1−9
父様は飛び込みの仕事、母様は来客の対応で執務室から退室した。僕も戻るかと聞いたらすぐ戻ってくるからまだここにいていいと言われた。
父様に絵本やおもちゃを渡され、あの日のようにソファで遊ぶ。あの日と違うことは、今僕が1人ということくらいだ。
外には自分の部屋からも見える鳥が羽ばたいている。あの鳥は、いつも僕の部屋の近くにいる鳥だろうか。そんなことを思いながら窓の外を見ていると、ドアがノックされ、意識がドアへと移る。
こういう時はどうしたらいいのだろうか。勝手に出てしまうのも、無視をするのもなんだか違う気がして困ってしまう。
そんなふうに考えていると、再度ドアがノックされた。このままだと、対応するか父様が戻ってくるまでずっとノックを続けてしまうかもしれない。父様は今ここにはいないことを伝えて、一度引き取ってもらうほうがいいかもしれない。
「あの、今父様はいません。」
勇気を出してそう言うと、ドアが開いた。父様はいないと言ったのに、と思っていると、そこにはヴァルター兄様がいた。
「………。」
僕の姿をしっかりと捉えたヴァルター兄様は、ひどく怖い顔で僕に近づいてきた。僕の目の前に立つと、ソファに座っていた僕を床へと引きずり落とした。それから僕の上にソファにあったおもちゃを叩き落とす。
「いたい!兄様!いたいよ!」
そう伝えても、ヴァルター兄様は絵本をビリビリに破いて僕に叩きつけた。何度も何度も叩きつけられたからか、頭がぐわんぐわんとする。
攻撃が止み、ヴァルター兄様をチラリと見てみると、真っ赤な顔をして僕を見下ろしていた。
「_んで、」
小さい声でヴァルター兄様が呟く。
「なんで、お前なんかがここにいるんだよ!!!!」
明らかな嫌悪と、憎しみ。ヴァルター兄様から感じ取れたのは、どう考えてもマイナスなものだった。
「僕は、何をやってもダメなのに、なんでお前はここにいる!!!何をしても許される!!!!」
ヴァルター兄様の周りがぐにゃりと変形する。これは、魔力が暴走している時に現れるものだ。ヴァルター兄様の激しい怒りで、魔力がこの部屋全体にいき渡っている。これは、まずい。魔力と同じように邪気も発生しているせいで、息が苦しい。僕の変化を気にも止めずに、いや、気づいていたとしても、兄様にとってはどうでもいいのかもしれない。ヴァルター兄様はずっと激しい怒りを僕にぶつけている。
「僕の方が、優れているのに!!!!お前なんかよりも剣が振れる!!!お前なんかよりも魔法が使える!!!僕の方が____」
ヴァルター兄様が言葉を続けようとした瞬間、何か大きな力で兄様は吹っ飛び床に倒れ込んだ。
「お前はそれでも第1王子か!!!!!」
倒れ込んだヴァルター兄様にズンズンと近寄り、大きな声で兄様を威圧しているのは父様だ。そのすぐ後ろから母様が僕に駆け寄ってくる。
「ノア、大丈夫?どうしましょう、怪我は?何か異変はある?」
母様は僕に次々に質問を投げかけてきた。体や頭のあちこちを触って怪我の様子を聞いてくる。
「大丈夫、」
大丈夫ですと言おうとすると、母様が小さく悲鳴をあげる。頭を触っていた母様の手には、血がついていた。きっと、絵本で何度も叩かれているうちに切れてしまったのだろう。
「あなた、今すぐノアを医務室へ連れて行くわ!」
僕を抱えた母様は、ヴァルター兄様に向かっている父様に声をかけると直ぐに駆け出した。
閉まりかけのドアから見えたヴァルター兄様は、恐怖の目で父様を見つめていた。
「お前には失望した。」
王の口から発せられる言葉は、ヴァルターをどん底へと突き落とす。王の低い声は地を這ってヴァルターに届き続ける。
「ノアディスは、最近ようやく普通に暮らせるようになった。あんなに不幸な子どもはいない。しかしあの子は私たちに悲しませないようにと気丈に振舞っていた。なんともできた子だ。」
ノアディスのことになると王の口調も優しいものへと少し変化するが、それでもヴァルターは震えている。
「たった1人しかいないお前の弟の、何がそんなに憎い。言ってみろ。」
その言葉に、ヴァルターはようやく顔を上げた。何か意を決したような顔をしている。
「あいつは、何もできないです。なのに、僕より、大切にされています。」
ヴァルターの声は震えている。ヴァルターが自分の意思を初めてしっかりと伝えた瞬間でもあるのに、感動の雰囲気など全くない。むしろ、その言葉に王の眉間の皺は濃くなるばかりだ。
「そんなことか。そんなことで、お前は嫉妬の心に駆られて体の弱い弟を床に転ばし、上から何度も物をぶつけたのか。」
ヴァルターの息は浅くなるばかりだ。この重圧に、押し潰れそうになっている。ヴァルターの、子どもらしい、両親の気を引きたいという思いは王からしたら"そんなもの"として片付けられた。ヴァルターの心は、ポッキリと折れてしまった。
「それに、あの子は何もできないというわけではない。今は制限されているが、いつかお前よりも素晴らしい人物となる。」
未来の話なのに、王は何かを確信しているように話している。それがヴァルターに届いているかは別として、王はノアディスの何かに希望を見出している。
「ノアは特別なのだ。それに、あの子は生まれてすぐ高熱を出した。あの子は、神官にすら直せない、稀有なものに罹ってしまったんだ。」
特別、という言葉に、ヴァルターは反応した。いつも欲しいと思っている、両親からの特別を生まれながらに持っているノアディスとは、一生仲良くなれないだろう。もう、仲良くなんてなれなかった。
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