうか、何だこの会話。

 何のためにしてるんだ……俺を辱めるためか……?

 けどこれもう、性的に誘う話じゃなくて男の性欲研究の話になってる気がする。


 もう自分でも頭がくらくらして何話してるかわかんねえな、と思考がおかしくなりそうな中、彼女が待っててねとバスタブを離れた。



 ――それで、彼女が諦めたのだと、俺は勘違いしていたけれど――



 程なく戻ってきた彼女が、手にしていたのは。

 室内に備え付けられていた、ティッシュペーパー箱。


 ……???


 両手で箱を抱え、ね、と伺うように俺を見つめ。

 それ何ですか、と、質問するのを何となく憚れるなか、彼女が箱を持ち上げ自分の顔を隠しながら。


「見ててあげよっか?」

「……何を、ですか?」

「つまり、ほら……ね?」


 何か、とんでもないことを言い出すのでは。

 予感めいたものが渦巻き、ぐつぐつと心の底から再び熱が――恥辱の熱が吹き上がるのを覚え、かあっと全身が再び狂うのを覚えながら、彼女が予想通りの火蓋を切る。


「君が、一人でシてるとこ。……もう、ガマンの限界なんでしょ?」


 見ててあげるねと彼女に微笑まれ、俺はもう、泣けば良いのか笑えばいいのかすら分からない、ぐちゃぐちゃな感情を抱えたまま石になった。

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