第11話 水攻め
ミラに命じられて、執事のシャルは風のように走り去っていった。そうこうしているうちに、角笛が鳴り城攻めが始まった。ジャンに率いられた1000の兵は一斉に橋を渡っていく。
他方、アルル城の城門も開き、こちらからも兵士がわらわらと出て来た。ジャンとギュンターが橋を渡り切り、島に着くとアルルの城兵は一斉に弓を放つ。兵士たちは盾を掲げて防御しながらも前進するが、城門と城壁の上からの矢の雨に加え、出撃した兵たちの斜め角度からの矢で次々と水に落ちていった。
「思ってたよりも城兵の数が多いかのぅ・・・・・・」
「1万以上はいる感じだね」
ミラの呟きに反応したアルだが、ミラの行動がどうしても気になってしまう。ミラはさっきからその辺の草をブチブチと抜きながら、じーっと見ている。よくわからないが、さっきので相当ストレスが溜まっているのかもしれない・・・・・・。
しばらくすると、ジャンとギュンターが島の出口まで辿り着くところまで来ていた。
ジャンだけでなく、ギュンターもオーラを展開して矢を一切寄せ付けない辺り、かなりの手練れなのだろう。彼らが出口付近まで来ると、城門からふたりの部隊長と思われる人間がジャンとギュンター目掛けて突っ込んだ。そこで激しい戦闘が始まった。敵の部隊長と思われるふたりは、うまく狭い地形を利用して連携を図りながら、攻め立てる。
一方でジャンとギュンターは、その辺りの連携は全くない。ないどころか、狭い地形が災いしてふたり分の戦うスペースが取れないため武器を存分に振るうことが出来ない。
「おいっ!さっき俺は仕事の邪魔はすんなって言ったよな?」
「おまえが俺の邪魔をしてるんだ!バカでかい薙刀をこんな狭い所で振るなっ!」
「おい、いい加減にしろよ若造っ。温厚な俺も戦い方まで文句言われるのは勘弁ならねぇ!」
遂にふたりとも、城門の兵を無視して今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気になってしまった。
「このたわけがぁぁっ!!!どっち向いて戦っとるんじゃ!」
ミラの怒りが爆発してる横で、僕は手で顔を覆って深いため息をついた。城門から出て来た部隊長たちは、ふたりの険悪な雰囲気に気付いたようで距離を取っている。戦う相手がいなくなったふたりの矛先はお互いに向いてしまった。お互いに向き合いピリピリとした雰囲気のなか、ギュンターとジャンが同時に動き出した瞬間だった。超高速で動いた影が、一瞬でふたりの間に割って入る。
「ハイ、そこまでです」
両の手に握られた剣先は、ふたりの喉元に突き付けられていた。
「うっ、シャル!邪魔すんなっ、俺は——」
ジャンがそこまで言いかけたとき、シャルからオーラが一気に噴出する。威圧するよ
うなオーラを出しながらも、シャルは笑顔でジャンに伝える。
「ジャン、ミラさまがお呼びです。私が言いたいこと、わかりますね?」
「・・・・・・チッ、わーったよ」
ジャンは仕方ないという手振りをして構えを解く。
「ギュンターさん、あなたもです」
「わ、わかりました・・・・・・」
ギュンターは喉元に剣先を突きつけられて、一気に血の気を抜かれたような気がした。それほどにシャルの動きとオーラは他を圧倒していた。シャルの仲裁、というよりは、オーラに気圧されてジャンとギュンターは互いに矛を収めて兵を退くに至る。ジャンが散々ミラに説教されてる間に、リヒャルトもギュンターと話をした。
「ギュンター、いつも冷静な君が戦場であんな失態を犯すなんて・・・・・・」
「申し訳ございません。私は・・・・・・いえ、なんでもありません」
「リヒャルト伯爵、ちょっと良いじゃろうか?」
リヒャルトが話しているとミラから声が掛かり、僕を含めた3人でしばらく話していた。そして、ミラはジャンを引き連れギュンターと同じ場所に座らせる。ジャンがギュンターの隣に座ると、ミラはふたりに刑の執行を伝えた。
「良いか、ふたりとも。どんな理由があるにせよ戦場での規律は規律じゃ。規律を乱す者はどんな者であっても許されることではない。従って罰は受けてもらう、棒打ちの刑じゃ」
ジャンとギュンターは下を俯いたままだった。
刑の執行後、ジャンとギュンターは痛みに耐えながら同じ場所で転がっていると、ジャンが気まずそうにぼそぼそと話し始めた。
「若いの。その、悪かったな。あの後散々お嬢に叱られちまった」
ギュンターは、黙って背中越しに聞いていた。
「俺はな、元々ヤバイ仕事専門に請け負う殺し屋みたいな稼業をやっててよ。ある時、仕事に失敗して逃げ回っていたら、お嬢とあの執事に助けられた。助ける代わりに仲間になれって、な。あんときゃ、助かりたい一心でふたつ返事で了承した。だが、本心ではどっかで利用して逃げてやるって思ってたんだ。だがな、こんな俺でもお嬢はいつでも真正面からぶつかって来やがる。それが、いつの間にか心地良くなっちまってな。つまり、何が言いたいかっていうと・・・・・・」
「いや、いい。おまえの言いたいことはわかった」
「そうかよ・・・・・・」
それからふたりの間に沈黙が流れたが、しばらくしてギュンターが口を開いた。
「・・・・・・俺もすまなかった。ついカッとなって子供じみた振る舞いをしてしまった。戦場ではあるまじき行為だ」
「・・・・・・お互い、良い主君を持ったな」
「・・・・・・ああ」
次の日、彼らが目覚めると朝から何やら騒がしい。ギュンターが身体の痛みにしかめっ面をしながら歩いていると、ベルトルトと話しているアルに会った。
「おはようございます、アル殿。昨日は申し訳ございませんでした」
「おはよう、ギュンター!昨夜はジャン将軍と和解出来たかい?」
棒打ちの刑の後、一緒の場所に寝かされたのはそのためだったのか。アルの何気ない一言でギュンターは今更ながらに気付かされた。
「ええ、おかげさまで。それよりこれは何の騒ぎです?」
アルル城の周辺では、数千人の兵士が土嚢袋に土を詰める作業に従事していた。
「見ての通りだよ、築堤をしているんだ」
「水攻め・・・・・・時間が掛かりませんか?」
ギュンターの質問には建築士のベルトルトが答えた。
「南側に傾斜しているので南側だけに堤を造るんです。主堤は300トゥルクほどで済みます。あとは副堤を低く囲うだけです。工期は四日と見ていたんですが、このペースなら3日でいけそうです」
「水が障害になっているから、いっそのこと水を武器にしようと思ってね」
アルル城の南側は、既に土嚢が積みあがってきている。城の建っている地形はすり鉢状になっているため、すぐ傍を流れるエディエンヌ川の堤防を決壊させて一気に水を放出させれば、城は沈んでしまうというわけだ。そう、僕が考えてるのは秀吉の得意技だった高松城のような水攻めだ。
「あの、アル殿」
兵士たちが土嚢を積み上げているのを横目に、ギュンターは昨日からどうしても気になっていることを考えていた。昨日は自分の失態でそのことをアルスに話す余裕などなかった。だが、ジャンとも和解出来た今は、頭も明瞭に働く。気になっていたことをアルスにぶつけてみた。
「昨日、私がジャン将軍と一触即発のところにシャル殿が仲裁に入りました」
「うん、見てたよ」
「彼はいったい何者なんでしょうか?私はミラさまの執事だと伺っていたのですが」
「それが、僕もわからないんだよね。まぁ、いずれにしても普通の執事じゃないことは確かだよ。それに、ミラの護衛も務めてるぐらいだから、個人的な戦技も相当のものだと思うけどね」
「すみません、詮索するようなつもりはなかったのですが」
「いやいや、気にしないで」
執事だと言っておきながら、最前線で戦う将軍以上の戦技を披露されたら誰だって気になるのは仕方ない。そうは言っても彼はミラの忠実な執事だ。とりあえず、今はそれで十分だ。それ以上のことをミラも彼に求めていないし、詮索もしていない。いずれわかることがあるにせよ、僕としては見守るしかないと思ってる。
東のレバッハの背後を突いたヴェルナーたちは、その晩は岩地まで後退していた。レバッハ周辺は岩地と丘陵地帯が広がっている。断続的に降っていた雨も次第に止み、ヴェルナーとエミールはガストンと今後の戦い方について話し合っていた。奇襲攻撃を受けたレーヘ軍は、レバッハ城を包囲していた一部を奇襲部隊の対応に当たらせている。
その数1万。率いるのはトビアス伯爵5000、マクシミリアン公爵麾下の将軍ジョゼ・フィリア5000である。彼らは横陣を敷き、右翼にトビアス伯爵、左翼にジョゼ将軍という布陣だ。奇襲攻撃直後に、ユベール部隊長率いる重装騎兵を打ち破ったミラ連合軍の士気は高かった。そうはいっても相手は5万近くもいる大軍である。兵士たちも酒盛りをする気分にはなれなかった。
「我々の前方で兵を率いているのは、トビアス伯爵とジョゼ将軍のふたりだが。最近は軍の指揮系統がうまく機能していない」
「どういうことだ?」
ガストンが言ったことに、ヴェルナーはすぐに反応する。
「レーヘの貴族は戦場に出ても兵を出すだけだ。実際の戦闘指揮は軍の組織が担うことになってる。たとえば、マクシミリアン公爵麾下にはふたりの将軍がいるが、彼らが戦闘指揮を取ることになるのが普通だ」
「そうだな。だが、それがどう関係するんだ?」
ヴェルナーが尋ねると、ガストンは盤上の駒をじっと見つめながら説明を始めた。
「最初に奇襲攻撃をした軍はトビアス伯爵の軍だ。あそこは将を用いずに伯爵自ら軍を率いている。貴族はもちろん用兵の知識もあるだろうが、それはあくまで机上の話だ」
「つまり、狙い目はトビアス伯爵というわけですか。でも、なんでなんです?」
エミールが沸かしてきたお茶を、並べられたコップに淹れながら尋ねる。
「そもそもそういった制度を破ったのは現国王のラザールだ。奴も最初は将に軍を任せていたが、敗戦するたび二回に一回は死刑にする。そのうち怖がって誰も王の軍を預からなくなった。それ以後は自分で率いるようになったってわけだ。貴族についてはわからんがな」
「では、ミラ侯爵はどうなんですか?」
「ミラさまは他の貴族どもとは根本的に違う。俺のような者も使うが、自分で軍を率いることもある。そして何よりあの方は政治だけでない、軍略の才もある」
ガストンは新参のエミールやヴェルナーより昔から公爵家に仕えている将軍である。国内の腐敗した王政に対する想いは人一倍強い。それゆえにミラ侯爵のような型破りな主君に対する期待も大きかった。ガストンはエミールが淹れたお茶をチビチビと飲んで、ほーっと息を吐く。ゴツイ身体をして、案外猫舌なのかもしれない、などとヴェルナーは思いながらそれとは別の感想を口に出した。
「随分ミラ侯爵のことを買っているのだな」
「そうだな。この国にはラザールに不満を持つ者が多い。あの方は変人だとか魔女だとか色々言われちゃいるが、不満を持つ者の代弁者となってくださってるのも事実だ。そして決して折れることのない精神を持っている。ついていく者たちは皆あの方を慕っている」
「『魔女の騎士団』の強さの秘密を垣間見た気がするな」
それを聞いてガストンは愉快そうに笑った。
「ところで明日の作戦なんだが、アルから俺に託された作戦がある」
ガストンがアルから預かった策は、レーヘ軍を釣り出すことだった。ヴェルナーたちの南には大きい岩がゴロゴロ転がっている地帯である。岩と岩の間であれば軍は横に広がることは出来ない。岩地の前に布陣して攻め込んでくれば重装騎士団で囲んでしまうということだった。僕が示した策をガストンとヴェルナーが現地に合わせて、さらにブラッシュアップすることで、ようやく作戦が決まる。
明け方になると、3人は地形を見ながら確認した。岩地の奥は入り組んでおり、見通しが悪い。伏兵をするには絶好の場所である。そして、ヴェルナーとエミール率いる2000は岩地を背に陣を敷いた。
「トビアス伯爵、ローレンツ軍は横陣を敷いています。どういたしますか?」
「昨日は奇襲で散々やられたからな、やり返さねば気が済まん!あの魔女め、我々を裏切ってローレンツと手を組むとは」
「隣のジョゼ将軍には伝えましょうか?」
「良いわ、私が動けば勝手に動くだろう。そもそもあそこはマクシミリアン公爵の部隊だしな。まずは、敵の反応を伺いながら我が軍が攻撃を仕掛けるとしよう」
トビアス伯爵が前進の号令を掛けると、ゆっくりと動き始める。半ばの距離まで進むも、左翼を担うジョゼ将軍は全く動く気配がなかった。
「ジョゼ将軍は動く気はないようですね」
「所詮は雇われ者よ。損害を出して公爵にその責を問われるのが嫌なのかもしれん。
構わず我々は前進するぞ」
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