第6話 黒の涙、罰の火

私は、ただただ泣いた。


私の流した涙の味は、黒焦げのようだった。

灰の匂いすら混じるような苦さが、喉の奥を通っていく。

その色は、黒くて、濁っていて、どこまでも冷たかった。


圭吾が私に尽くしてくれていたこと――

それを理解したときには、もう遅すぎた。

浮気なんてしていなかった。

むしろ、最後まで私のことを心配していた。

その人を、そんな大切な人を、“私の手で”殺してしまった。


圭吾のスマホに残された、未送信の言葉。

神崎の声で語られた、狂気の真実。

そして、ルシフェルの金色の瞳。


……全部が、何も知らない私を刺していた。


自分は何を思って、圭吾を殺したのか?

何を思って、あのバーに通い続けたのか?

あれは本当に、自分が背負うべき“責任”だったのか?


……わからない。

わからない、答えを知るかも知れない圭吾はもういない。

私なんかのせいで。

答えなんて、きっともう出ない。


もっと、考えておけばよかった。

もっと、愛しておけばよかった。

愛し合っていた人を失う痛みを、ちゃんと想像しておけば――。


私はスマホを放り出し、その場に崩れ落ちた。

涙も、嗚咽も、すべてが出し尽くされて、残ったのは空虚だった。


そのときだった。


「……ルシフェル?」


目の前にいたのは、黒く小さな体。

私の頬にそっとすり寄るその身体は、少しだけ震えていた。

けれど、その温もりは確かだった。


「にゃおん……?」


まるで「大丈夫?」とでも言うように、

私の崩れた心を、ふわりと包む声だった。


私は、目を閉じた。

誰かに許されたような気がした。

たとえそれが猫の鳴き声でも――今の私には、救いだった。


だから私は、立ち上がった。


こんな過ちを犯した私でも、

まだやるべきことがあると、はっきり思えた。


圭吾の死を、

私の罪を、

そして神崎の狂気を――


終わらせなければいけない。


「神崎に……“罰”を与えなければ。」


その言葉は、自分の喉から出たとは思えなかった。

けれど、それは確かに私の中に宿っていた炎だった。

心は、何とも言えない火加減で、燃え盛っている。

そして、この火は消えない。失せないのだ。


私はドアを開けて、外へ飛び出した。

世界の色が一瞬にして変わった。


夜の空気は、この世界が切羽詰まっているかのように、嫌に冷たかった。

でも――その冷たさは、もう怖くなかった。


私はもう、戻らない。

愛していた人のために。

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