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これから長いロードを走る、これから生まれてくるぼうずか、美少女か(彼女に似れば可能性はゼロじゃないぞ、私に似せてくれるな神よ)も、いっしょに乗ったクルマで……。
なのに、なんだ? 今ふっと過った妙な感覚は……。
話にきいたことがあるマリッジブルーというやつか? 最近は妻が妊娠すると男の方も鬱になるケースがある、とかネットでちらっと見かけたがまさかだろう。迷信や都市伝説は若いやつらの間でぱあっと派手に燃えひろがるのだ、いつの時代も。
つわりのキツくない彼女は快適に婚前旅行をたのしんでいるようだし。
理由は——奇妙な感覚というか、昔の記憶をつつきだした原因はやはり、スポーツカーの脇を抜いていったマシンにあった。
私は眼鏡のおくで目をほそめた。
「ドゥカティだ」
「ドカ…テ……?」
そこまでバイクに詳しくない彼女が不確かに訊きかえした。
「ドゥカティ900ssデスモ、名車だぜ」
彼女は8耐のHONDAのマシンと混同したか、
「それって4ストロークエンジン?」
「ちが〜う。ドゥカティはL型2気筒エンジン搭載、前に話しただろ」
ドゥカティ900ss——イタリアDucati社は、エンジンにデスモ・ドロミック(ギリシア語のdesmos=制御された,dromos=軌跡)という技術を採用した。2気筒エンジンの1気筒あたり排気量は4気筒の倍になってしまう。排気量が重くなれば、バルブのスプリングにかかる負荷は大きくなる、その解決のためカムシャフトの駆動方式をギアにし、バルブをスプリングでなくロッカーアーム方式に変えたのだ。
Ducati社はこのデスモ・ドロミックを売りにした。レース用マシンにもこいつが採用された。この方式にするともうひとつメリットがある。車体の重心をひくく、ホイルベースを短くすることができたのだ。
プロダクトデザイナーの狙いはマシンのスリム化に尽きたか? デザイン重視はいかにもイタリア人らしいが、吸排気の取り回しはめんどうになるだろうに……。
今も忘れ得ぬ……。あのとき峠道で私の
ちらっと鳥海山の中腹に視線をやった。そこに付けられているワインディングコース。海抜ゼロメートルから山岳を一気にかけあがることになる。当然ながら下り坂では恐ろしいほどスリルが満喫できる。
ブルーライン——私の……俺の青春のステージだった、あの場所へと、
一瞬の邂逅にもひとしい一台のバイクフレーム、その後ろ姿がまるで魔の使いのように、何十年かの時間を一気に、あの女の面影へとつないでのけた。
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