第二章 八話 苦悶の出港

 ラウル船長にお世話になる事を決めた僕は、あの後、船に案内され渡された毛布を客室――正確に言えば船倉の一角――に広げ、自分の場所を確保した。

 周りを見回せば僕と同じ様に開拓者と思しき人たちが十数名ほど、既に自分の場所を定めている、人のいない毛布には何かしら目印が置かれていた。

 なるほど、目印用に色を付けた小石なんかがあれば良いのか。

 

 ここまで夜通し移動して来たので眠いのだが、お腹も減っている。しばしの逡巡の後、目の前の床に置いただけの毛布の誘惑より、空腹が勝ったので荷物はまだ降ろさない。何人かは既に毛布を使って休んでいるようだったので、あまり音を立てないように気を付けながら船外へと出る。


 城を出てから何も食べて無いのではっきり言って腹ペコである。

 道中の小川での休憩中ガーフィールに水を飲ませ草を食べさせていたが自分の分を持っていなかった。

 急いでいたのもあるが、街で食事をしてみたかったのも無くはない。


 と、言う事で港町での食べ歩きだ! すごいぞ、僕、開拓者っぽい!


 《開拓者。人類未踏の地を既知とすべく、多くの国や街を渡り歩き、魔物や魔獣などの危険を物ともせず、未知に挑む者たちの総称。彼らは魔物や魔獣の素材を売ったり、或いは探索その物を依頼として請け負ったりして生計を立てている。そしてその多くは移動先での食事を大きな楽しみとしており、彼らが口々に噂する食べ物の情報は他の街で流行を作ったり、新しい料理への発想へ至ったりと何かと重宝されているのだった》


 とは何の本で読んだのだったか。

 まぁ、とにかくそんな訳で、僕も食べ歩きたかったのである。決して自分の分の糧食を忘れてた訳じゃない。確かに持って来てないが。

 それに、港に来るまでの間の屋台でも美味しそうな臭いが沢山していた。これは期待大という物。

 船を離れる前にラウル船長に声を掛ける。

 

 「それじゃちょっと晩御飯を食べに出てきますね」

 

 「おう。飲み過ぎるなよ」

 

 お酒はまだ……と、そういえば成人したから飲めるんだった。でも、昨日のパーティでもあまり飲まなかったし、大丈夫だろう。

 船長の忠告に手を挙げて答えつつ、弾む足取りで街へと繰り出した。



 港町と言うだけあって海産物が豊富だった。

 先ずは、イカを串に刺し甘じょっぱくいい匂いのソースを付けて焼いた物。ソースの焦げた匂いが堪らなく食欲を刺激して来た。歯ごたえのある身は食感も楽しく、噛みしめる程に味が出てくる。

 

 次に、小さめのエビを軽く蒸してから焼いた物。香りづけされて焼かれた身は非常に香ばしくなんと殻までパリパリと食べられた。ボウルに盛られた小さいエビがあっという間に胃の中に消えていった。

 

 更に、手のひら大の二枚貝に酒を吸わせてから網焼きにした物。焼かれて貝が開いた所で、イカ焼きに使われていた物と似たソースを垂らす。じゅわぁっと耳にも美味しそうな音が鳴る。口の中に広がる磯の旨味とソースの香ばしさの組み合わせに涙が出そうだ。

 

 目についた屋台で特にいい匂いをさせていた物を端からから食べて行った。

 止まらない、こんなに美味しい物が城の外にあったとは……!

 一人ではしゃぐ僕に近くの店のおじさんから声が掛かった。

 

「兄ちゃん美味そうに食うね! うちの店でも食っていきなよ!」

 

 そう言われたら入るしかない。少し前に警戒心がどうのと言った気がするが、美味い匂いをさせる店が悪い店のはずがない!

 サービスだと出された大きな骨が付いたままの魚の身を煮込んだスープ、こんなぱっと見どうみても残飯な料理を城で見るとはあり得ない。

 だが、おじさん曰く、なんでもこの方が味が出るのだとか。

 骨に付いた身をしゃぶりながら食べる、美味い。手づかみなんて城では絶対出来ない食べ方も新鮮だ。

 

 そしてエビやら貝やら野菜やらと一緒に炊いたコメの料理、具沢山で見た目にも鮮やかだ。濃い目の味付けだったが海鮮の旨味が負けておらず、高い次元で調和していてスプーンが止まらない。

 

「兄ちゃん良い食いっぷりだねぇ、酒は要らないのかい?」

 

 そうだよね! 美味しい料理にはお酒も合わせないと損だよね!

 店のおじさんに勧められるまま大麦で作られたエールと言うお酒を貰った。独特な風味だが喉を抜けていく刺激が新鮮で爽快だった。これがまた味の濃い食べ物と合う!

 追加でおじさんオススメのツマミを注文し、おじさんや他の客と談笑しながら夜が更けていく。

 お酒美味しい、楽しい、旅は最高だなー!



「美味そうに飲み食いしてくれたのは嬉しいけど、兄ちゃん流石に飲み過ぎだって……」

 

 おじさんに肩を貸して貰いつつ何とか立ち上がり、支払いを済ませる。あれだけ飲み食いしたのに料金はそれ程でも無かった。やはり美味しい匂いをさせる店は良い店だ。

 

「ありがとうございました……うっぷ……またこの街に来た時はまた来ます……」

 

「そんな死にそうな顔で言われても……動きも顔もゾンビみたいになってるぜ……」

 

 美味しい料理と肩を借りたお礼を言って、また来る事を約束し店を出る。足がおぼつかない、これが飲み過ぎる……という事か……。

 不安そうに店先で見送ってくれるおじさんに手を振って何とか港を目指す。そうかゾンビとは今の自分のような動きなのか、簡単に倒せそうだな。

 今じゃなければ。


 何度も休憩を挟みつつ、永遠とも思われる道のりを越え、船に辿り着いた。

 初めて見た時は頼りないボロい船だと思っていたのに、今の僕にとってはこの上なく頼もしく安心する寝床に見えた。

 ラウル船長は居なかったが、見張りをしていた船員が気づいて肩を貸してくれて、僕を船室へ放り込んでくれた。……もうちょっと優しくお願いします、うぷ。

 


 そこで僕の記憶は途切れた――



 鐘の音に気付いて起きる、これだけは身に付いた習慣と言う奴だろうか。

 さっきから鐘の音や船員の声、波音までもが頭に響く、頭が痛い、すごい痛い。これは習慣じゃなくこの頭痛で起きたようだ。これが世に聞く二日酔いという物だろうか。

 そして寝ているのに体どころか頭の中身も揺れている気がする。なんとか上半身を起こしてみるも、頭も体もユラユラとして定まらず気持ち悪い。これが世に聞く船酔いという物だろうか。


「出港するぞー!」

 

 船倉に向け船員から声が掛かる。そうだ、乗客であっても甲板作業を手伝う契約だ。大声が頭に響いて頭痛が酷くなり、体もフワフワとしているが、王族として契約を違える訳には行かない。

 父上、城を出奔したとしても僕は誇りまでは捨てていません。

 這うようにして甲板へと出る。

 

 「もやいを解いて錨を挙げろ! 帆を張れ! ドレッドコート号、出港だ!」

 

 そうか、この船ドレッドコートって言うんですね。……うっぷ。

 船が動いて大きく揺れだす。腹から込み上げた物を堪えようと、とっさに上を向く。すると帆に縫い付けられたド派手に真っ赤なコートが、真っ赤な太陽に負けじと透けた――光が目に刺さって痛い。

 指示を出すラウル船長の大声が頭にガンガンと響く、甲板の手すりに縋り付きながら、離れていく港、離れていく国、離れていく大地を見る。

 旅立ちの感動は二日酔いと船酔いに塗りつぶされ、頭痛、吐き気による苦悶と共に、僕は、パンドラへと、大海原へ、出、た……うぷ。


 他の物も出た。

 

「だから飲み過ぎるなって言っただろ、海に落ちても面倒だからすっこんでな」


 そうして僕の出航初日は船倉へと叩き込まれて終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る