第18話 狂い咲く花のような火
模擬戦を終えたデシルとフィオレッタは、ふらりと表門に立ち寄った。
普段から仕事で顔を出している場所。今日は久々の非番であり、その非番の理由ともなった表門守備隊の先輩たちへ、顔を出すつもりで来たのだ。
「うっす」
「お疲れ様です、先輩っ」
「おーう、お疲れさん」
「フィオレッタちゃんは相変わらずかわいいねぇ。それに比べてデシル、お前はいつも通り愛想ねぇなぁ」
軽口を交えながら、先輩のひとりがデシルの頭をわしわしと撫でる。
「髪が乱れるんで、やめてほしいっす」
「せめて顔にやめて欲しさ出してくれや……」
「デシルくんはいつもこんな感じなので……」
苦笑まじりにフォローを入れるフィオレッタ。
そんな穏やかなやり取りを交わしていると、門のそばにある監視塔から、カンカンと甲高い鐘の音が鳴り響いた。
「おっと、敵さんのお出ましか」
「遠征明けだってのに、容赦ないねぇ」
「頑張ってくださいね、先輩っ」
「頑張ってくださいっす」
「あいよ。後輩が見てる前で、カッコ悪いとこは見せられねぇしな」
「ちゃっちゃと片付けて―――」
門を開け、マギアを構えた先輩たちが戦場へ向かおうとした――その時。
裏門側から爆発音が轟き、少し遅れて地面にどん、と鈍い揺れが伝わってきた。
「今のは……!?」
「爆発、したよね……?」
表門を出ようとした先輩たちも立ち止まり、顔をしかめる。
「お前らはあっちに援護に行け! こっちはすぐ片付けて追いつく!」
「お前の脚なら、必要なとこにすぐ届くだろ! 任せたぞ、デシル!」
「っす!」
短く返して、デシルは即座に駆け出す。
先輩たちの判断に背中を押されるように、デシルとフィオレッタは裏門方面へと急行。その途中、同じく爆発に気づいたシグルドと合流し、三人は居住区へ向かうレーヴァテインの姿を追って走るのだった。
ーーーーーーーーーー
「待て! これ以上ここを破壊させるわけにはいかないっすよ!」
「大人しく投降してくれるとは……思ってないけど」
デシルは蒼き電光を纏い、フィオレッタを抱えたまま現場に到着する。火の粉が舞い、視界を焼くような熱が漂う中、爆炎の中心に立つのは——赤と黒のフリルで着飾った、異様に派手な少女だった。
「あはぁ、やっと来てくれたぁ……! ねぇねぇ、知ってるぅ? エーテルってねぇ、燃料なんだよぉ?」
「っ……デシル、あれ……!」
「——レイン、先輩……!」
少女がゆっくりとこちらを振り返る。下半身には体躯の倍はある黒鉄の脚。右膝の突起に突き刺さるようにしていたのは——今日、旧都の調査に出たはずの先輩、レインの亡骸だった。
「……もう、死んで……」
「レイン先輩たちは、こいつらと遭遇して……それで、ここにレーヴァテインが……!」
「それでねぇ? あなたたちの中には“マナ”ってのが流れてるんでしょ? エーテルを取り込んで、マナに変換してぇ〜って、ナユタが言ってたんだぁ♪」
少女は楽しげに語りながら、膝に突き刺さったレインの身体を、まるで邪魔な小道具のように棘から抜き取り——そして、軽く放るように宙へ投げた。
「だからこ〜やってぇ、ぱぁんっ♪」
「————」
「い、や……レイン、せんぱ……」
中空でふわりと宙を舞ったレインの亡骸。それが二人と少女の間へと落ちかけたその時——少女は黒鉄の脚を地面に“コツン”と叩きつけた。
直後、亡骸は——砕け、爆ぜ、肉片も骨も霧散した。血煙が辺りを染め、かつて“レイン”だったものが、大気に溶けていく。
「花火っ! ねぇねぇ、花火って知ってるぅ? あたしねぇ、花火大好きなんだぁ! 最後に見たのはね〜……いつだったかなぁ?」
「……っ、こいつは、生かしてちゃダメなやつっす!!」
「っ、デシルくん!」
凄惨な光景に怒りが頂点を越え、デシルが槍を構えて駆け出す。だが、少女はその長い黒鉄の脚で軽々とそれを受け止めた。
「それでねぇ、お星さまって見たことあるぅ? あたしは最近ぜーんぜん見れてないのぉ。ずっとずぅ〜っと暗くて、寒くて……一人ぼっちだったぁ」
「く……ぅ、こいつ、びくともしないっす……!」
「無闇に飛び込まないで、デシルくん!」
力任せに突き刺した一撃すら通じない。片脚だけで立ちながらも微動だにしないその膝は、まるで鋼鉄の壁のようだった。
そして、少女が僅かに膝をデシルへと向けた瞬間——フィオレッタは咄嗟に岩を隆起させ、二人の間に壁を作る。デシルもそれを合図にすぐさま後退した。
ドゴンッ!!
突き刺さった膝と同時に、岩は瞬時に爆散する。鈍く響く爆音と共に、岩の破片が塵へと砕け、砂嵐のように辺りを包んだ。
「なんつー破壊力っすか……」
「もしあれが刺さったら、その時点で終わり、だね」
爆散した岩の残骸を見て、怒りに任せて突撃しようとしていたデシルもようやく冷静さを取り戻す。そんな二人を前に、少女は地面の小石を蹴り上げながら、まるで詩を語るように言葉を紡ぐ。
「お星様ってねぇ、爆発なんだってぇ。遠いとぉ〜い宇宙の向こうで、昔むかしにどっかーん! って爆発した光が、今ここに届いてるんだってぇ!」
「こいつはさっきから何を……」
「っ、デシル、上!」
少女が高く脚を振り上げ、地面を打ちつけるように振り下ろす。その勢いと共に、きらめく粒子のような何かが放たれた。直後、フィオレッタの警告を受けて二人が跳び退ると、さっきまで立っていた地面が爆ぜ、炎が波のように地を這って広がった。
「それでねぇ、ナユタが言ったの。スルトなら、この星もどかーん! ってしてくれるってぇ! ねぇ、すごくない? この星が、大きな花火になるんだってぇ!」
天を仰ぎ、両手を広げながら歓喜に浸る少女。その言葉のあまりのスケールと無邪気さに、デシルとフィオレッタは言葉を失う。
「……っ! お前は、何とも思わないんすか!? 人をあんなふうに扱って、星を爆発させるなんて、人のやることじゃ————」
「人のやること、だよぉ?」
ぴたりと笑顔を崩さず、少女は即答する。デシルは再び槍を構え、回り込むようにして背後から首元を狙う。だが、その意図を読んだかのように少女は脚を後ろに蹴り上げ、一撃を受け止める。フィオレッタは岩を走らせるようにして移動し、逆側から挟み撃ちを狙うが——
「ちぃっ……!」
「人はねぇ、酷いことをするんだよぉ?」
少女は残った脚を軽く曲げ、空気を裂くように跳躍する。わずか一瞬、わずか一歩で、距離はあっという間に5メートル以上離された。人ならざる跳躍力に、デシルの槍はまったく届かない。
「ナユタが言ってたのぉ。“あたし達は人で、あなたたちは哀れな実験動物さん”だってぇ!」
「私たちは人よ! レイン先輩だって、人間だった!」
「人はねぇ、お人形さんに酷いことするのぉ〜。人間にも、もっと酷いことするのぉ。だからあたしも酷いことするのぉ! だって、あたしも人間だもん!」
一方的な理屈を押しつけ、彼女は笑う。狂気に染まりきった声音で、楽しげに、人の形をした何かが、ただ歪んだ正義を語るように。
フィオレッタの中には、微かに残っていた希望があった。“人の形をしているなら、対話できるかもしれない”と。それでも、その希望は、彼女の瞳を見た瞬間に消え去った。
機械のように光を放つ、爛々とした赤い瞳。その視線は、二人を“人”としてではなく、“実験動物”としてしか捉えていなかった。
「こいつはここで倒すしかねぇ……フィオ」
「うん、私も……覚悟、決めたよ」
フィオレッタは杖をぎゅっと握りしめ、目の前の“敵”をまっすぐに見据える。
少女はカツン、カツンと地を鳴らしながら、芝居がかったように腰を折ってお辞儀をする。
「あたしの名前はスカジ。ナユタがつけてくれた、人になった記念の名前っ! ねぇねぇ、モルモットさんたちぃ〜、あたしモルモットって見たことないのぉ! お名前、教えてぇ?」
無垢な笑顔と無意味な好奇心。だがその問いに込められた悪意に、デシルは静かに、そして強く応じる。
「デシル。デシル・フォルド。お前を倒すっす」
「フィオレッタ・ゼムハート。右に同じ。あなたはここで止める!」
「あははぁ!! いいねぇ、元気いっぱいっ! い〜っぱい遊ぼぉねぇ〜! 壊れるまでぇ、壊れてからもぉっ!!」
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