第17話 ティアードロップ

 ――人と違う自分が嫌いだった。


『ねぇ、あの子、変な角生えてるらしいよ!』


『私、一回だけ中央に行ったことあるから見たことあるよ! 天魔族って言うんだって!』


 この場所に、私と同じ姿の人はいなかった。


 人が私を見る目は、隣の人を見るそれとは違っていて。誰もが、私を“違うもの”として扱っていた。



『シルラは何も悪くないよ。ただ、みんな、人と違うものが怖いだけなんだ』


 私を産んだあと、身体の弱かったお母さんは、一週間も持たずに亡くなってしまったらしい。


 それでも、お父さんはいつだって私を優しく撫でてくれた。



『お母さんはな、毎晩寝る前にお腹を撫でて、“よく眠れますように〜”って羊の数を数えてたんだよ。お前の角も……お母さんの想いが形になったものかもしれないな』


 人と違う姿をした自分が嫌い。けれど――



「俺たちについてくるか?」


 あの日、手を伸ばしてくれた人がいた。


 その先にあった場所で、私はようやく気づけたのだ。


 “私のまま”でも、受け入れてもらえるんだって――。



ーーーーーーーーーー



「なに、が――」


「門が破られたぞ!」


「レーヴァテインだ! 非戦闘員は避難させろ!」


「っ、子供たちを逃さないと……!」


 轟音と揺れが南方拠点全体を貫いた。


 あれほどまでに穏やかだった時間が、ほんの一瞬で悲鳴と混乱に塗り替えられていく。


 シルラはすぐさま周囲を見渡し、声を張り上げながら子供たちを集め、避難の誘導に走った。



「……一人足りない……!?」


「ユウくんなら、おにいちゃんがおしごとからかえってくるの、おむかえするって……」


「――門の方!?」



ーーーーーーーーーー



「くそ、まさか向こうから来るなんて」


「隊長! 非戦闘員の誘導指示を出しました!」


「わかった、残っている戦闘員は直ちに戦闘態勢へ―――」


「隊長!? あれを―――!」


 襲撃が始まり、セレンは即座に非戦闘員の誘導を指示し、戦場指揮官としての動きを始める。だがその矢先、隊員の一人が空を指さす。



「白……銀!?」


 指先の先にいたのは、空中に浮かぶ九本の尾のような黒い機械を背負った女性と、その腕に抱えられた、頭部以外を白銀の機械に包まれた少年のような存在だった。



「あれはまさか、レーヴァテインの首魁と噂されていた―――」


「―――ナユタ、か」


「その通り。お初にお目にかかる、セレン・ミカムラ」


「……こっちの情報は筒抜け、ってやつかい……!」


 セレンが睨みつけるその相手。レーヴァテインの中で唯一、白銀の機械を纏う首魁。年若く見えるその少年――ナユタは、機械のように淡々とした声音で彼女のフルネームを呼んだ。



「制限の多い君たちとは違って、オレたちは自由だ。だから、あんたにはこいつらと遊んでもらう」


 ナユタが軽く手を掲げると、その合図に応じて、奥から五人の構成員が射出されるような勢いで姿を現す。全員が灰色の機械に包まれ、粗雑な改造を施された下っ端構成員だった。



「……私の得意がジャイアントキリングだって知った上で、数で時間稼ぎするつもりかな?」


「よくわかっているさ。あんたに自由に動かれると、こっちとしては都合が悪いからな。行くぞ、シンモラ」


「御意に」


 ナユタは冷たく言い放つと、彼を抱えた女性――シンモラに軽く声をかけ、そのままその場を離れようとする。



「くっ、逃すか!」


「! 待て、そっちじゃない―――!」


 周囲にいた隊員の一人が咄嗟に銃型マギアをナユタに向ける。だが今、対処すべきは目の前に立ち塞がる五人の構成員たち――その判断が遅れた一瞬、無慈悲な砲火が放たれる。



「ぐぁっ!」


「ぅぎ……!」


「くそ、遅れた! すまない……!」


 セレンが反応し、氷の壁を展開して防ごうとしたが、壁が届く前に複数の隊員が撃ち抜かれていた。断末魔が響き渡る。



「!? なんダ、撃てな……動けナ―――」


 カシャン、カラン


 マギアからカートリッジが排出される音と共に、セレンの声が響く。



「多対一は、消費が激しいんだ。すぐに終わらせるからね!」


 地面を這うように走る氷が、構成員たちの足を這い登り、腕へ、そして銃口まで凍結していく。だが五人同時の広範囲凍結と防壁の展開は、エーテル消費が激しすぎる。わずか数秒でカートリッジを一本消費してしまっていた。



ーーーーーーーーーー



「こんな時に襲撃だと……!? カートリッジの補給してねぇってのに!」


 デシルとの模擬戦の後、今日は任務がなかったこともあり、補給は後回しにしていたシグルド。


 すでに模擬戦で消費したカートリッジを一つ再装填済みで、残るはマギア内部に残された三本分。加えて、身体強化と《フレイムコート》でほぼ空になった一本、そして予備として持っていた満タンのカートリッジが一つ——実質、使えるのは二本分のみだった。



「シグルドさん!」


「デシル! フィオレッタ! お前ら……!」


「表門の方でも機械の襲撃があって、センパイたちが応戦してたんすけど」


「こっちの方が被害出そうだって判断されて、援護に回るよう指示が出たの!」


「状況はどうなってるっすか!?」


 駆けつけてきたのはデシルとフィオレッタ。二人とも緊張した面持ちで、シグルドに現状把握を求める。



「裏門のところが爆発して、そこから何人かのレーヴァテインが出てくるのが見えた! 今からそっちに――」


「!? 二人とも、あれ!!」


 シグルドが状況を説明しきる前に、フィオレッタが空を仰ぎ、鋭く声を上げて指を差した。



「ふふふ、爆発させがいのあるものがた〜っくさん! 心が躍るよぉ……! ほ〜ら、どっかーん♪」


 フィオレッタが指さした空には、黒鉄の脚を備えたレーヴァテインの構成員の姿があった。人の倍ほどもある異形の脚で十数メートル先へと跳躍しながら、居住区へと突入していく。


 そして、一際高く跳ね上がったかと思えば、片脚を大きく振る。そこから何かが飛び散り、次の瞬間——居住区のあちこちで爆発が起きた。



「くそ……あのままじゃ、やばい! 俺とフィオはあっちの対処に回る!」


「シグルドさん、お気をつけて!」


「あぁ、そっちも頼んだ!」


 被害の拡大を防ぐため、機動力に優れたデシルたちが居住区のレーヴァテイン迎撃に向かう。


 デシルはフィオレッタを抱え上げると、即座に《ライトニングシフト》を発動。稲妻の軌跡を引いて、戦場へと駆け抜けた。



「俺は……こっちだ!」


 シグルドも覚悟を決め、突破された裏門の戦場へと駆け出す。



ーーーーーーーーーー



「————おう、ガキ。俺はなぁ、思うんだよ。人間ほど自分達を殺すが好きな生物はいねぇってな!」


 裏門付近。溶け崩れた扉の先、赤黒の外套をまとった大男が、腰を抜かして怯える子供にゆっくりと声をかける。


 その男こそ、以前シグルドとアルフォンスが相対したレーヴァテインの幹部―――スリヴァルディであった。



「今のガキはあれだ、チャンバラとかやってんのか? 拾った棒とかでよ、戦ったりってやつ」


「っ、ひぐ……シルラおねーちゃ————」


「質問してんだ、答えろやガキィ!!」


 怯えて涙を流し、助けを呼ぼうとする子供に向かって、スリヴァルディが荒々しく怒鳴る。声を失った子供はただ、恐怖に突き動かされるように首を縦に振るしかなかった。



「はっ、やっぱりなァ! つまりはあれよ、人間ってェのはガキの頃から同族を殴りてぇ、殺してぇって本能で思ってるってことだ!! はぁ、全くよォ————救えねぇよな?」


 スリヴァルディが嘲るように笑いながら、外套を大きく翻す。盛り上がる背中から伸びるのは、黒鉄の異形の二本腕――それぞれの手には、ずしりと重そうな剣が握られていた。



「知ってるかガキ! 剣ってェのはな、人間が人間を殺すために作った初めての武器なんだぜ? 石ころ投げて殺し合って、獣殺すために槍や弓作ったのとはちげぇ、隣の奴をぶっ殺すために作った人の愚かさの象徴なんだよォ!!」


「やめてくださいっ!!」


 二本の剣が振り上げられる。そのまま、容赦なく振り下ろされようとした―――そのとき。


 鋭く、強く、か細い少女の声が空気を裂くように響いた。



「————あァ? なんだ、女のガキか。っておいおい、なんだァそれは? なっつかしいなぁ! 水鉄砲ってやつじゃねぇか? そんなおもちゃで何が————」


「その子から離れてください……っ! 次は、直撃させます……!」


 シルラがスリヴァルディに向けて構えているのは、工房で作ってもらったおもちゃの水鉄砲であった。


 子供たち用のものとは異なる、少し大きめのサイズ。本来であれば、シルラが自分で水を補給しながら遊ぶだけの代物だが――そこから発射された細い水流は、鋭くスリヴァルディの頬を掠めた。



「高圧水流……おいおい、おもちゃにエグいモン仕込んでんなァ! 悪趣味だぜェ? 武器をそんなコミカルにデザインするなんてよォ!」


「……今度こそ、外しません……っ!」


 水が掠めた頬には、薄く切れた傷口から赤い血が流れていた。


 シルラの手にある水鉄砲は、工房の遊び心と技術の産物。半ばマギアのような構造をしており、彼女の意思に応じて出力の調整が可能となっている。


 通常は安全装置によって制限されているが、解除すれば人すら殺傷しうる貫通力を発揮する、立派な護身具であった。



「いけねぇなァ、ガキ……人を殺すための銃ってのはなァ……こういう見た目をしてるモンなんだよォ!!」


 スリヴァルディは叫ぶと同時に、外套を勢いよく捲り上げる。


 そこから姿を現した三本目の黒鉄の腕。その手には、かつてシグルドたちとの戦闘で使った重機関銃――二挺のうちの一つが、いま再びその銃口を向けようとしていた。



「とりあえず、ぶっ殺して――――」


「――――させる、かァ!!」


 銃口がシルラに向けられ、引き金が引かれようとした、その瞬間。


 赤炎を纏ったシグルドが飛び掛かるようにして割って入り、その勢いのまま、重機関銃を真っ二つに両断する。



「ちィ! また会ったなァ、剣士の男!」


「レーヴァテインの幹部……スリヴァルディ!」


「おうよ、名前ちゃーんと覚えてたな? いいぜェ、その名乗りに見合う戦士とまた戦えてよォ――最高だぜェ!!」


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