パート7: 別れ際の小さな約束
「…着きましたね」
俺の安宿の前で、アカリさんが立ち止まって言った。
「はい。アカリさん、ここまで送ってくれて、本当にありがとうございました。助かりました」
俺は心からの感謝を込めて頭を下げた。
「いえいえ! 当然ですよ! それより、本当にゆっくり休んでくださいね? 無理は禁物ですから」
アカリさんは念を押すように、俺の顔を覗き込んでくる。
その真剣な眼差しに、思わず頷く。
「はい、今日はもう泥のように眠ります」
「ふふ、それがいいですよ」
アカリさんは安心したように微笑んだ。
そして、何かを言いかけたように口を開き…少しだけ躊躇するような素振りを見せた。
(ん? どうしたんだろう?)
「あの…ユウキさん」
意を決したように、アカリさんが俺の名前を呼んだ。
少しだけ頬が赤い気がする。
「その…もし、よかったらなんですけど…」
なんだか、さっきギルドで聞いたような言い方だな。
「明日…その、ラットキング討伐のお祝い、というか…回復祝い? で…何か、美味しいものでも、一緒にどうですか…?」
(…………えっ!?)
今、なんて?
美味しいもの? 一緒に?
それって、つまり…食事の誘い!?
(アカリさんから!? 俺を!?)
頭が真っ白になる。
予想外すぎる展開に、言葉が出てこない。
「あ、あの、もちろん! 無理だったら全然いいんです! ユウキさんも疲れてるでしょうし、ゆっくりしたいでしょうし…! ご、ごめんなさい、変なこと言って…!」
俺が固まっているのを見て、アカリさんは慌てて自分の言葉を打ち消そうとする。
その顔は、さっきよりもさらに赤くなっている。
(違う、そうじゃない!)
断りたいわけじゃない。ただ、驚いただけなんだ。
アカリさんの期待するような、少し不安そうな表情を見ていると、断るなんて選択肢は、俺の中にはなかった。
「い、いえ! 全然変じゃないです! むしろ、その…嬉しい、です!」
俺はどもりながらも、なんとかそう答えた。
「ほ、本当ですか!?」
アカリさんの顔が、ぱあっと明るくなる。
その反応を見て、俺もホッとする。
「じゃ、じゃあ…明日の、お昼過ぎくらいに…ギルドの前で待ち合わせ、とかでもいいですか?」
「は、はい! 分かりました! 明日の昼過ぎ、ギルド前ですね!」
「よ、よかったぁ…」
アカリさんは心底安心したように、胸に手を当てて微笑んだ。
その笑顔が、夕日に照らされて、なんだかすごく綺麗に見えた。
「じゃあ、私、これで失礼しますね! 本当に、ゆっくり休んでください!」
アカリさんはそう言って、ぺこりとお辞儀をすると、少し駆け足気味に去っていった。
「…………」
俺は、アカリさんの後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
(…アカリさんと、明日、二人で食事…?)
なんだか、まだ実感が湧かない。
でも、約束はした。
疲れているはずなのに、心臓がドキドキと早鐘を打っているのが分かる。
顔が…熱い気がする。
(…とりあえず、今は休もう)
明日のことを考えると、なんだか落ち着かないけど、今はとにかく休息が必要だ。
俺は少しだけ火照った顔のまま、自分の部屋へと向かった。
ラットキング戦の疲れとは、また別の種類のドキドキが、俺の胸を満たしていた。
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