クリスマスに紙束を
ハナビシトモエ
うちの母は天然である
「あなたを産む時は本当に大変だったのよ」
母さんは僕が幼い頃によくそんな話をしてくれた。
「お腹の中を金属バッドでカキーンって打たれるような痛みがあってね。もうすごく痛かった。お父さんはあてにならないし、お兄ちゃんは廊下で泣いているし、もう阿鼻叫喚」
母さんは兄さんと僕を同じく扱おうとしつつどこか天然な人だった。兄さんが野球をするからボールが欲しいと言ったけど、僕はパソコンが欲しかった。
兄さんは冷静で野球をするにはバッドとボールがないといけないが、一度に買ってもらえないなら、先にボールだけ貰ってキャッチボールで練習をしてからバッドを買ってもらおうとするタイプ。今思えば大人びていた。
一方、僕は家電量販店で早々にマックとウィンドウズのカタログを貰ってきて居間に広げた。赤いペンで父さん相手にこのパソコンはここがよくて、こうすると何が出来てを小学三年生にしてプレゼンをしていた。
兄さんは運動が得意で冷静だったけど、僕は知識だけで何も考えていなかった。それでも小学三年生に知識を与えただけでもすごいことだ。
クリスマスイブに僕はさっさと寝た。そのころにはサンタなんてじじいはいないだろうと思っていたし、兄さんは信じて胸を躍らせてお互い早く寝てやらないと思って起きた朝。靴下の中には大きな紙袋が入っていた。
ペンでチェックしたカタログ一式。
泣きながら兄さんの部屋の戸を叩いた。
兄さんはサンタクロースが来たのかと喜び靴下を開けた。
中に入っていたのは選手名鑑だった。
母さんに文句を言いに行こうと兄さんに言うと、サンタクロース信者の兄さんはすっかり意気消沈し、布団にこもってしまった。
「僕が欲しかったのはボールなのに」
「母さん、なんでカタログ入れたの?」
「サンタさんが入れたの」
「じゃあ、サンタさんに聞いてよ。なんで入れたの? 兄さんには選手名鑑だよ」
「両方とも紙でしょう。平等だってサンタさんに言ったの。それにあなた一生懸命メモして大切そうにしていたじゃない。良かったわね。二人ともカタログ貰えて」
母さんはそういう人だった。
後になって考えると兄さんより僕の方が負けである。
兄さんはなんとかボールを作ろうと熱心に新聞紙を丸めてガムテープで補強したものを作ったが、ガムテープは段ボールをまとめる為に使うものと没収された。
ワールドカップのあおりを受けたせいで野球人口が減ってしまい、最後にボーイズリーグに入りたいまで頼んだが母さんに「キャッチボールもしたことないのにどうやって試合出るの」と言われてしまい野球は完全に折れた。
サッカーに手を伸ばそうとすると「サッカーのユニフォームは水で洗うと溶けるからダメだ」と言われたそうだ。
後になってよく兄さんは、ぐれなかったなと感心した。
兄さんは読書が趣味になり、運動神経は消えなかったのでバレンタインデーに僕はご相伴に預かることは多い、母さんはせっかく食べるなら生からの方が美味しいと言い張り、半分くらい溶かした結果、兄さんは相手に感想を言う時に文学的知識を総動員したようだ。
一方、僕は結局高校に入るまでパソコンなるものが家に来ることは無かった。高校生になってiPhoneかパソコンのどちらにするか選択を迫られた。
母さんは「ここでパソコンを選ばないと一生買わない。iPhoneならいくらでも買ってやる」と言われたので、兄さんに相談すると「彼女からの電話を母さんの前でとる勇気があるならパソコンにしておけ」と。即決だった。
ところが母さんはあの手この手でパソコンに誘導する。昔書き込んだカタログを見せつけて「こんなに欲しがっていたのに心変わりも早いわね」とか「パソコンならオンラインゲームも出来るわよ」とか「小説だって書けるからお兄ちゃんと半分で使えるわよ」と様々な誘惑をしてくる。
結局、兄さんが母さんに「コイツだって高校生なんだから尊重してやれよ」で収まった。
初めての携帯に初めての彼女には高校では恵まれなかったが、パソコンは学校にあったのでパソコン部に入った。フラッシュやちょっとえっちいやつを高校の部室で仲間と見た。それは僕の輝かしい青春だった。
高校卒業の時、母さんは校門に大量の紙袋を持って現れた。
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