第12話 人を殺す武器
レーヴァテイン――人と機械が混ざり合い、自らを“真なるヒト”と称する存在。
突如として現れたその異形の一人を、シグルドはアルフォンスの魔術から得た着想をもとに“飛ぶ斬撃”を編み出し、打ち倒すことに成功していた。
「……死んだ、のか」
「流石にこれだけ深く切られて、しかも火だるまじゃね。初めての“殺し”かい?」
「……好きで殺したわけじゃ、ねぇよ……」
戦いの中で命を狙われたことは何度もあった。けれど、自らの手で命を奪ったのは――これが初めてだった
倒れ伏した異形の男を見下ろすシグルドの表情は、どこか遠くを見つめているようだった。
「僕はね、綺麗事は言わない主義なんだ。殺しは殺しだよ。だけど――生きるってことは、何よりも尊いと思ってる」
「……あぁ」
「レーヴァテインの連中は、死ぬために生きてる。スルトを蘇らせて、世界ごと滅ぼそうとしてる。言うなれば、周囲を巻き込む厄介な自殺志願者だ」
「……」
「殺したことを気にするな、とは言わない。だけど、こいつらを生かしておけば、それだけ余計な犠牲が増えるだけだ。だから――友よ。君の行動は、正しくはないかもしれない。でも、間違ってもいない」
「……そう、だな」
敵であれ、死は死。
その現実を真正面から受け止めようと、シグルドは目を閉じ――そして、ゆっくりと開いた。
「おいおい、なんか騒がしいと思ったら――イームの野郎、やられちまったか!」
「っ!?」
「誰だ!?」
闇の中から不意に響く声。
敵を倒したことで油断が生じたか。あるいは初めての“殺し”に気を取られていたか――声の主の気配に、二人はまったく気づけていなかった。
その方角に視線を向けると、そこには先ほどの異形とはまた別の“異様な存在”が立っていた。
「“誰だ”とはご挨拶じゃねぇか。ここは俺たちのナワバリでな、お前らは侵入者。本来なら俺がお前らの名前を聞く立場だぜ?」
「……!」
「おいおい、ダンマリかよ? あれだろ、“名前を聞くときはまず自分から名乗れ”って、親に教わらなかったか? まったく、ヴァルハラ人ってのは野蛮な民族だなァ!」
余裕たっぷりに語る大男は、全身に筋肉をまとった巨躯。その背からは機械の腕が三本も突き出し、まるで武器のような異形のパーツを装備している。
「シノノメ一刀流――――三日月!」
「喰らえっ!!」
先手必勝。挑発に乗る形で、二人は同時に一撃を放つ。
だが――
その攻撃は、背中から伸びた三本の機械の腕によって、あまりにも容易く防がれてしまった。
「……ったく、つまんねぇ奴らだな。これから殺し合うってのに、もうちょっと楽しくやろうって気はねぇのかよ!」
不満そうに舌打ちをひとつ。
「まぁいいさ、わがままなお前らに付き合ってやるよ。特別に俺の名前を教えてやる。俺の名は――“スリヴァルディ”。」
大男は不敵に笑い、背に備えられた異形の腕を誇示するように広げてみせる。
「お察しの通り、レーヴァテイン。……だが、そこの転がってる木っ端とは格が違ぇぞ」
「やっぱりレーヴァテイン……!」
「っ、逃げるぞ!!」
警戒を強めるシグルドは剣を構え直すが――その瞬間、アルフォンスがスリヴァルディの武器に気づき、反射的に声を上げながらシグルドを制する。
同時に自らも飛び退き、廃墟の瓦礫の陰へと身を投げた。
「っ……今の音……っ!? なんだ、あれは……!」
「さっきの男の銃声よりも重い……直撃すれば、いくら天才と言えどひとたまりもないな!」
直後、激しい衝撃音が空気を裂く。
さっきまで二人が立っていた地面には、深く抉られた無数の穴。砕けた石や瓦礫が巻き上げられ、辺りは砂塵に包まれていた。
「銃ってのは、いいよなァ……」
スリヴァルディがゆっくりと歩み出ながら、嗜むように呟く。
「人が、人を殺すために生み出した、純粋な武器だ。こんなモンがあるから……人は簡単に、人を殺せるようになっちまったんだよなァ……」
彼の背から伸びた機械の腕が握っていたのは、巨大な銃。
拳銃どころではない――それは“重機関銃”。
一発でも当たれば、人の身体など紙のように引き裂かれてしまう、まさしく“人殺しの道具”だった。
「さすがの天才と言えど、あの威力と弾幕を捌くのは難しい。カートリッジも……そろそろ一本目が尽きそうだ」
「しかも、あいつしれっと俺たちの退路を塞いでやがる」
「おそらく戦っている隙に回り込んだのだろうね。仲間を見捨ててでも、自分だけが優位に立つ……実に卑怯な戦術だ」
最短の逃走ルートは塞がれていた。遠回りすれば逃げられないこともないが、隠れているこの場所が悪かった。動けば、無防備な背中を晒す羽目になる。
「さて、どうしたものか……倒すにしても、あの機械の腕は並みの攻撃じゃ通らない。逃げようにも、後ろから撃ち抜かれて終わりだ……」
「なぁ、あんた……他に何ができるんだ?」
「“天才”にかかれば、どんなことでも可能さ。……と、言いたいところだけど。聞きたいのはそういうことじゃないんだろう?」
「はー、いつになったら出てくるんだァ? いいぜ、そっちが出てこねぇなら、建物ごと――」
二人が身を潜めてからしばらく。痺れを切らしたスリヴァルディが低く呟く。
背中から伸びた三本の機械腕が、瓦礫に向かって銃火を放とうと動いた――その瞬間。
「シノノメ一刀流――遠月!」
「おっとぉ、危ねぇな!」
「友よ!」
「炎よ、壁になれ!」
物陰から繰り出された不意打ちの一撃。射程ぎりぎりから放たれた弧を描く斬撃はスリヴァルディの首を狙うも、機械の腕に阻まれる。
だがそれで十分だった。その隙にシグルドは剣を地面に突き立て、火柱の壁を立ち上げる。
「ハッ! そんなもんで俺の火砲が止まるかよ!」
視界を遮る炎などお構いなしに、スリヴァルディは重機関銃を乱射する。爆ぜる破裂音が空気を裂く中――その逆サイド。
炎の陰から、アルフォンスが飛び出す。
「なにっ!?」
「シノノメ一刀流、奥義!」
一直線に突っ込むアルフォンスに、スリヴァルディは咄嗟に機械腕を防御に転じる。
「蒼月二閃!」
「っ!? へっ、どこ狙ってやが――」
斬撃が放たれた。だがその軌道は、スリヴァルディではなく――左右斜め上。
「外しやがった」と嗤いかけたその時。
炎に照らされた、建物の影が――視界の端で揺れた。
「うぉ、うおおぉぉっ!?」
アルフォンスの放った技は、確かに“届いて”いた。
スリヴァルディの左右にそびえていた建物の壁――そこを斬り裂いた二閃は、崩壊の引き金となる。
コンクリートの塊が、軋みを上げながら傾き、重力に引かれて落ちていく。怒号をあげる暇すら与えず、瓦礫の奔流がスリヴァルディを呑み込んだ。
「今のうちだ! 道案内、頼むぞアルフォンス!」
「任せたまえ、友よ!」
シグルドが叫び、アルフォンスが応える。
二人は瓦礫の山を跳び越え、崩れ落ちた建物の縁を駆け抜ける。生き埋めにされたスリヴァルディの上を、迷いなく踏み越えていった。
ーーーーーーーーーー
「っあ! くそ、あいつらは……!?」
――それから三分後。
瓦礫の山から、スリヴァルディが傷1つ無い、ただ砂埃で汚れただけの身体を引きずり出す。
辺りにシグルドとアルフォンスの姿はなく、逃げられたことを即座に察した。
「逃がしちまったか……ちっ、だが……剣か、いいな……!」
苛立ちをにじませつつも、スリヴァルディの口元はにやりと歪む。
「剣……槍や弓とは違う。あれは“狩り”の道具だ。けど、剣は違う……」
ぼそりと呟くその声には、妙な熱がこもっていた。
「
重たい機械腕を難なく引きずりながら、スリヴァルディは嬉々として旧都の闇へと戻っていく。
ーーーーーーーーーー
「っ! はぁ……はぁっ、い、生きて帰ってこれた……!」
「中々スリリングだったね、友よ。まさかレーヴァテインの幹部クラスと遭遇するとは……天才の予想すら超える展開だったよ!」
最短ルートを駆け抜けて、ようやく出口へとたどり着いたシグルドとアルフォンス。緊張の糸が切れ、全身から汗が噴き出す中、二人は息を整えようと必死だった。
「あれが……幹部クラス……」
「噂だけどね。レーヴァテインの中では、機械化された部位の“色”によって階級や戦闘能力の目安が分かるらしい」
「最初に戦ったやつは、たしか……灰色っぽかった気がする」
「あれが下級兵クラスだね。粗悪な部品を雑に埋め込んでるせいで、動作にも支障が出てるタイプさ」
「で、今回の……黒の三本腕のやつ」
シグルドは、先ほど戦った男の異様な姿を思い出しながら呟いた。服装こそ似ていたが、機械化された部分には明確な違いがあった。
「うん。あれが“黒”……幹部格の証だろう。少なくとも下っ端ではない」
アルフォンスは頷きながら、少し声を落とす。
「昔、一度だけ東方拠点がレーヴァテインに襲撃されて壊滅したことがあってね。その時の生き残りが、こう証言していた。“灰と黒の中に、一人だけ“白い”やつがいた”って」
「白い……」
「おそらくそれが奴らの頂点、あるいは幹部のさらに上――そんな気がするんだ。天才の直感が囁いている」
ようやく呼吸を整えたシグルドは、重たく深呼吸をひとつ。
アルフォンスの言葉は、レーヴァテインにまだ見ぬ強敵が控えていること、そしてすでに別の拠点が壊滅したという事実を突きつけてくる。
胸の奥に、じわりと冷たいものが広がった。
「あいつ……スリヴァルディ一人に、傷ひとつつけられなかった……」
「あぁ。この天才の刃ですら通らなかった。まだまだ、シノノメ一刀流の極意には遠いということだろうね」
初めての実戦任務。そこでシグルドが味わったのは、勝利とは言い難い“逃走”と“無力感”だった。
成長の先にあった壁の高さを、嫌というほど思い知らされた――
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