第13話 回帰

 シグルドがレーヴァテインと死闘を繰り広げていたその頃、ヨシノ博士と――というより、拉致されたヒルダは、ヴァルハラへと続く巨大な塔の麓にまで移動していた。



「はぁ……ひぃ……ず、頭脳労働担当のボクが、なんでこんなに歩かなきゃならないんだ……」


 ヒルダが拉致された廃棄場から、ここまでは徒歩でおよそ一時間。たったそれだけの距離を歩いただけで、ヨシノ博士はすでに息も絶え絶えである。



「あ、あのー……」


「ん、なに?」


「いや、その……私はもう逃げるつもりもないので。だったら私じゃなくて、博士ご自身を運んでもらったほうが効率的かなーって」


「…………ミカ」


「了解いたしました」


 宙ぶらりんの体勢でミカに担がれていたヒルダが、やんわりと提案する。意味深な沈黙の後、博士が短く名前を呼ぶと、ミカが静かに動き出した。


 そして――



「って、ちがあああうっ!!」


「? ヒルダ様の代わりに担げば良いのでは?」


「そうじゃなくて! 主人を運ぶっていうのは、もっとこう、優雅に、快適に……!」


 ヨシノ博士の足元からにゅるりと伸びたミカが、人型を取って博士を同じように担ぎ上げる。まったく同じスタイルで、まったく同じように振り回されるヨシノ博士がジタバタと暴れ出した。



(わがままな人だなぁ……)


 そんな姿を見ながら、ヒルダは内心で思わずツッコミを入れる。自分のことは棚に上げて――その目線の先にあったのは、天へとまっすぐに伸びる巨大な塔だった。



「壮観だろう。地上から1,500メートル――天を突き刺すようにそびえる塔さ。いくら万能のエーテルがあっても、今のボクたちには到底こんな建造物は造れないよ」


「これって……何のために建てられたのかしら?」


「元は“天空の大地”を造る――通称“エデン計画”のために設計された資源輸送用のエレベーターだったんだ」


「えれべーたー……」


「上下に移動する装置だよ。水力式のリフトなんかはヴァルハラにもあったろ? あれみたいなものさ」


「なるほど……」


 軽く説明を受けながら、ミカに乗せられたままヨシノ博士が移動を開始する。それを見て、ヒルダも渋々ながら後に続く。逃げないと宣言した手前、今さら引き返すわけにもいかない。



「けれどね、機械の暴走によってエデン計画は中断されてしまった。そして生き残った人類は、この都市ごと“封印”する道を選んだ。その後、この塔はそのための装置へと改造されたんだよ」


「……どうやって?」


 塔の大扉がゆっくりと開き、二人は中へと足を踏み入れる。老朽化の進んだ内装は目につくが、それでも設備の多くは動いているようで、何人もの人間が忙しなく行き交っていた。



「一つは“エデン計画”の実現。空の大地を支えるための土台をつくることだった」


「……今のヴァルハラのこと?」


「ご名答。二つ目は、街に侵入してきた機械たちの動きを封じる“エネルギー吸収機構”の搭載さ」


「エネルギー吸収機構……?」


 ヨシノ博士に案内され、塔の内部をさらに奥へと進んでいく。重厚な扉が開き、入ってすぐに閉まると、わずかに体へ重力がかかったような感覚が走る。



「機械も生物と同じで、動くにはエネルギーが必要だ。この塔は、都市圏内のあらゆる電子機器や動力源から“電気”を吸い上げることができる」


「……」


 説明は続くが、半分ほどしか理解できていない。それでもなんとなく、とてつもない機能であることは伝わってきた。



「ただしね。暴走するタイプの機械は自己進化の過程で、太陽光や常温発電といった“自前の発電能力”を持つようになった」


「……ってことは、それじゃ止められないじゃない」


「だからこそ、エデン計画を使ったのさ。都市全体を覆う――空に浮かぶ大地で、太陽光を遮断した。強引だけど、実に理にかなった力技だよ」


「規模が違いすぎて想像もつかないわね……」


 ふと横を向くと、わずかに外の景色が見えた。そこに広がるのは、どこまでも続く都市の全貌――自分たちがとんでもない高さまで上昇していることが、身にしみて伝わってくる。



「「常温発電程度じゃ、活動に十分なエネルギーは得られない。せいぜいナノマシンで自己整備するのが関の山ってところさ。――そうして、長い長い平穏が人類に訪れたってわけだ。めでたし、めでたし」


 ぱちぱちぱち、と気だるげに拍手をしてみせるヨシノ博士。その数十秒後――上昇を続けていた足場が静かに停止し、目の前の扉が開いた。



「さて、ようこそ。ここが私のラボにして、マギア工房だ」


「……ここで、私は何をすればいいのかしら」


 扉の先に広がっていたのは、乱雑に積まれた書類や薬品、用途不明な機械や武器が所狭しと並ぶ、まさに混沌とした空間だった。


 ヒルダは改めて、自分が「ここに連れてこられた理由」を感じ取り、気圧されそうになる気持ちを押し込めて堂々と振る舞ってみせる。



「せっかちさんだね君は。ボクは人とのお喋りはそんなに得意じゃないけど――自分の知ってることをひけらかすのは大好きでね。だから、言われるまで静かに話を聞いてくれると嬉しいな?」


「……良い性格してるわね」


「ふふ、褒め言葉として受け取っておこう」


 ミカに運ばれるまま、ヒルダは部屋の奥に設置された椅子へと案内される。椅子に腰を下ろすと同時に、ミカは再び球体の形へと戻った。



「改めて聞くけど、君の魔術は“回帰”で間違いないね?」


「……そう、言われたけど……使ったのはあれが初めてだったの」


「言ったのは、お父様かな?」


「……」


「まったく。回帰を使える人間が現れたなら、真っ先にボクに報告して連れてくるべきなのに。……本当に、君のお父様は不親切だ」


「……何を、言ってるの?」


「こちらの話さ。重要なのは――君の力が、ボクがずっと待っていた力のひとつだってこと」


 まるで彼女の父のことをよく知っているような口ぶりに、ヒルダの中で不信感が膨らんでいく。



「魔術、そしてエーテル。これらは“機械に頼らず、機械を倒す”ために生み出された技術だ」


「……!」


「ボクたちの目的は、旧都の中心に眠る巨大機械の破壊。だけど――これがまぁ、とんでもなく頑丈でね。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしなかった」


「……魔術なら壊せるの?」


「普通の魔術じゃ無理だよ。仮に破壊できるほどの威力を出せたとしても、そんな魔術を使ったら、真上にあるヴァルハラごと吹き飛んでしまうかもしれない」


「ダメじゃない」


 ヨシノ博士が指を差す先を見やると、紙のような媒体に、見たこともない武器たちが次々と映し出される。


 映像の中では、どれほどの破壊力を持つ攻撃をもってしても、巨大な機械を前にすれば無力に終わる様子が描かれていた。



「そこで君の力が必要なんだ!」


 ヨシノ博士の目が鋭く光る。



「“回帰”――物質同士の結合を断ち、素材そのものに戻す魔術。もっとも、君のそれは人の手でも扱えるように調整されていて、機械の分解に限定されているようだけどね」


「回帰……」


「だから、相手がどれだけ硬くても関係ない。当たれば結合は解け、バラバラになる」


「で、でも……この力は触れないと使えないし、分解も……少し時間がかかって……私、戦えるほど強くなんてないもの……」


 ヒルダの魔術は、自分が触れたものにしか発動できず、分解にかかる時間も一瞬ではない。

 もし実戦で使うとなれば、敵に接近してなおかつ触れ続ける必要がある。それはあまりに無謀な立ち回りだ。



「そのために――君の魔術に特化した、専用のマギアを造る」


「え……?」


 ぽかんと口を開けるヒルダ。その様子を見て、ヨシノ博士はにやりと笑う。



「触れなければ発動できないなら、“触れずに発動できるように”すればいい。一度に全部を分解するのが無理でも、当たった箇所だけをピンポイントで分解できれば十分だ。不可能を実現するのではなく、できることを探して形にする――それが科学というものだよ!」


 得意げに語る博士の口調は、徐々に熱を帯び、もはや止まらない。


 かつて破壊できなかったものを、今度こそ破壊するために。


 ヨシノ博士の狂気じみた執念が、確かにそこにあった。


 思わず一歩、後ずさるヒルダ。



「逃がさないよ」


「ひっ!?」


「これからじっくりと君について解析し、君に最適な“専用”のマギアを創り出す……あぁ、最近は汎用性だのコストだの使いやすさだのって、つまらない話ばかりでさ。けどね? 君のような“一点物”の力を最大限に活かすための武器……それこそがボクのやりたかったことなんだ……!」


 いつの間にかヒルダの背後に回っていたミカが、そっと羽交い締めにする。身動きを封じられたヒルダが怯えの色を浮かべると、博士は楽しげに、ゆらりゆらりと歩み寄る。



「楽しい研究の、始まりだ♡」


「い、いやああぁぁぁーーーっ!!」


 その日、遥か上空のヴァルハラまで届きそうな少女の悲鳴が響いたという。



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