カフェナンバーにて

ハナビシトモエ

夜の休息

 うろこ雲の漂う。やっときた秋は酷暑が無かったかのように肌寒くなった。受験生の僕にとっては共通テストも僕は寿命と呼ぶようにしている。

 今日も放課後は予備校で行きたい大学も無い僕はただ予備校の先生が言う国公立を標的に定めている。


 遅くなるのは分かっていて、両親はご飯を用意して寝床の準備をしているが、何かのタイミングが悪いと自宅マンションの隣にある喫茶店ナンバーで食事を摂ることになる。おそらく僕が気にしないように深夜までやっていると言っているが、僕が入店したら準備中にするので、気を遣ってくれていることはひしひしと感じる。


「今日もお疲れ様」

 笑顔で迎えてくれるのは地元公立大学に進んだ三回生のオサムさん。物静かな人で大きな振る舞いはせず、僕がいるといつも何かを考えている風である。

 

 前までその度に申し訳ない気持ちになったのものだが、オサムさんが「僕の問題だから気にしないで」と言ってくれた。それからあまり気にしないようにしている。



「今日もすみません」


「偉いよ」

 そう言って、子どもみたいに撫ぜてくる。


「今日はどんな気分?」


「いつも悪いです」

 オサムさんは冷えている料理では元気が出ないからと、帰って来てから作ってくてる。


「手のかからないもので」

 と、いつもいうのだが、オムライスとムニエルを提案されて、ムニエルを選択した。


 オムライスが重いというわけではない、現にオムライスはめちゃくちゃ美味しいのだが、バターの効いて薄い衣がついたムニエルが食べたかった。



「その間、ワークしておきます」


「出来たら声かけるよ」


 奥に引っ込んだオサムさんを見送って、僕は学校であったことを頭に巡らせた。



 今日は体育でソフトボールをした。内野で素早い送球は無理だと判断されてライトに置かれた。確かに早い球は追えないが、高い球も追えない。僕は走らないと分が悪いように思えて、軽く走ってグラウンドの外へ出た。


 やっと追いついたのに狙っているのかどんどんライトにボールが飛んできて途方にくれた。ソフトボールが六球溜まったところで追撃は止んだ。


 どこかにカゴがないものかと探していると真っ赤な椿が咲いていた。


 ボールなんてどうにでもなるような鮮やかな色をしていたのだ。



「おーい、山下。ボール早く」

 打っておいて何が早くだ。


「六球は無理だ」

 そう叫び返すとグラウンドの奥にクラスメイトが増援を呼びに行った。



 後で椿の花言葉を調べて、オサムさんがぴったりだと思えた。控えめな優しさ。それを越えた包容力にいつも頭が下がる。



「サトシくん、今日はお疲れ?」

 カウンターに湯気の立ったムニエルが乗っていた。勉強が進んでいないところを見てそう思われたのだろう。確かに今日は疲れている。


「いえ、いただきます」

 目の前のものを片付けて、僕はムニエルを待った。


「ごめんね。ご飯は冷たいやつしかなかったよ」


「いつもありがとうございます。いやー、オサムさんに飼われたいな」

 サトシくん、何を言っているんやいバシッという突っ込みを待った。いつまでたっても突っ込みの返事が来ない。オサムさんを見上げると腕を組んで宙を向いていた。



「あの、今のはその」


「ボケに引っ掛かっけてどんな反応するか見たかっただけ」

 そうっすよね。まぁいいんですけど。


「食後は珈琲? 紅茶?」


「珈琲で」


「じゃ、僕も珈琲で」

 珈琲をいれに行ったオサムさんを振り切るように僕はワークを広げようとした。忘れろ忘れろ。


 ボケて引っかかっただけじゃないか、相手が上手でいなされただけだ。何もない、椿の花言葉なんて何もない。何も無いんだ。


 今日、椿の花言葉を見て、胸が温かくなったのは憧れだ。僕の幼稚な憧れに決まっている。理想の愛、子どもが絶対叶わない対象として人妻に疑似恋愛するのと同じだ。絶対にそうだ。

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