第8話:ソラヲミロ
☆ ★ ☆
「お嬢様!今日は外に出かけないでください!」
庭を歩いていると侍女のエレノアが慌てて駆け寄ってきた。
「どうかしたの?エレノア。屋敷で何かあった?」
「そうじゃないですよお嬢様!空を見てください!空!」
「空?もしかしてまたスライムが降ってくるんじゃないよね?」
呆れながらも空を見上げる。
ただそこに迫っているものを見つけて思わず目を見開いた。
空に浮かんでいたのは太陽よりも大きく、地平線から地平線まで届きそうなほどに大きな、青く丸い惑星だった。
「そっか。星渡りの日だったのね」
「空に落っこちちゃいますから、早く屋敷に戻ってください」
頷きながらも軽く目を庭園へと向けた。
流石にアルテさんも分かっているのかガゼボに姿はなくて、素直に屋敷へと戻る。
屋敷に戻るや外に強い風が吹き始めた。
「星渡りも困るなあ。多くて月に一度とは言えいつ来るから分からないのは不便だもの。アルテさんを誘う予定が狂っちゃった」
「不便でもありますし、なにより怖いですよね。神様の居場所だとも言われますけど、なんだか見た目が怖いです。巨人がにらみつけてきてるようで」
「巨人?見たことあるの?」
「例えばの話です。そう見えません?」
「まあ分からなくないかな……。こうやって嵐になるのも不吉だもんね。風に飛ばされてどこに行くかわからないし」
「あの空に落っこちちゃったらもう戻れないって言いますけれど、どこに行くんでしょう」
「さあ……聞いたこともない。アルテさんだったら知ってるかな」
ぎしぎしと屋敷が風に揺れている。
不安になりながらも、それでもエレノアは軽く微笑む。
「またお嬢様の『アルテさんアルテさん』が始まりましたね。その言葉を聞くと私もなんだかいつも通りな感じがして安心します」
「そんなに言ってる?」
「言ってますよ。あ、アルテ様のところに行かれるのでしたら、ちゃんと何か持って行ってくださいね。前みたいに手ぶらなんて失礼のないように。一応お客人の扱いなんですから」
「分かってるよ。何が良いと思う?」
「スコッチバターナッツでも焼いてもらいましょうか?多分、久しくお食べになってないと思います」
「それ良いわね。じゃあ、そうしよっか。料理長のゴディにお願いしないとね」
「アルテさんも喜ぶと思いますよ」
優しげに言うエレノアの言葉に頷いた。
次の日に真っ先にガゼボにいたアルテさんにスコッチバターナッツを持っていくと、彼女はひどく嬉しそうに受け取ってくれた。
流石、エレノアの読みは冴えてると思う。
「えっと?星渡りで連れてかれる先?知りたいの?」
昨日の疑問をアルテさんにぶつけてみると彼女はそう尋ね返してきた。
「アルテさんなら知ってるのかなって思って」
「うーん。私もそういう話があるって言う程度のことしか知らないけれど……」
「それで全然構いません。聞かせてください」
「そうね。星渡りの日に見えるあの空の丸っこいの。神の世界とか彼方とか幽世とか色んな呼び方があるけれど。あれは私たちの住んでる世界らしいわ」
彼女が言ってることが全く意味が分からずに、頭の中にハテナをいっぱい浮かべて首をかしげてしまった。
「鏡ってあるでしょう。自分の姿が見える道具。あれと同じように、私たちが住んでいる世界が空に映し出されているの」
「え……でも、丸っこいですよ?球みたいで」
「私たちの住んでいるところもああいう風に丸っこい球なんだって」
「は?え?待って。ちょっと待ってください。最初からわけのわからない話をしないでください。え?なんですか?球?」
「私も聞いただけの話よ。本当のことは知らないわ。ともかく、私たちの住んでいる世界が映し出されていて、ただし、それは今じゃない」
「今じゃない?」
「そう。大昔だったり、もっと私たちが年を取った後のことだったり」
「過去や未来ってことですか?」
「最近はそういう言い方もあるのね。そう。だから、空から落ちてくるものには神様の住んでいたころの遺物や、ずっと先の世の便利な道具があったりするって。逆に空に落ちていくと、今じゃないどこかに行ってしまうんだって」
「それって作り話じゃないんですか?」
にわかに信じがたくてううんと首をひねっていると、椅子から落ちそうなほどに体を傾けてしまっていた。
「さあ。私は聞いた話を語っているだけだもの。ただ、さっき未来って言ったかしら、その未来、ずっと先の世から来たって言ってる人には会ったことあるわ」
「本当だったんですか?」
「分からないわよ。だって今よりずっと先のことなんて確かめようがないでしょう?」
「それはそっかぁ。逆に昔の人を名乗っても歴史の本を読んでれば知ってて当たり前だから、真実かどうかなんて確かめられませんもんね」
「うん。でも、私は少し信じてる」
「なんでですか?」
「その人と仲良かったから」
「大事な理由ですね」
うんっとアルテさんは朗らかに頷いてティーカップに口をつける。
「あら。お茶が冷めちゃったわね。セリナちゃんおかわりは?」
「いただきます」
彼女は手ずから茶を注いでくれた。
「もってきてくれたスコッチバターナッツもいただきましょうか」
「良かった。実は楽しみにしていたんです」
「私も」
包みを開けてテーブルの上へと乗せる。
オークの樹の渋い香りを充分にまといながら、そこに甘く緩いミルクを混ぜたような匂いが漂ってくる。
途端にお腹が空いてしまったような気がした。
アルテさんが指先で小さなナッツをつまむ。
まるで子リスのように小さく齧った。
「うん。美味しい。セリナちゃんも食べて」
「もちろんです」
一つ二つとつまんで、両方とも口の中に放り込んでしまう。
「わ。ゴディまた腕上げたのね。前よりずっと美味しい」
「料理長さんにお礼を言っておいてね」
「アルテさんが直接行った方がゴディは飛んで喜ぶと思いますよ。あの人もアルテさんのこと大好きだもの」
「そうしたいけれど。そう言うわけにもいかないでしょう?」
「気軽に男の人とは話せませんものね」
身分が下の相手ではないと女性から男性に対して口をきいてはいけない。
良く分からないけれど、そういう決まりがあるんだとか。
教育係のメディア夫人に淑女というのはそういうものだと教育されたとき、なんてまあ変な決まりだと思った。
肩を竦めながら、もう一つ食べようとしたのかアルテさんがナッツへ指を伸ばす。
ただ彼女はうまく掴めずに、そしてようやく摘まんでも落としてしまい、テーブルの上に落ちたナッツを拾い上げようと四苦八苦する。
あれっと違和感を持った。
思いついたことを尋ねようとした時、遠くから誰かが駆けてくる音が聞こえた。
「お嬢様~」
侍女のエレノアの声だ。
「エレノア?どうしたの?女の子が走るものじゃないってあなたもメディア夫人に怒られるよ?」
「それどころじゃないんです」
エレノアはガゼボにたどり着いてふうっと息を整える。
そして深々と頭を下げた。
「アルテ様。ごきげんよう」
「はい。エレノア様もごきげんよう」
私と同じように礼儀より元気というようなエレノアだけれど、こういう時の作法はちゃんとしている。
「それで。なにかあったの」
「いつものですよ。星渡りがありましたけど、今は旦那様も兄君様もいらっしゃらないのですよ?」
言われて「あっ」と思い出した。
「そっか。じゃあ星渡りで落ちてきたものの片づけを私が指示しないとなのね」
「そうですよ。どこに落ちてきたのかはあらかた調べ終わったそうですから、そろそろ来てください」
「分かった、すぐ行く。すみません、アルテさん。来たばっかりなのに」
アルテさんは小さく首を振った。
「ううん。大切な仕事だものね。頑張って」
「はい!頑張ってきます!」
励まされたことで、一気にやる気が出てエレノアを連れて屋敷へと戻る。
家令のウッドチャックに案内されて領内に落ちてきたらしき不審物を見て回る。
最初に見たのは地面に沈み込んでいる台形の塊だった。
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