8. 提案

 取り調べは続く。


(つい話の流れで「ヤリ逃げ野郎のせいで〈化け物〉を産むようになった」なんて言っちゃったけど……私自身、ずっとその可能性から目を背けてた。取り調べの中で、一年前のことを色々思い出すうちに、やっぱりあの夜のヤリ逃げ野郎に、何かとんでもない秘密があったのでは、と思うようになったのよね……)


「じゃあ刑事さんは、ヤリ逃げ野郎〈エマルネ・レプリオ〉との性行為で、何か仕込まれたような気がするっていう私の話——特殊案件じみた話を、信じてくれるのね?」


「……〈化け物〉をはらませる謎の男〈エマルネ・レプリオ〉、か。ひどく扇情せんじょう的な事件名だな」


「扇情的ですって? つまりは欲情をき立てるって意味よね? 刑事さん、こんな時に、いやらしい気分になってしまわれたわけ? 公務中に?」


(うふふ。ここは日本語の微妙なニュアンスがわからないフリをしちゃおうっと。)


「出身がイタリアだかどこだか知らないが、ちゃんと文脈から言葉の意味を考えてくれ。いや待て、さてはわざと曲解して俺をもてあそぼうと……言葉尻を捉えたつもりなんだろうが、冗談ならよしてくれ。あ、今のは語弊があるかもしれない。これは別に、イタリア人が性に奔放ほんぽうだと決めつけて、そっちがこっちを誘惑しているんだろうだなんて考えたわけではないぞ? ん、それもおかしいか? 俺は自意識過剰だったか……」


(あら、やだわ。刑事さんひょっとして…………私に好意を抱いているのかしら?)


「刑事さん、ちょっと落ち着いてくださいな。じゃあ、質問を変えましょう。刑事としてはさておき、あなた個人としては、私の話を信じてくれるのかしら?」

「個人として……ああ、そうだな。まるでどこぞやのSFホラー映画のような話だが……〈化け物〉をこの目で見た以上は、そういう線も調べる必要があるな」

「物分かりのいい人ね。でもそれは、刑事としての回答、よね? はっきりと、『ナタリー・レムさん、あなたの話を信じます』って、おっしゃってくださらない? これは容疑者ナタリー・レムとしてではなく、ナタリー・レムというな状況に立たされている一人の女としての、お願いよ」


(今、猫で声でお願いしたのは、やり過ぎだったかしら?)


「わかった。白状しよう。俺——妻夫木つまぶき星一せいいちは、ナタリー・レムさん、あなたの話を……信じます」


(何それ、まるで愛の告白みたいじゃないの。まぁ、私が言わせたようなものだけど。)


「ありがとう。嬉しいわ。ところで、仕事の話、とやらに戻るけれど、ヤリ逃げ男のこと、は、しっかり調べてくれるの?」

「ああ。だが、時間外労働というか、サービス残業になる、だろうな」

「どうして? 私の主張があまりに荒唐無稽こうとうむけいだから、上司はそんな調査に貴重な時間を割くことを許さない、だとか?」

「いや、違う」

「違うって、じゃあどうしてに調べてくれる、なんて言えるの?(熱心、は捏造。余計ね。)」

「俺があなたに、個人的な興味を持ったからだ。個人的な興味からくる調査だから、公務外、サービス残業だ。いやなんなら、特殊案件と呼ぶのもいいかもしれない。それと……」


(え、嘘。ちょっと、何よ)

「それ、と?」


「星一、でいい。星一と呼んでくれ」


(そう。そういうことね、わかったわ。なんだ、可愛いじゃないの。)


「わかったわ。星一さん。じゃあ、色々と調査、よろしくね」


(うふふ。ちょっと、意地悪し過ぎちゃったかしら?)

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