第7話 冒険者の街、カルディラス
朝焼けが遠のいて、薄曇りの空が見えてきた頃。僕たちはようやくカルディラスの城壁へと辿り着いた。頑丈そうな石の門は、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにないほどの規模。門番の視線をちらりと感じながら、行列に混じってゆっくりと進んでいく。
「うわぁ……すごい人の数だね」
「でしょ。ここが大陸中の冒険者が集まる街、カルディラスよ」
獣人の商人が荷車を押してすれ違い、ドワーフの鍛冶屋らしき男が大きなハンマーを担いで歩いていく。遠くからは甲高い笑い声や呼び売りの声が重なり合い、まるでお祭りでもやっているんじゃないかと思うほど活気に満ちていた。
門をくぐると、そこには石畳の大きな大通りがまっすぐ伸びている。露店や屋台が所狭しと並び、色とりどりの果物が山積みにされていたり、薬草や魔石が雑然と売られていたり。鼻孔をくすぐる香ばしいパンの香りと、刺激的なスパイスの匂いが入り混じり、不思議な異国情緒を醸し出している。
「ここ、本当にいろんな種族が集まるんだなぁ。竜人までいる……!」
「そうね。ダンジョン攻略や魔物討伐も盛んな街だから、誰でも受け入れてくれるわ。まぁ、裏を返せば騒ぎも多いってことだけど」
レアラの狐耳がぴこりと動き、視線の先には豪胆そうな竜人族が二人、何やら巨大な袋を担ぎ合いながら談笑している。僕は生前にこんな光景を見たことがないから、胸が躍る反面、ちゃんと馴染めるか不安も拭えなかった。
「でもレアラ、ここでネクロマンサーだってバレたら……大丈夫なの?」
「ふふ、そんなに露骨に使わなければ問題ないわ。怪しいことしなきゃ誰も気にしないもの」
にやりと笑う彼女の笑顔に、僕はちょっと複雑な気分になる。僕らはアンデッドと死霊術師のコンビ。普通なら敬遠どころか処刑されてもおかしくない立場、らしい。にもかかわらず、こうして大勢の中に紛れ込んでいると、自分たちがものすごく場違いな存在に感じてしまう。
通りを進んでいくと、聞こえてくるのは熱気あふれる人々の声。闘技場の方向からは、ガンガンと金属が打ち合うような音と歓声が響く。
どうやら日常的に試合や競技をやっているらしい。あちらこちらから湧き上がる喧噪に、少し頭がくらくらしてきた。
「マコト、大丈夫? 驚きすぎて倒れたりしないでよ」
「うん……大丈夫だけど、人混みがすごくて慣れないかも」
「ふふ、ゆっくり慣れていきなさいな。まずは冒険者ギルドに行くわよ。ここら辺にあるはずだから」
レアラは器用に尻尾をたたみながら、人混みを縫うように進んでいく。僕も慌ててその後を追った。
しばらく歩くと、ひときわ大きな建物が見えた。威風堂々とした石造りの外壁に、冒険者ギルドの紋章と思しきシンボルが掲げられている。扉を開くと、そこはさらに賑やかな世界だった。広いロビーの壁一面に依頼票が貼り出され、多くの冒険者がクエストの内容を吟味している。
「へぇ……採取クエスト、護衛依頼、討伐依頼……いろいろあるんだな」
「そうよ。ここは情報交換や依頼の斡旋がメインだけど、中には怪しい依頼も混じってるから気をつけて」
ロビーには受付のカウンターが数カ所あり、その一つに長い列ができていた。先頭の冒険者たちは無精ひげの男や、派手な装飾の魔法使いなど、それぞれに個性が強い。その列の横をすり抜けるように、レアラは奥のカウンターへ進んでいく。
「こんにちはー。狭間攻略の報告で来ました」
「あら、いらっしゃいませ。それでは報告書類を受け取ってもよろしいですか?」
愛想のいい女性受付――ギルド制服を着こなした人間の女性が笑顔で対応してくれる。彼女はフリスと名乗り、丁寧な手付きでレアラの書類を確認していた。レアラがカルディラスに来る道中で『狭間』を攻略したことを手短に伝えると、フリスは軽く目を丸くした。
「次元の狭間を、少人数で……ですか? すごいですね。もしよかったら、危険度や魔物の種類など詳しく聞かせていただけませんか?」
「もちろん構わないわ。私と、ほら、従者の彼が頑張ったのよね」
いきなり自分を『従者』扱いされて少し戸惑ったが、大人しく従うしかない。
アンデッドとしての正体は隠したいし、冒険者登録がどうこうと詮索されるのも困る。カウンター脇で待っていると、フリスは手際よくヒアリングを進め、簡単な報告書をまとめ上げた。
「ありがとうございます。あ、それで、従者さんはギルドに登録なさいますか? 手続きはすぐできますよ」
「いえ、今は結構です。私の補助で動くから不要ってことで」
「そうですか……分かりました。もし必要になったらいつでも声をかけてくださいね」
フリスはにこやかに微笑んでくれたが、僕はなんとなく居心地が悪い。フォローするようにレアラが肩を叩き、「気にしないで」と小声で囁いてくる。
「あまり深く訊かれなかったし、いい感じにスルーできたわ。さ、出ましょうか」
ギルドを出て、大通りの喧騒に戻る。先ほどとは違う通りを歩いてみると、武器屋や防具屋、怪しげな魔法雑貨店などが軒を連ねている。通りを横切るたびに、異世界ならではの刺激的な商品が目に入ってきた。
「わっ、あれ、ドラゴンのウロコかな……? 値札がとんでもない金額だけど」 「そんなもの、私たちにはまだ手が出ないわね。いずれ強くなれば、直接狩りに行けるかも」
レアラはさらりと言ってのけるけれど、ドラゴンを狩るなんて想像しただけで背筋が寒い。僕は、自分がアンデッドであるという点を差し引いても、まだまだ実力不足を痛感するばかりだ。
大通りを少し外れると、一気に人通りが減り、煉瓦造りの家々が並ぶ静かな地域へ出た。そこをさらに奥へと進んだ先に――白っぽい壁が所々剝げかけた、やや古びた一軒家がぽつんと建っている。
「ここが、私が借りた家。ちょっとボロいけど、隠れ家にするにはちょうど良さそうだったのよね」
扉を開けた瞬間、むわっとしたホコリの匂いが鼻を突いた。床板がぎしりと鳴り、薄暗いリビングの窓からは差し込む光がかろうじて部屋を照らしている。家具は最低限しか置かれておらず、殺風景な印象を受けた。
「大丈夫? 騎士団が来たらどうするんだ……?」
「ふふ、まぁ、彼らもわざわざこんな街外れのボロ家を怪しむことはないでしょ。死霊術の研究がバレたら一巻の終わりだけどね」
レアラは全然悪びれた様子もなく、鞄から儀式用の骸骨飾りや難解そうな魔導書を次々と取り出して、テーブルや棚に並べ始める。
僕は冗談抜きで「どこかで見られたら一発アウトなんじゃ?」と肝を冷やしてしまうが、彼女はもう慣れた様子で飄々としている。
「あなたもほら、座りなさいな。旅の疲れもあるでしょう?」
「……うん。やっと少し落ち着いた感じがする」
椅子に腰を下ろすと、体じゅうの筋肉がほぐれるような気がした。死んでいる身体のはずなのに妙に重苦しいのは、次元の狭間での戦いの疲れが抜けきっていないからだろうか。
レアラはそんな僕を横目で見ながら、しれっと骨の手下を一体召喚し、ホコリをはらう役目を任せている。最初こそぎょっとしたが、もう少しで慣れてしまいそうなのが恐ろしい。
「まぁ、ここで思う存分死霊術の研究ができるわ。次元の狭間を探るのにも、カルディラスは情報が集まりやすい場所だし」
「それは……つまり、色んなクエストで狭間を潰して回るってこと?」
「そういうこと。私としては、世界の歪みが広がるのは厄介だし、あなたも自分の世界がどうして滅んだのか知りたいんでしょ?」
その問いに、僕はごくりと喉を鳴らす。滅びた地球の光景が頭をかすめて、胸が鈍く痛んだ。
この世界が自分の故郷と同じ運命を辿るのは絶対に嫌だ……ならば、ネクロマンサーである彼女と手を組み、狭間やその奥に潜む脅威を調べるしかないのかもしれない。
「うん……僕はやるよ。こんな僕でも、世界を守る手伝いができるなら」
そう呟くと、レアラはわずかに嬉しそうに口角を上げた。狐耳がぴんと立ち、尻尾がゆらりと揺れる。
「助かるわ。あなたのアンデッドとしての力、期待しているわよ。お互い、これから忙しくなりそうね」
「そっか。じゃあ、明日は装備を揃えたり、情報を集めたり……色々してみようか」
「ええ、いいわよ。せっかくだし、この街の闘技場とか、いろんな施設も見に行ってみるといいかもね。何かの役に立つかもしれないし」
そうこう話しているうちに、外はすっかり夕暮れを通り越して夜に近づいている。古い家だからか、壁の隙間から冷たい風が少し入ってきたけれど、それが妙に心地いい。死霊術の小物が並ぶ部屋で、僕たちはそれなりにくつろいでいた。
「……じゃ、今日はもう休むとしよう。さすがに体がバキバキだし」
「そうね。明日は早めに動くわよ?」
レアラの声がどこか弾んでいるのは、次なる狭間に臨む準備が整いそうだからか、それともこの街で新しい発見をする予感があるからか。
いずれにしても、僕にとっては未知ばかりだ。眠りにつこうにも、死んでる身体に“眠る”という概念がどれほど通用するのか分からないけれど――少なくとも意識を休ませるくらいはできそうだった。
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