第12話 君だけに与えられたホンモノ……見てみたいって、思わない?

『どうした? 我が家族よ。聞くところによると捗っておらんようじゃが?』


 何だかんだガマンにガマンを重ねて迎えた一週間後――お爺様が唐突に、天井モニターに姿を現した。


 俺は先日頂いた大型タブレット(学校の勉強用)から顔を上げ、お爺様に微妙な顔で、いや、その……と言いよどむ。

 捗るも、何も……色々、限界近いんですけど……。


『その女に何か問題があったかね? 気に入らぬというなら、別の女を用意するが?』

「いえ、そういう問題じゃなくて……お爺様。そもそも、好きでもない女の子を抱くっていうのに、抵抗が……」

「お爺様。蓮くんは私が思っていたよりも、とても真面目で誠実な性格なようです。……いまは時間をかけてゆっくりと、お互いに心の交流を交わしているところですよ」


 凜とした口調で彼女が答え、いつものように「でも、ガマン出来なくなったらいつでも、ね」とつけ加えるのを忘れない。

 その色香に何度ぐらりと誘われ、トイレに籠もったか……は、正直あまり考えたくない事実だ。


 とはいえ――爺様がようやく顔を出したのなら、良い弁明の機会だ。

 俺は、あの、と何とか声を張り上げ、


「爺様。……いえ、当主様。やっぱこういう方法で、閉じ込めて女の子といちゃいちゃさせようってのは、俺向きでないっていうか。えっと……人には人それぞれの、向き不向きがあると……それに、高校生で経験って早すぎるような気も――」

『青い。青いぞ、我が家族よ。そんなことでは将来、お前は間違いなく悪辣な女に騙されるぞ?』


 やっぱり聞いてくれなかった。


『因果が逆、全くもって逆なのだ。向き不向きだの、若いからだのと理由をつけて言い訳をしているから、いつまでもたっても女に免疫が出来ぬのだ。経験を積まねば、得られるものも得られない。当然の話であろう?』

「う……いやまあ、そう言われるとそう、なんですが……」

『仮にいまのお前が大学生だとしたら、どうだ? 頃合いだから女を抱こう、と、心代わりする未来が想像できるか? どうせ相手と心を通わせてないから、等と理由をつけて言い逃れするであろう?』


 そうして女を遠ざけ自分を守り、ある日うっかり言い寄ってきた女にコロッと騙される、それが男という愚かな生き物なのだ。

 ゆえに教育、教育、教育が必要なのだ! と爺様が顔を真っ赤にして熱弁される。


 ……まあ、言い訳ってのは事実だし、俺が奥手で逃げ腰ってのは認めるけど……。


『とはいえ、初体験の女相手に緊張する気持ち自体は、わからなくもない。わしも若い頃はなあ』

「お爺様。失礼ですけど、本題をお尋ねしても宜しいでしょうか?」

『おっと失礼。年寄りはつい己の昔話をしたくなっていかんな』


 はは、と笑いながら爺様がモニターの中でこれみよがしに手を叩く。

 直後メイドさんが現れ、キャスター付きのテーブルに載せて運んできたのは――大型のモニターだった。


『今日は悩める我が家族のために、わしから心ばかりのサポートを行おうと思ってな』

「……具体的には?」

『男女の営みを支えるには、実践を見せるのが一番であろう?』


 は? え、それってつまり。……もしや。


『決まっておろう。男なら誰もが興味を持つあれだ。心優しい当主の計らいに感謝し、より一層励むがよい』


 ……この当主様は生涯、真実の愛というのを理解できない気がする。

 等と余計なことを考えてる間に、ではな、と爺様が笑って映像が途切れた。


 モニターを運んできたメイドさんが、動画の準備を行なったのち、俺達に一礼。


「動画は十分後より始まります。ご安心ください、初心者向けの大変スタンダードな内容となっておりますので、特殊な性癖等は登場致しません。……私が目の前で実践しても宜しいのですが、蓮様は聞くところによると大変うぶなご様子。第三者がいる中で交わるのは恥じらいの方が勝ると考え、えっちなメイドは静かに退室させて頂きます」


 私、できるメイドなので。

 ふっ、と目を輝かせなぜか自慢しながら退室する彼女を見送り……いや、どうするんだこれ……?


 呆然とする俺に、彼女がにこりと笑う。


「蓮くんのお爺様は、なかなか直接的だね。……でも、蓮くんならガマン、できるよね?」


 無理です。

 今ですらギリギリ限界いっぱいな場面が多いのに、アレな映像を直接見せられる、となると……いや、マジで。


「モニターに布団被せて、見ないようにとか……」

「出来なくはないと思うけど、声は聞こえちゃうかもね?」

「消音にしたり……」

「うーん、このモニター音量調整とかないみたい……操作ボタンがある所のフタ、開かないみたいだし。それに、このモニターの画面を布団で見えなくしても、他の方法使ってくるんじゃないかな?」


 と、彼女がついさっき爺様の映っていた天井用モニターを示したので、確かになあと思う。

 ……大人しく耐えるしかないのだろうか……?

 けど、この状況下で耐え抜け、と……?


 どうしよう。どうしよう。

 早朝から難題にぶつかり勉強所でなくなった俺が、思わずこめかみを押さえて悩んでいると――


「ねえ、蓮くん。相談なんだけど……君の手助け、してあげようか?」

「え?」

「私、いい方法閃いちゃった」


 にこやかに微笑む彼女が、おいで、と俺を誘うように席を立つ。

 藁にもすがりたい気分だった俺はつい、何も考えず彼女に続き――案内されたのは、ベッドの端。

 モニターを真正面に迎えた位置に腰掛け、手伝いとは? と伺うと、彼女は「任せて」とばかりに華やかに笑い。


「大切なのは、えっちな動画が流れてる間、蓮くんが見なければ大丈夫。だよね?」

「まあ、理屈的にはそうだけど……」


 お風呂場やトイレに隠れてやり過ごす案も考えたが、それでお風呂場にモニターでも運ばれようものなら本当に困るし……。


 と、戸惑う俺の前で、彼女がにこやかに立ち上がり。

 俺の前にするりと移動して、……う、と呼吸を止める。


 先日の一件以降、彼女は部屋着で生活してくれてはいるものの、艶のある健康的な黒髪や女性らしい柔らかな微笑みに目が奪われるのは、相変わらず。

 そして私服に着替えたとはいえ、しっかりと形良く強調された胸元や腰のくびれ、たまにさりげなく触れてくる指先にドキリとするのは変わりない。


 何度もくらりとさせられ、ガマンさせられ続けた肉体美が、するりと俺に近づき……


 膝を折りつつ、ベッドに乗り上げながら。

 彼女がまるで、俺の全身を抱き留めるように包みながら――ぴたり、と密着してきた。


「んっ……!?」

「どうかな、蓮くん。これなら君には何も見えないし、聞こえない……でしょ?」


 ぎゅっと優しくも柔らかな胸元に顔を埋められ、彼女の両手がそっと俺の耳元を塞ぐように当てられる。

 思わず身をよじり逃げようとするが、彼女の体重がしっかりと太ももに載せられ、逃げられないよう完全に絡め取られていた。


 う、お……と押しつけられた興奮に目を白黒させ、けれど強引にどかすと彼女を突き飛ばす格好になるため何もできずわなわな震えていると――


 彼女が、ふふ、と。

 物語に登場する淫魔のように、女の色を浮かべ、俺に、囁く。


「ねえ、蓮くん。……動画でも、他の女に浮気するなんて、私はイヤ。せっかく見るなら……動画のなかで別の男に抱かれる女じゃなくて、君だけに与えられたホンモノ……見てみたいって、思わない?」


 前から思ってたけど。

 蓮くんって、美味しそうだよね。……こっそり、食べちゃいたくなるなあ。

 耳の隙間から差し込まれるように囁かれ――ぞくぞくと、俺の背筋に言葉にならない快楽が走り抜けるなか、動画の再生が始まる。


 大音量で響く男女の口づけ音と、女の甘いあえぎ声に続くように。

 彼女がもぞもぞと腰を揺らし、初めよっか、と囁いた。


「蓮くん。……今日も頑張って、ガマン、してね?」

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