第6話 異様な世界での戦闘
しばらく進むと、巨大シュークリームのような地形が見えてきた。クリームが噴き出しているかと思えば、ところどころ黒い液が混じり、腐ったゴミのような臭いを放っている。そこにまた、きしむような声で唸るハイジンが群れていた。今度は数が多い。
「マコト、気をつけて。今回はちょっと多いわ」
「僕だって気をつけているよ……けど、ああもう、囲まれそう……!」
3体以上のハイジンが同時に突撃してくる。足元がスイートな泥のようにぬめついているせいでうまく動けない。
「死霊たち、少しは時間を稼いで……!」
レアラが骨兵を前線に送り込み、援護してくれる。しかし敵の数が多く、僕は一体を引き受けるだけで精一杯。剣を横に薙いで何とかハイジンの身体を傷つけるが、そこに別のハイジンが割り込んできて爪を振るった。
「あっ……腕がぁ……ッ!」
ゴリッという嫌な感触があり、僕の腕がざっくり裂けたようだ。だけど血は出ない。アンデッドゆえ、深手を負っても動きが止まらないことは分かっているけれど、破壊されるのはやっぱり怖い。倒れ込みそうになったところで必死に踏ん張り、剣を構え直す。
「危ない……マコト! 後ろも来てるわ!」
「分かってるけど、間に合わ……!」
振り返る時間もなく、触手状の腕が僕の背後を狙う。それを直撃されたらさすがにまずそうだ……そう思った矢先、不思議な力が僕の胸の奥から込み上げてくる気がした。
刹那――僕の左手の中に、眩い光が走った。
「な、何だ……?」
眩耀めく光が槍の形をとり、いつの間にか僕の手に握られている。先端からキラキラした放射が伸び、思わず僕自身が驚くが、敵の触手はその槍に引っかかるように弾き飛ばされる。結果、ハイジンが大きく仰け反り、僕は横なぎに光の槍を振るってそれを切り裂いた。
「な、何だこれ……僕が作ったのか……?」
信じられない思いで手元を見る。そこには、魔法陣のような紋様が浮かぶ光の武器が確かに存在している。でもあまりにも突然出現したから、自分でも制御の仕方が分からない。あろうことか、槍は僕の混乱を反映するようにじわりと揺らぎ、光が薄れ始めた。
「マコト……もしかして魔法が使えるの!?」
「分からない……気づいたら手の中に……!」
僕はそう答えるのが精一杯。それでも光の槍が放った一撃は絶大で、ハイジンの群れがいっきに萎縮した。そしてレアラが呼び出した骨兵がとどめを刺し、何とかこの大群を乗り越えることに成功する。
「すごいじゃない、あなた。そんな高威力な魔法が使えるなんて!」
「そ、そんな事言われても……急に使えただけ、だし……」
光の槍はほとんど消えかかっていて、残り火のように薄い輝きが残るのみ。やがてそれも霧散し、僕の手は空っぽになる。
レアラは「面白いわねぇ。これはあとでじっくり聞かせてもらうわ」と声を弾ませるが、僕は不安のほうが大きかった。自分が理解できていない力を使うなんて、一歩間違えば危険すぎると思ったからだ。
「うわ、腕が……けっこう切れちゃってる。大丈夫? 痛くない?」
「いたた……まあ、血は出てないけど、さすがにちょっと違和感あるよ。僕って、やっぱり普通の生者じゃないんだなあ……」
「ふふ、そこはアンデッドの強みね。でも深い亀裂は動きづらいでしょう? ちょっと治してあげるわ」
レアラが杖を軽く宙に掲げて何かを呟くと、闇色の魔力が僕の腕にまとわりつく。すると、裂けた傷口の周辺がじわっと収縮するように閉じていき、さっきまであった亀裂が徐々に塞がっていく感じが伝わった。見た目は若干不気味かもしれないけれど、痛みが遠のくのは助かる。
「う、うわ……すごい……魔法ならこんな治療までできるんだ」
「まあ、死んだ肉体を繋ぐくらいは造作もないのよ。実際には正規の治癒魔法とは違うけど、動けるならいいでしょ?」
「ありがとう、助かったよ。これならまだ闘えそう」
軽く腕を回して確かめると、嘘みたいにスムーズだ。レアラは満足そうに微笑み、杖を引き下ろす。
「さてと、そろそろ最奥なんじゃないかしら? 急ぐわよ」
「う、うん」
僕は自分自身の力に疑問を感じつつも、尻尾をふらりと揺らして先へ進む、レアラの後を追ってお菓子の世界の奥へと歩を進めるのだった。
※※※
さらに進むと、そこにはチョコレートタワーが崩れ合わさったような巨大構造物がそびえていた。その天辺付近で闇色の球体が脈動していて、そこから黒い靄が無数に溢れている。
「あれがコアだね、きっと……」
「ええ。あそこが狭間の根源。壊せば一連の歪みが止まるはずよ」
思っていた通り――護衛役なのか、巨大なハイジンがそこに睨みをきかせている。
体は溶けたチョコの塊のようにぐにゃぐにゃで、内部に鋭い骨や金属片が埋まっている。そのおぞましい姿に思わず僕は唾を飲み込みそうになる。
「私はアイツの足止めはするから、あなたはコアを狙って」
「うん、分かった……さっきの魔法みたいな奴、うまく出せればいいけど……」
「無理なら無理で、剣でもいいわ。私が最大限援護する」
レアラは冷静だ。彼女は何体もの骸骨兵を呼び出して大型ハイジンを囲む。僕はその隙を突き、チョコの地面を踏みしめてタワーの中心へ駆け寄った。
するとハイジンが吼え、触手のようにチョコの塊を振り回しはじめた。だが骸骨兵が盾になってくれたおかげで僕には攻撃は届かない。
「今だ……!」
僕は飛び跳ねるようにコアへ一気に近づき、剣を振りかぶる。
コアはドクンドクンと脈打つように振動しており、表面に甘いクリームがべっとり貼りついていて嫌な感じだ。
「はあ――ッ!」
全力で剣を振り下ろすと、コアがびくりと震えて一瞬抵抗するようにうねった。次の瞬間、黒い液体を勢いよく噴き出す。まるで防衛機能のようだが、僕はアンデッド……攻撃されても血は出ないし、多少の破損なら動けるから恐怖感も薄い。もう一撃、斬り裂く!
ごりっ――という手応えと同時にコアがヒビを広げ、中から漏れる黒い霧があちこちに散っていく。遠くでレアラが「いいわ、そのまま!」と声を張り上げるのを聞き、僕は最後の一撃を思いきり振り下ろした。
バリンという音とともに、コアが砕け散る。周囲のチョコタワーが揺れ、甘さに満ちた空間がどこかねじれるように震えはじめる。闇色のガスが吹き上がり、タワーの基部が崩落していく。
「よし……狭間が崩壊し始めたわ! マコト、戻るわよ!」
レアラが死霊術で大型ハイジンを押さえ込んだまま呼びかける。コアを失った狭間は維持できなくなるらしく、辺りは激しく揺れ、床が割れてチョコやケーキの破片が崩れ落ちていく。僕は剣を納め、何度か躓きそうになりながらレアラのもとへ駆け戻る。
「僕は大丈夫、行こうか」
「ええ、死霊たちも戻して……急いで出口へ!」
何体かの骸骨兵がハイジンに絡みつきながら黒い塵となって散っていく。レアラは最後に杖を振り、「あなたはもう必要ないわ」と死霊を解放する。
途中、砂糖菓子のアーチが崩れかけているところを潜り抜けたり、クリームのトンネルが真っ二つに裂けて亀裂に飲み込まれそうになったりと、アトラクションじみたスリルが押し寄せてくる。
だが僕たちはなんとか、その脅威を掻い潜って狭間の出口を目指した。
「もう少し……あれ、ここが出口だよね?」
「そう。狭間の外へ通じる歪みがあるはず……!」
レアラが杖をかざすと、先ほどくぐってきた黒い口が視界にうっすらと浮かぶのを感じる。闇の膜を手でかきわけるように、僕たちはそこを一気に駆け抜けた。
※※※
視線が一瞬暗転し、森の中の景色がブワッと広がる。どうやら現実側へ戻ってこれたらしい。後ろを振り返ると、もはや狭間らしき黒い渦は勢いを失って、ぷつりぷつりと縮小を続けている。まるで泡がはじけるみたいに、最後はすうっと霧散してしまった。
「ふう……助かったね」
「ええ、コアを破壊したことで狭間は消滅。これでここの歪みは解消されたわ」
レアラは杖を降ろし、息を整える。僕もじんわりとした疲労感を覚えており、アンデッドなのに疲れもするんだなと思わず苦笑してしまう。
「あの世界……不思議だったな。可愛いようでいて、どこか凶悪というか……」
「狭間ってのはそんなものよ。世界の歪みが投影されてるから、見た目がどうであれ本質は危険だし、歪みの力で魔物が異常進化したりもする。それにしても、あなたも大分その身体に慣れたようね」
「まあ……確かに身体は丈夫だけど。相変わらず自分の状態に違和感あるよ。」
「ふふ、アンデッドであることは今更変えようもないから、少しずつ慣れていくしかないわね」
レアラがくすりと笑いながら周囲を見渡す。もう狭間の気配は消え、森の静寂が戻りつつあった。ひんやりとした風が吹き抜け、夜明け前の空気が肌を撫でるたび、僕はアンデッドだという事実を奇妙に思い返す。だけど、ここで立ち止まっていても仕方ない。
「狭間の制圧も終わったことだし、カルディラスへ行きましょう。狭間のコアの破片も収穫できたことだし……いい報告ができそうね」
「うん、僕も一回落ち着いて自分の体を休ませたいよ。それにまだ実感がわかないんだ……自分が別の世界に来たという実感が」
「あなたの戸惑いも分かるわ。一度カルディラスを見れば、現実味も増すでしょう。さぁ、早く行くわよ。街なら色々分かることもあるはずよ」
レアラは尻尾をふんわりと揺らして歩き出す。僕は彼女の後を追うように足を踏み出し、朽ちた木々が点在する街道のほうへ視線を向ける。どんな危険が潜んでいるか分からない……でも、僕にとっては大きな一歩だった。
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