第9話:星屑のセレナーデ

「何これ?ドアがついているし……車輪もある。馬車なのかな?」

「それにしては重すぎます。これを動かせるのは化け物みたいに巨大な牛が必要でしょう」

「じゃあ。小さな家とでもいうつもり?」

「足も伸ばせませんし、とてもくつろげませんな」

家令のウッドチャックは肩をすくめた。

ただその言葉には同意見だ。

全く星渡りではわけの分からないものがあちこちに落ちてくる。

それを放置してると爆発したり変な煙を出したりして問題を起こすからさらに厄介だ。

どうにかしてでも回収しないといけない。

「流石にこのままじゃ運べないよね。分解できそう?」

「何か色が塗られていますが、恐らくは鉄かと思われますから、そこは問題ないでしょう」

「こんな大きさの塊が全部鉄?鍛冶屋が飛んで喜ぶ量ね」

「農具にも使えましょう。喜ばしいですな」

「全部がこうだったらいいのにね」

次に案内されたところに落ちていたのは動物の死体だった。

「で、これはなに?大きなトカゲ?」

「大きなというにはいささか大きすぎますな。これではヘラジカよりも大きい」

「もしかしてだけど、これってドラゴンなんじゃないの?」

そうだとすると、少しだけわくわくする。

「だとしたらぞっとしませんな。そんなものが居たら領民が危険にさらされます」

「それもそうね」

大抵の場合ドラゴンというのは国に困りごとをもたらす厄介な存在だ。

「生きてないことがせめてもの幸いね」

「いかがいたしましょう」

「埋めておいて。まさかドラゴンだって生き返って来たりしないでしょ。エバーモアの叙事詩にだってそんなこと書いてないもん」

「御意に」

そんな調子で領地をずっと見て回る。

星渡りは益もあれば害もある。

一番の問題だったのはある集落を訪れた時だった。

「あぁ……これは酷いね」

「空から降ってきまして」

集落の女性が困った顔で自分の家を見上げてながらそういった。

木造の簡素な家に巨大な赤い十字架が深々と突き刺さっていた。

「一夜にして教会が出来てしまったって言うわけね」

「旦那様にお伺いして、司祭を招きましょうか?」

ウッドチャックが髭を撫でつけながら憮然としていった。

皮肉で言っているのは明らかだった。

「分かった。家が壊れているって言うのに冗談を言った私が悪かったわ。しかし参ったものね。どう思う?勝手に撤去してもいいと思う?」

「父なる神の御心は私のような迷える子羊には分かりかねます」

「そうだよね。これがただの事故じゃなくて主のご意志だったならそれを引き抜くのはあまりにも不敬だから」

「あなたはペテロ。わたしはこの岩の上に教会を建てよう。ですか」

「主なる神の御手で建てられた教会だとしたら奇跡になっちゃうかなあ。まあ、そんなことはなくてこれはただの偶然だろうけど」

「やはり司祭を呼ばなくてはいけませんね。奇跡の認否をたださねばなりますまい」

「ね。ということで……」

家の持ち主へと顔を向ける。

「そういうわけだから、とりあえずこのままにしなくちゃいけないみたい。新しい家を建てられるように資材は運び込ませるから、それで我慢して」

「なんともったいない。我々のようなものにそんなご厚遇を……ありがとうございます」

「良いの良いの。どうせ、今回の星渡りの嵐で何本も木が折れちゃってるし、どこかで使えた方が良いのよ。それより他に被害はないの?」

「ああ……それが、その、言いにくいのですが……」

何とも言いにくそうに村の一人が顔を伏せた。

そう。

家のことよりも後から出てきたこの話の方が大問題だった。

村の人たちに連れてこられたのは二人の子供だった。

私もまだ小さいけれど、この子たちはさらに小さい。

「なるほどね。この子たちが星渡りの日に落ちてきたと……」

「ええ、朝になったら二人して地面に横たわっておりまして。どうにも言葉も通じづらく」

「落ちてきた人かぁ。確かに大事態ね」

星渡りでは物や獣だけでなく人さえも渡ってくる。

それも生きたままって事さえある。

これがなかなかに厄介だ。

しゃがみこんで二人の子供に目を合わせる。

「ハロー?アロー?ハロス?ボンジュール?」

「ハローで分かるよ」

比較的大きい方の子供が答えた。

「そう?じゃあ話せる?私の言ってることはわかるんだよね」

「分かるっちゃわかるけど、なんだよその喋り方。なんつうかばあちゃんと話してるみたいだ」

確かに言っていることは分かるけれど、ところどころ独特の言い回しで思わず動じてしまう。

違う国に行ったときにこういう感じの伝わりづらさがあったりする人は居るけれど、なんというかそういう訛りとはちょっと違うような気がする。

「どこから来たの?」

「どこ?どこだって?こいつは驚いたな。僕たちはリヴァプールのデュークストリートにいたはずじゃないか。逆に聞きたいよここはどこなんだ」

「デュークストリート?公爵通りですって?随分と大層な名前ね。ここはマーシアのシュルーズベリーだよ」

「知らないなあ。どこだよ。それ。地図……なんてものもなさそうだね」

きょろきょろと周囲を見回して子供はため息をつく。

しかし本当にどういう出自の子なのだろう。

服こそ簡素で薄手の柄もない服を着ていて一見して平民のようにも見えるけれど、その布地は真っ白で都でも見たことがないくらいに真っ新だ。

ただそれよりも気になったことがあった。

「さっきあなたは自分のことを僕って言ったけど男の子なの?見えないわね」

「そりゃそうだよ、だって僕、女だもん」

「女の子!?女の子なのに僕って……いや、でもそういう言葉遣いの土地もあるのかな……。じゃあ、そっちの子は?」

「こっち?こっちは僕の妹だよ」

「この子も女の子なんだ。こんにちは。あなたは大丈夫?」

話しかけてみるものの、妹の方は怖がって姉後ろに隠れてしまう。

そしてキッと細めた目でこちらを見上げてきた。

姉の方はため息をついている。

「こら、僕の後ろに隠れるんじゃないっていつも言ってるだろ」

「うー……」

引きはがそうと力を籠める姉に妹は出ていきたくないと抵抗していた。

「別に無理しなくて良いから。それよりよっぽど怖がられてるのかな。凄いにらまれちゃった」

「にらまれた?ああ、それはこいつが……」

妹へと視線を向けた。

「お前、眼鏡どうしたんだよ」

「あ……」

慌てて妹が腰あたりを探ると変なものを取り出した。

黒い二つの丸いものがくっついていて、それに細長い棒がくっついている。

それを妹は鼻の上にのっけた。

にらみつけてきていた妹の目がぱちりと開く。

「あ……お姫様……」

「え?私のこと?そんな、私は姫様なんかじゃないよ。ただのレディ。そんなの恐れ多いわ」

「ええ……きれいなのに……」

「そう?ありがとう。でも、その鼻にかけたのはなんなの?メガネ?っていったっけ」

「これ……?これは、うん、めがねっていうの。お姉ちゃんは知らないの……?」

「うん。知らなくて。どういうものなの?」

「え……?これをつけると目が良くなるの……。ぼんやりしてたのがはっきりする」

「ふうん?」

「もしよかったら……。読んでみる?めがねの本」

そう言って妹は一冊の本を取り出した。

ポケットに入るような小さな本だけれど、中にはびっしりと丁寧な文字と可愛らしい挿絵が乗っている。

「凄いわね。こんな細やかで綺麗な絵は初めて見たわ」

「でしょ」

えへへっと小さな妹の方がはにかんだ。

少しは私に馴染んでくれたようだ。

「でも良いの?あなたの本でしょ?」

「良いの。もういっぱい読んで憶えちゃってるから……ゴホッ!ゴホッ!」

急に妹がせき込む。

「大丈夫?外にいて体が冷えちゃった?」

隣で姉が首を横に振る。

「こいつ、いつもこうなんだ。肺が悪いんだってよ」

「そうなの……」

ともかくも二人と話していて星渡りで来ただろうことは確実だと思った。

そしてこんな外に、薄着でいつまでも子供がいるべきじゃない。

「二人ともここは知らない土地なんだね。もしどこかに行こうってあてがないなら私と一緒にこない?住むところを用意するわ」

「どこに連れて行こうって言うんだい?まさかお菓子の家に連れてくって言わないよね?」

「何それ?連れて行くのはあなたたちみたいに星渡りで来た人をうちで世話しているところ。このままじゃご飯だって食べられないでしょ?」

「ごはん……」

妹のお腹がぐううっと鳴った。

姉の方がこちらを見上げてくる。

「そういえばまだ朝ごはん食べてなかったなあ。まあ、あんたを信じるよ。人を騙しそうにないし」

「ありがたいわね」

決まった所で、すっとウッドチャックが近づいてくる。

「お嬢様」

「何?良いよね?部屋だって余ってたでしょ?」

「ええ、当然です。すぐに食料の購入量も増やしましょう。衣類の用意は?」

「もちろん。炭の備蓄もチェックしてね」

くるりと姉妹の方へと振り返る。

「じゃあ、これからよろしくね」

「うん。でもなんでだい?なんでそんな助けてくれる?あんたは何者だい?」

「なんでって、それが私の、私たち一家の務めだからよ。私はここの領主の娘。それで理由は十分でしょ?」

「ふうん。偉いんだな」

「どっちの意味で?立派ってこと?」

「さあて」

姉は肩をすくめて明言を避けたのだった。

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