第12話 決着
一方、ジョゼ将軍はただじっと見守るだけで何もしなかった。
「将軍、本当によろしいのですか?」
部隊長のポールが確認を行う。これで二度目だ。
「良い。連絡もなく勝手に動いてるのだ、こちらまで巻き込まれたくはない」
「しかし、後で見捨てられただのなんだのと言われたりしませんかね?」
「そのときはそのときだ。いや、むしろ良い気味だ。あれを見て突っ込んで行くんだ、よほどの自信があるんだろうよ」
ポールはジョゼに言われて、トビアス伯爵の軍とローレンツ軍の布陣を交互に何度も見て首をひねる。
「私にはトビアス伯爵が不利には見えませんが」
「おまえにはそう映るのか、だったら尚更トビアス伯はダメかもしれん」
「どういうことです?」
「そのうちわかる」
ジョゼ将軍はそれだけ言うと口を閉ざした。それ以上話すような雰囲気ではなかったので、仕方なくポールも黙る。今はトビアス伯爵とローレンツ軍の戦の成り行きを見守るしかなかった。
トビアス伯爵の動きは、当然ヴェルナーとエミールからも見えていた。
「トビアス伯爵は動いたが、ジョゼ将軍は動かない。様子を見てるのか、それとも気付かれたか・・・・・・」
ヴェルナーは視線を敵軍左翼に移して、迫るトビアスに対応するために指示を飛ばす。挟撃を避けるために、敵が中央に前進してくるまで動くことをしなかった。それがどうやらトビアスの目には消極的に映ったらしい。角笛が鳴り響くと敵の進軍速度は、前進から突撃速度に切り替わった。
それを見てヴェルナーは前進を止める。突撃になった途端、敵の陣形は乱れ波のように飛び出た集団と遅れた集団が出来ていた。明らかな訓練不足、これじゃ各個撃破してくれって言ってるようなもんだ。
「飛び出た集団を集中的に矢で狙え!あとはいつも通りだ!」
ヴェルナーの号令で、飛び出た集団に対して集中的に矢の雨を降らす。突撃によって隊列から飛び出た集団は叫び声を上げながら次々と倒れ込んでいった。
「よしっ、突撃っ!」
弓隊は後ろに下がり、ヴェルナーの号令で歩兵部隊は一斉に槍で突撃を開始する。直後、ふたつの集団はぶつかった。金属音と叫び声、昨日の雨でぬかるんだ泥が飛び散る。ふたつの集団はそのまま乱戦状態にもつれ込むかに見えた。しかし、時間の経過とともにローレンツ軍は少しずつ下がり始める。
ヴェルナーの指示で下がっては踏みとどまり、下がっては踏みとどまるというのを繰り返す。それは、ローレンツ軍が攻撃に耐え切れずに、じりじりと下がっているように見せかけるためだった。そして、トビアス伯爵の目には、ローレンツ軍が踏ん張れずに後退を繰り返しているように映ったのである。
ヴェルナーはチラッと、敵右翼に視線を飛ばした。相変わらず、全く動く気配はない。本当はジョゼ将軍も釣れたら良かったんだが、そううまくはいかないらしい。そして、ヴェルナーは大声で叫んだ。
「退却するぞ!岩地まで退却だ!」
角笛が鳴り、ヴェルナー率いるローレンツ軍は一斉に岩地の奥へと引き上げていく。それを見ていたトビアスは興奮気味に叫んだ。
「討ち取れ!昨日の借りを返すぞ!」
ローレンツ軍の後を追ってトビアスは岩地の奥へと入って行った。そびえ立つ大きな岩がゴロゴロと転がっており、その間を勢いよくトビアス軍は雪崩れ込んでいく。そして、いくつか岩の間を抜けるとピーーーーーーーーッとつんざくような鏑矢の音が岩の間を反響した。それを合図にして重装騎士の集団が岩の間という間をサッと固めていく。
トビアス軍の先頭集団は構わず重装騎士団に突っ込んだが、まるで岩の壁にぶつかったかのように弾き返された。重装騎兵を騎馬ごと弾き返す部隊である。一般兵がどうこう出来るような部隊ではない、まして訓練不足のトビアス兵ではどうしようもなかった。
「こ、こいつらビクともしねぇ・・・・・・」
「ぶはぁぁっ!!」
「ま、まてっ!押すなっ!」
跳ね返された兵たちは重装騎士の持つ槍で突き殺されていく。トビアス軍は前方と横はガストン率いる重装騎士団に、岩の間の逃げ道を塞がれていった。そんななか、エミールは大きな岩の突起を利用して頂上まで登り上から矢を撃ちまくる。青く光っている矢じりはトビアス軍のさらなる混乱を招いた。
なにしろその矢は、接触しただけで爆発、氷結、雷撃など、さまざまな現象を引き起こすのだ。盾を掲げて防ごうとした兵士たちも、盾ごと吹き飛ばされていく。エミールの矢が、敵にとって恐怖の対象となるのに時間はかからなかった。そこへ、トビアス軍が獲物と思って追い掛けていたローレンツ軍が、いつの間にか背後から猛攻撃を始めたのだ。追う者から追われる者へ。
完全に囲まれてしまったトビアス軍は、あっという間にその数を減らしていく。戦場に血の匂いが充満し始め、それを風が運んでいった。その中心にいるのが両の手に剣を持つ戦士だった。右へ左へ移動しながら、敵の集団をあっという間に風の塵へと変えていく。双剣の戦士の刃がトビアスに届くまで、20分とかからなかった。
「伯爵、お逃げください!」
「あんな化け物相手にどこに逃げると言うのだ!?降伏だ、降伏するっ!」
トビアス伯爵は、自分の命の危険が迫るとあっさりと降伏を申し出た。その直後に白旗が上がり、そこで戦闘は終了。この短い時間でトビアス軍は半数以上の兵を失った。
「き、貴殿がこの部隊の将か?」
トビアスは両手を挙げながら、双剣を持っている男に話しかける。
「ああ」
「言った通りだ。降伏する、財産と命を保証してくれ」
トビアス伯爵は、デュラフォートの領主だ。シャルミールから北西に当たる比較的小さな州である。ヴェルナーが彼の降伏を認めたのは、無血開城が出来ると思ったからだ。
「この期に及んで財産か。デュラフォートの開城が出来たら命は保障しよう」
「わ、わかった。せ、せめて財産の一部だけも保障してもらえないか?」
ヴェルナーはため息をついた。降伏すると言ってから色々と条件を付けて来る、厚かましい奴だ。
「その辺りの話は、ミラ侯爵とするんだな。俺に決定権はない」
「な、頼む!なんとか口利きしてくれないか?」
ヴェルナーはその貴族の執着に気持ち悪さを感じた。部下がこれだけ周りで死んでいる戦場で、自分だけは降伏して命乞い、そのうえ財産まで補償しろという。
「これ以上ごちゃごちゃ言うなら、今この場で首を刎ねるぞ?」
ヴェルナーが首元に剣を突きつけると、トビアスは押し黙った。
「将軍・・・・・・トビアス伯爵は降伏したそうです」
「・・・・・・そうか」
じっと、様子を見守っていたジョゼ将軍率いる左翼軍がその報告を受けたのは、トビアス軍が壊滅して随分経ってからのことだった。
「少なくとも、あの岩地には入ってはいけないだろうな。見通しが悪い地形だ。何があったかわからんが、伏兵でも仕込んでいたのだろう」
「『魔女の騎士団』・・・・・・敵に回すと、相当手強いですね」
「厄介な相手だよ、出来れば戦いたくない」
「我々はどうしますか?」
「何もしないというわけにもいかんだろうな。やる気がないと思われてもマズいだろ」
ジョゼはそう言ったものの、罠を恐れた将軍は積極的な攻めは展開しなかった。翌日もその翌日も小競り合いが起こるだけで、ジョゼの軍とヴェルナー・ガストン連合軍は膠着状態になっていく。
一方、西のアルル城を攻略中のリヒャルト・ミラ連合軍は、突貫で進めた築堤工事がほぼ終了していた。これにはふたつの要因がある。ひとつはベルトルトの緻密な計算で必要最低限の工事で終われたこと、もうひとつは、当初予想されたより堤の高さが必要でなかったことだ。加えて部隊長たちの驚異的な身体能力もあった。
そのなかでもひと際大きな働きをしているのがガルダだ。ガルダ・シュミットは髪は短く刈り上げてあり、身長が高く身体も大きい。服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉は他を威圧するに十分な迫力だ。戦斧の使い手だけど、元々は大剣で戦っているスタイルだったらしい。集団戦で最も力を発揮するために戦斧に切り替えたという話だ。とにかく圧倒的なパワーでなぎ倒していくタイプである。性格は直情的な傾向があって、カッとなると突っ込んでしまうところがあるが、活躍する適切な場所さえ与えてやれば突破力を大いに活かせることができると僕は評価していた。
エディエンヌ川を支える堤防に近づくと、ガルダは戦斧に込めたオーラで破壊する。決壊した堤防からは、川の水が勢いよくドッと入り込んで来た。先日から続いた雨で、川の水の流量は多い。水はすり鉢状に低くなっている地形にどんどんと流れ込み、あっという間にアルたちが築いた堤が半分以上水の底に沈んでいった。
それを苦々しい目で見ていたのは、マクシミリアン公爵の弟リュシアンである。ローレンツとシャルミールの兵たちが、堤を築くために工事をしていたのはもちろん知っていた。しかし、それを知りながらもリュシアンたちは妨害することが出来なかった。アルル城の最大の利点は弱点でもある。それは外部との往来が一カ所に絞られてしまっていること。これが災いした。城門前を塞がれてしまうことで、打って出ることも出来ない。小舟でひっそりと夜襲も仕掛けたが、数が足らずすべて返り討ちにされてしまった。リュシアンは拳をぐっと固く握る。
「逐一、被害を報告せよ」
アルル城の周りには人工的に島が築かれている。通常はそこへ兵糧を保管しておくのだが、リュシアンは築堤が始まると兵糧を全て城内に運び込んでいた。だからといって安心というわけではない。この城は水自体が防壁の役割を果たしていたので、高く作られていない。兵糧を城内に入れておいたとしても、城ごと沈んでしまえば意味がない。そもそも水という障壁を逆手に取られて、水攻めをされるなど想定されていなかった。
「北の島、水没しました」
「南の島、水没です」
「西もダメです」
水位はみるみるうちに上がっていく。城門前の島はもちろん、ギュンターやジャンが渡った橋も水没していく。やがて、慌ただしく階段を登って来た兵士の報告がリュシアンの戦意を砕いた。
「リュ、リュシアンさま!1階が水没しました。兵糧は全てダメです。兵糧を慌てて2階に運ぼうとした兵士も何人か巻き添えになりました」
「くっ・・・・・・」
しばらくしてもうひとりの兵士が上がってくる。
「リュシアンさま、ダメです!2階にもかなり水が上がってます!」
「リュシアンさま・・・・・・」
リュシアンは拳を固く握りしめたまま物見の部隊長のサンドルに尋ねる。
「援軍は見えないんだな?」
「残念ながら・・・・・・」
力なく答えたサンドルの答えを聞いて、固く握りしめていた拳は力を失った。大きく溜め息を吐いて、窓の下に目をやる。眼下には大量の水に押し流された物資と人、そしてその向こうにはローレンツとミラの軍がひしめき合っていた。
「ここでの戦闘は終わった。流されて来る者は助けるんだ!無抵抗の者は殺してはダメだ」
僕は軍にこれを徹底し、水に押し流された兵士たちを接収した舟で救助していった。物資を守ろうとして一緒に流された者や、逃げ遅れた者たちである。彼らは水との格闘で疲れ果て、もう抵抗する気力すらなかった。
「アルくん!アルル城の城壁を見て」
エルザが叫んで指を差した方向を見ると、アルル城の城壁には白旗が上がっていた。それを見て、僕はホッと息を吐いた。今回の一番の難所は、アルル城を如何に短期間で落とせるかにかかっていた。時間を掛け過ぎればレバッハが落ちてしまう。そうなれば最悪、挟撃されるのはこちら側になっていたからだ。
「よし、これでアルル城は落ちた」
こうして、リュシアンは降伏し城を明け渡した。
その日のうちに早速、両軍は会談の場を設ける。アルとミラが城を制圧後、リュシアンのいる天幕に赴くと、両腕を後ろ手にして椅子に縛り付けられていた。
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