第2話 唐突な政略結婚
騎士になると決めたあの日から十年が経ち、十八歳になった今なお、ユリスの気持ちは一切揺らいでいなかった。
――すべては、リリシアへの愛ゆえに。
今日も今日とて、ユリスはリリシアを想って剣を振るい、自主鍛錬に励んでいく。
「リリシア、リリシア、リリシア! 私は貴方を――」
感情がつい昂って、想いの丈を言葉にしようとしたところ。
「わたしがどうかしましたか?」
「ひぐぅ!?」
不意に、背後から声が聞こえた。
ユリスは剣を振るう手を止めて、おそるおそる振り駆る。
するとそこに立っていたのは、太陽みたいに燦然と輝く長い金髪と、エメラルド色の瞳が特徴的なユリスそっくりの美少女。愛する双子の妹、リリシアだった。
清楚な純白のワンピースがよく似合っていて、今日も今日とて非常に可愛らしい。澄んだ青空を背景に悠然と立っている姿はまるで美しい絵画のようで、思わず目を奪われてしまう――って、そうじゃなくて。
「リリシア!? いつからいたんですか!?」
「今ちょうど来たところです。それより姉さん、どうかしたんですか? 剣を振りながらわたしの名前を叫んだりしてましたけど」
「それは、その……あれです、イメージトレーニングをしていたんですよ! 悪者に攫われてしまったリリシアを、私が奮闘して助けるっていう想定で!」
「ふふ、なんですかそれ。姉さんってば想像力豊かですね」
リリシアは口元に手を当てて上品に微笑む。
咄嗟に考えた出まかせだったが、なんとか上手くごまかせたようだ。
ユリスは内心でホッとするが、同時に胸がチクりと痛くなった。
……できることなら、リリシアに嘘なんて吐きたくない。私は貴方を愛していると、貴方だけの騎士になると、本心をありのまま伝えてしまいたい。
けど、そんなことはできなかった。
ユリスは恐れているのだ。リリシアに、自らの恋心が知られてしまうことを。
かつてリリシアは、許されざる恋をロマンチックだと肯定してくれた。しかし、それはあくまで他人事だと思っていたからこそ出た言葉なのかもしれない。実の姉から恋愛感情を向けられていると知ったら、リリシアはどんな反応をするだろうか。
気持ち悪いと拒絶されてしまったら? 姉妹として築き上げてきた良好な関係が壊れてしまったら? ……もしそんなことになったりしたら、ユリスはもう生きていけない。
(このままじゃダメだとは思ってるのですが……いかんせん、勇気が……)
騎士としては勇猛で数多くの武勲を立てたユリスだったが、恋愛に関しては臆病としか言いようがなかった。そのせいでリリシアとの関係も十年間一切進展させられていない。
ユリスが一人勝手に内心で落ち込んでいると、リリシアが「あ!」と呟いた。
「わたし、姉さんに言伝があって来たんでした」
「言伝? 誰からですか?」
「お父様です。わたしと姉さん、二人に大事な話があるから、夕食の後に謁見の間に来るようにとのことです」
ユリスとリリシアの父親は、ルミナリア王国の現国王ジョバンニだ。
国王が娘たちに大事な話……ユリスはなんだか嫌な予感がした。
しかし、だからといって父の言葉を無視するわけにもいかない。故にユリスは「わかりました。では、後ほど共に参りましょう」と答えるしかなかった。
夜。夕食を終えた後、ユリスとリリシアは姉妹揃って王城の謁見の間にやって来た。
謁見の間の豪奢な椅子には、立派な髭を蓄えた痩躯の男性が座している。
ルミナリア王国の国王にして双子姉妹の父、ジョバンニだ。
姉妹が椅子の手前で片膝をついて「ごきげんよう、お父様」と頭を下げると、ジョバンニは「うむ、よく来てくれた」と頷いた。
「早速だがお前たち二人に大事な話がある。心して聞いてほしい」
ユリスは固唾を呑み、続く言葉を待つ。
ジョバンニは一拍間を置いてから、こう言った。
「ユリス、リリシア。お前たちはアイゼンド王国の王子兄弟の元に嫁げ」
「え――――」
ユリスは思わず目を丸くする。
自分たち姉妹が、嫁ぐ。それはつまり、
「政略結婚、ということですか……?」
「さようだ。我がルミナリア王国とアイゼンド王国は、長いこと睨み合いを続けてきたが、この度両国の国益のためにも和平を結ぶことが決まった。そして和平の象徴として、ルミナリアの王女姉妹とアイゼンドの王子兄弟を結婚させることとなったのだ」
ジョバンニの説明を受け、ユリスは状況を理解した。
かつてのルミナリア王国とアイゼンド王国は、国家間で大々的な貿易をするほど良好な関係であったが、数十年前に一度戦争をして以降国交が安定していない。今は直接的な戦争はしていないものの、互いに互いの国を敵視しあい、貿易が滞っているのが現状だ。
和平を結んでこの現状を打開することは、たしかに両国の国益のためになるだろう。
そして和平の象徴とするために両国の王子と王女を政略結婚させるというのも、理にかなった考えではある。
政略結婚は王女の責務だ。ユリスとて、いつかは自分が政略結婚の駒になるだろうことは想像していた。だが、実際にその現実に直面してみると――
「そん、な……」
即座に結婚を受け入れることなど、とてもできなかった。
ユリスはリリシアを愛しているのだ。結ばれたいとずっと願ってきたのだ。政略結婚をするなら仕方ない、諦めようなんてすぐには思えない。
王女としての責務とリリシアへの想いに板挟みになった自分は、どうするべきか、なにを言うべきか。ユリスが唇を噛んで葛藤していると、黙って話を聞いていたリリシアが口を開いた。
「お父様、お伺いしたいことがあります」
「なんだ?」
「その政略結婚は、姉妹二人でしなければならないものなのですか? こういう場合、普通ならどちらか一人が嫁ぐものだと思うのですが」
言われてみれば、リリシアの疑問はもっともだった。
政略結婚は常に、国や家の利益のために行われる。ルミナリア王国からしてみれば、第四王女と第五王女であるユリスとリリシアは、外交の切り札ともなりうる存在だ。それをいっぺんに使ってしまうというのは、どうにも違和感があった。
リリシアの問いに、ジョバンニは髭を弄びながらこう答える。
「普通なら私もそうするだろうが、今回は特別だ。アイゼンドの次期国王は、第一王子のジークか第二王子のレオン、二人のうちのどちらかがなると確実視されている。そこでジーク王子をユリスと、レオン王子とリリシアを結婚させれば、兄弟のどちらが次期国王になってもルミナリアとアイゼンドの関係をより強固なものにできるだろうと考えたのだ。この打算については、アイゼンド側も受け入れてくれている」
「……なるほど。つまり、すべてはルミナリアの国益のためということですね」
リリシアが話をまとめると、ジョバンニは「うむ」と肯定した。
「鉱物資源が豊富なアイゼンドとの国交が回復すれば、我が国は今まで以上に国力を高めることができる。此度の和平がもたらす利益は計り知れないほどに莫大だ。故に──ルミナリアのためにも、お前たち姉妹を共にアイゼンドに嫁がせるという判断下したのである」
ジョバンニの説明は、どこまでも論理的だった。感情論が入り込む余地なんて微塵もない。国王として国益のために最善を尽くそうとするその姿勢は、敬服に値する模範的なものだろう。
説明を聞いた上で、ユリスは思う。
この政略結婚は、ルミナリアの王女として絶対に受け入れなければならないものだ。
たとえ、それが自らの心を殺すことになろうとも。
ユリスは隣のリリシアの顔を覗き見る。するとリリシアは小声で「……いいんですか?」と訊いてきた。
その問いに答える代わりに、ユリスは無理やり笑みを作ってみせ、それからジョバンニに真剣な顔を向ける。
「かしこまりました、お父様。ルミナリアの王女として、此度の政略結婚、謹んでお受けさせて頂きます」
「……わたしも、謹んでお受けさせて頂きます」
やや困惑しながら、リリシアもユリスと同じ言葉を繰り返した。
二人の返答を聞いたジョバンニは、満足げな様子で頷く。
「結婚式は一ヶ月後に執り行う予定だ。準備が整い次第、お前たちはルミナリアを発ってアイゼンドに往け。……頼んだぞ、二人とも」
念押しするように言うジョバンニに、ユリスとリリシアは揃って「はい」と答える。
かくして、姉妹の政略結婚が決まったのだった――。
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