第2話
悲鳴は夜の静寂を切り裂き、木々のざわめきにかき消されていく。明彦は、背後から迫る金属音と村人たちの低い唸りを背に受けながら、明日香の手を引いて闇の中を駆け抜けた。足元は悪く、何度もつまずきそうになるが、振り返る余裕はない。仮面を被った村人たちの赤い光だけが、執拗に二人を追いかけてくる。
「あっちだ!」
わずかに開けた獣道を見つけた明彦が叫んだ。
明日香は息を切らしながらも、必死に後を追う。
茨の枝が肌を引っ掻き、呼吸は肺を焼くように熱い。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。あの村に戻れば、何が待ち受けているかわからない。ただ、友好的な笑顔の裏に隠された狂気だけは、肌で感じ取っていた。
どれだけ走っただろうか。背後の追っ手の気配は、徐々に遠のいているようだった。しかし、安心するにはまだ早い。見慣れない山の中、どこへ向かっているのかもわからない。
やがて、二人は小さな東屋のような場所にたどり着き、力尽きてその場に倒れ込んだ。肩で息をしながら、周囲を警戒する。月明かりが木々の間から漏れ、影を地面に作り出している。
「大丈夫…ですか、先輩?」
明日香が掠れた声で尋ねた。明彦は頷き、彼女の顔を覗き込む。恐怖で青ざめ、額には汗が滲んでいる。
「なんとか…でも、油断はできない。あの村人たちが、どこまで追ってくるか…」
静寂が二人を包む。聞こえるのは、自分たちの荒い息遣いと、虫の音だけだ。しかし、その静けさこそが、逆に不気味さを際立たせていた。まるで、何かが潜んで、次の瞬間を窺っているかのようだ。
「あの『御首様』…一体、何なんでしょうか」
明日香が震える声で呟いた。
「わからない。でも、ただの守り神じゃないのは確かだ。あの村全体の異様な雰囲気…あれは、正常じゃない」
明彦は、宿で見た仮面を被った村人たちの儀式を思い出していた。金属の音、人形に囁く声、そして、仮面の奥の冷たい眼差し。あれは、外部の人間には決して見られてはならないものだったのだろう。だからこそ、彼らは二人を追いかけてきたのだ。
夜が明け始めた。空がゆっくりと白み始め、周囲の景色が明らかになってくる。鬱蒼とした木々、険しい岩肌。自分たちが、相当な山奥に迷い込んでいることがわかった。
「とりあえず、ここから移動しよう。明るくなれば、道もわかるかもしれない」
明彦はそう言うと、立ち上がった。明日香もそれに続く。二人は、来た道を戻るのではなく、さらに山奥へと進むことにした。あの村に近づくのは、あまりにも危険だった。
歩き始めて数時間。道なき道を彷徨い、二人の疲労は限界に近づいていた。食料も水もない。携帯電話は圏外のままだ。
その時、明彦はふと、昨日村を歩いている時に見かけた奇妙な石の物体を思い出した。道端に置かれていた、用途不明の奇妙な石の物体。あれは、単なる飾りではなかったのかもしれない。もしかしたら、村の境界を示すものだったり、あるいは……。
「明日香、少し休もう」
明彦はそう言って、開けた場所を見つけて腰を下ろした。
疲労困憊の明日香も、すぐに座り込んだ。
「先輩……私たちは、一体どうなるんでしょうか」
明日香の声には、絶望の色が滲んでいた。
「大丈夫だ。きっと、なんとかなる。こうして生きているんだから」
明彦は努めて明るく言ったが、内心では先の見えない不安に押しつぶされそうだった。
その時、二人の耳に、かすかな音が聞こえてきた。それは、金属の音だった。
しかし、昨夜よりも、明らかに近い。
顔を見合わせる二人。
音は、徐々に大きくなってくる。まるで、何かを探し求めるように、山の中に響き渡っている。
「隠れるぞ!」
明彦はそう言うと、明日香の手を引き、近くの茂みに身を潜めた。息を殺して、音のする方角を見つめる。
やがて、木々の間から、仮面を被った村人たちの姿が現れた。彼らは手に農具だけでなく、松明のようなものも持っている。そして、彼らが発しているのは、あの不気味な金属の音だった。
村人たちは、何かを探しているようだ。低い声で何かを話し合いながら、ゆっくりと移動していく。その仮面の奥の目は、獲物を求める獣のように赤く光っている。
二人は、茂みの中で身を縮こまらせ、彼らが通り過ぎるのをひたすら待った。心臓が激しく鼓動し、喉はカラカラに乾いている。
村人たちの姿が完全に消え去るまで、二人は微動だにできなかった。そして、ようやく顔を見合わせると、互いの目に深い恐怖の色が宿っていた。
「やっぱり、追ってきてる…」
明日香が呟いた。
「ああ。あの音…あれが、手がかりなのかもしれない」
明彦は、あの金属の音が、村人たちの動きと連動していることに気づいていた。まるで、音を頼りに、何かを探しているようだ。
「あの音がする方角とは、逆の方へ進もう」
明彦はそう言うと、再び立ち上がった。
明日香も、覚悟を決めたように頷いた。
二人は、音から遠ざかるように、さらに山奥へと足を進めた。果たして、この狂気の村から逃れる術はあるのだろうか。そして、あの奇妙な仮面奥に隠された秘密とは一体何なのか。
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