第2話 15歳の頃へ

「……ん?」


 目が覚めると、知らない天井があった。

 純白の美しい天井、よく見ると蛍光灯も付いている。何故だか、少し懐かしさを覚える。


 少しして、自分が寝ていることに気づいた。

 どうやら、少し硬いベッドで寝ていたらしい。ダンジョン攻略中は硬い床の上で寝ていた為、決して文句は言わないが。


 身体を起こす。

 そこは──


「……どこだ、ここは」


 右側には、大きな窓。

 左側には、大きなカーテン。

 俺のすぐ近くに、小さなテレビと台がある。

 察するに、俺は病院にいるのだろう。


 視線を下に向けると、失ったハズの右腕と下半身が再生している。何故かヒョロくなっているが、大した問題ではないな。


「ここは……あの世か? それにしては、随分と現実的だな」


 窓の外には、囀る小鳥とざわめく木々、そして大きく広がる青空が見える。確かに美しくはあるが、想像していた天国とはかけ離れている。


 天使もいなければ、悪魔もいない。

 三途の川は渡らず、閻魔大王にも謁見していない。本当にここはあの世、なのだろうか?


「確実に死んだから、あの世……なんだろうけどな。イメージとかけ離れすぎているな」


 とりあえず、辺りを観察してみよう。

 そう思い、ベッドから出ようと──


「起きたか、新藤蓮也しんどうれんやァ!!」


「まったく、屋上から落ちた程度で大怪我を負うなんて、情けないねェ!!」


杉本すぎもと君だったら、平気で耐えたぞ? これだから陰キャはダメなんだよなァ!!」


 ガラッと扉の開く音と共に、3人の男が俺のベッドの前に立ち塞がる。2度と会いたくなかった、忌々しい彼らが。


「……どうやら、ここは地獄らしい」


 ため息を吐く。

 人類を救えなかった、罰なのだろうか。

 ゾグアスに敗北した、罪なのだろうか。


 何にせよ、最悪だ。

 中学時代に、俺をイジメてきたヤツらに会うなんて。それも中学時代の姿で。


「あ゛? なんか言ったか?」


 眉間に青筋を浮かべて、怒りの表情を浮かべるのは……俺の大嫌いな男。

 彼の名は杉本守樹すぎもともとき。かつて俺を散々イジメてきた、邪悪の化身だ。


 中学生としてはかなりガタイが良く、身長も180センチとデカい。髪は茶色く染めており、顔付きはまるで悪魔のよう。

 

 彼と同じクラスに配属されて1週間、俺は運の悪いことにイジメのターゲットになってしまった。理由はわからないが、連日連夜イジメられることとなってしまったのだ。


「陰キャはブツブツと話すからキモイねぇ!」


「同じ男として、哀れだなぁ!!」


 杉本の後ろで嘲笑してくるのは、彼の腰巾着2人だ。名前は伊沢勇気いさわゆうき遠智勇太おちゆうた。2人とも杉本に媚を売る、情けない金魚の糞だ。


 地獄行きを下したヤツも、性格が悪い。

 拷問する鬼を、こんな姿にするなんて。

 俺の人生史上一番のトラウマである、彼らの姿にするなんて。


「……いや、なんでもない。ほら、拷問をするんだろ?」


「……は?」


「こいつ、どうしたのかなァ?」


「頭を打って、壊れたんじゃないか?」


 なんだ、その反応は。

 拷問するんだったら、さっさとしてくれ。


「焦らすな、ほら──ぐッ!?」


 刹那、頭痛が走る。

 同時に、脳内に記憶が流れる。

 彼らに屋上から突き落とされた、度し難い記憶が流れてくる。記憶の奥底に封じた、2度と思い出したくなかった記憶が流れてしまう。


 2010年4月9日、俺は屋上に呼び出された。

 そして、いつものように、杉本たちから暴行を与えられた。いつも通りだったら、それで終わるハズだった。


 その後、俺は杉本から屋上から飛び降りるように、言われた。当然断ったが、杉本は俺を蹴り飛ばして……屋上から突き落とした。


 その後、地面に墜落した俺は、幸いにも軽い切り傷のみで済んだ。だが一歩間違えれば死んでいたかもしれないという事実は、俺の心に深い傷を刻んだ。


 その日以降、俺は引きこもるようになった。

 そして高校にも進学せず、30歳までアルバイトで食い繋ぐ生活を送ることとなったのだ。


「……今のは?」


 あまりにも鮮明な記憶だった。

 まるでほんの数日前に体験したような、そんな鮮明な記憶だった。


「……え?」


 ふとテレビ台の上にある、小さな電子時計に視線を送る。そこには──


「2010年4月13日、だと……?」


 21年前の、本日の日付が記されていた。

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