十字架昇架
きょうじゅ
イエス
湿った薄暗い牢獄の中でも、希望を語れる奴というのはあるものだ。
「なあ、知っているか。この辺の連中は、いまの時期に祭りをやってな。ひとりだけ十字架に架けられるほど重罪の人間を選んで、恩赦を下すんだそうだ」
そう言ったのは誰とも知らない老人だった。
「わしはただのこそ泥だから、死刑にもならない代わりに、恩赦にもならんだろうがな。おいお前ら、一つ互いに、自分が何をやったか自己紹介をしようじゃないか」
そうだな、そうするか、とみなが囁きあった。いろんな奴がいた。泥棒に詐欺師、食い逃げに殺人犯。手形の偽造で捕まった銀行家なんてのも混じってた。だが、一番罪が重いのは当然おれたちだ。
「お前さんは、何をやったのかね」
となりの奴につつかれて、おれは言う。
「おれはイエスの仲間だ」
みなの間にどよめきが広がる。そうか、おれたちのおかしらはこんなにこのあたりで有名なのか。
「イエスって、じゃあ。お前さん、あのナザレのイエスの仲間なんだな」
は?
「誰だ、ナザレのイエスってのは。おれたちのおかしらは、バラバのイエスだ」
「ああそうか。勘違いしちまったよ。まあ、イエスってのはこのへんじゃどこにでもいる名前だからな」
「バラバのイエス、知ってるだろ。山賊団の頭目だよ」
「知らねえな、そんなの。それより、お前こそナザレのイエスを知らねえのか」
「知らない」
「このへんで最近噂の、カルトの教祖さまだよ。水の上を歩いて渡る奇跡を起こしたとか吹聴して、弟子をずいぶん集めてる。そいつらを率いて帝国に叛乱を仕掛けるんじゃないかって、もっぱらの噂だ」
「カルトの教祖? それで、どんだけ人を殺したんだ?」
「いや。まだ叛乱は起こってないからな」
「じゃあ、おれたちの方が十字架には相応しいんじゃねえか。恩赦になるのは、おれたちのうちの誰かだな」
「おれたち、っていうと?」
「バラバの仲間は、いまここに三人いる。そっちにいる陰気な男がディスマス」
「おう。おいらさ」
ディスマスが小さく手を挙げた。
「で、おれがゲスタス。それから向こうで臍を出して鼾をかいてるのがバラバ親分さ」
「罪状は?」
「山賊だからな。そりゃあ、いろんなことをやったよ。奪って犯して殺して。まあそれなりに楽しい毎日だった」
「おいらは楽しくはなかった。生きるためだ。仕方がなかった。悪いことをしたと思ってる。こんなことになったのも自業自得だ」
と、そこで兵士たちが牢獄の前へやってきて、おれたちを呼んだ。
「バラバのイエス。ディスマス。ゲスタス。審問の時間だ。出ろ」
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