嗤う山百合の村

咲月ねむと

第1話

相楽明彦そうらあきひこは、窓の外に広がる景色に目を細めた。どこまでも続く山々、そして鬱蒼とした木々。目的地である「百合ヶ原村」は、地図アプリにも詳細が表示されない、まさに秘境といった場所だった。


「こんなところに、本当にテーマパークなんて作れるんですかね?」


隣の助手席で、後輩の桜庭明日香さくらばあすかが不安げな声を上げる。彼女の表情には、隠しきれない疲労の色が見える。


都心からおよそ車で揺られること数時間。携帯電話の電波はとうに途絶え、文明の利器は役に立たなくなっていた。


「まあ、視察だからな。どんな場所か、実際に見てみないと始まらない」


明彦は努めて明るく答えたが、内心では明日香と同じように感じていた。依頼主から渡された粗末な地図だけが頼りだったが、道は狭くなり、舗装すらされていない悪路が続いていた。


やがて、視界が開け、谷間に小さな集落が見えてきた。

数軒の古い家屋が寄り添うように建ち、中央にはひっそりとした神社がある。


百合ヶ原村。

看板の一つも見当たらない、ひっそりとした村だった。


車を村の中心らしき場所に停めると、数人の村人がこちらを訝しげな視線で見ていた。彼らの表情は一様に硬く、どこかよそ者を警戒しているようだった。


「こんにちは。私、相楽と申します。こちらのテーマパーク化計画の件で、視察に参りました」


明彦が声をかけると、村人たちは無言で顔を見合わせた。しばらくの沈黙の後、一人の年老いた男性がゆっくりと近づいてきた。


「ああ、お客人か。ようこそ、百合ヶ原へ」


年老いた男性の顔には深い皺が刻まれ、目は濁っていたが、口元だけが妙に緩んでいた。その笑顔は、親切というよりも、どこか底知れないものを感じさせた。


「わしは村長の源三というものだ。どうぞ、わが村をゆっくりと見ていってくだされ」


源三に促され、明彦と明日香は村の中を歩いて回った。古びた家々の壁には、見たことのない奇妙な模様が描かれ、道端には用途不明の 奇妙な石の物体が置かれている。村人たちは皆、明彦たちに視線を向けてくるが、誰も話しかけてこない。その沈黙が、二人をじわじわと不安にさせた。


神社の境内に入ると、さらに異様な光景が広がっていた。朽ちかけた鳥居の奥には、苔むした石段が続き、その先に小さな社が建っている。社の周りには、生首のような形をした 木の人形が無数に吊り下げられていた。


「あれ……なんですか?」


明日香が震える声で尋ねた。

源三はにこやかに答えた。


「ああ、あれは『御首様』じゃ。村の守り神様なのじゃ」


その説明を聞いても、明日香の恐怖は増すばかりだった。人の首を模した木の人形が、風に揺れながらカチカチと音を立てている。正気の沙汰とは思えなかった。


村を歩き回るうちに、明彦はいくつかの奇妙なことに気づいた。村人たちは皆、明彦と明日香に妙に親切なのだ。道案内をしてくれたり、お茶を勧めてくれたりするのだが、その笑顔の奥には冷たい何かが感じれる。まるで獲物を見定めるような視線が隠されているように感じた。


夜になり、源三の勧めで村の唯一の宿に泊まることになった。古くて薄暗い部屋で、二人は今日の出来事を振り返っていた。


「やっぱり、この村、おかしいですよ」


明日香は不安そうに言った。


「あの御首様もそうですし、村人たちの視線も……それに、誰も私たちのことを詳しく聞こうとしないんです。まるで、私たちがここに来ることを知っていたみたいに」


明彦も同じように感じていた。歓迎されているような、されていないような、曖昧で不気味な感覚。まるで、見えない渦の中にゆっくりと引き込まれているようだった。


その夜、明彦は奇妙な音で目を覚ました。

かすかな金属音が、遠くから聞こえてくる。耳を澄ますと、それは子守唄のような、低い振動を伴った音だった。

音に誘われるように部屋を出ると、廊下は薄暗く、 光源は見当たらない。音は階下から聞こえてくるようだ。


明彦は慎重に階段を下りた。

一階に降りると、広間には数人の村人が集まっていた。彼らは皆、 奇妙な仮面を被り、 丸いテーブルを取り囲むように座っている。テーブルの上には、 神社で見た御首様と同じような木の人形が置かれていた。


村人たちは、先ほどまで聞こえていた金属音を発しながら、人形に何かを囁いている。その光景は、まるで秘密の儀式を見ているようだった。


明彦は息を潜めて様子を窺っていたが、その時、一人の村人がゆっくりと顔を上げた。 仮面の奥の目は、 暗く冷たかった。そして、その目は、確かに明彦の方を向いていた。

恐怖に駆られた明彦は、急いで自室に戻り、明日香を起こした。


「早く!ここから逃げるぞ!」


二人は最小限の荷物だけを残し、宿を飛び出した。外はまだ暗く、月明かりだけが頼りだった。背後からは、先ほどの奇妙な金属音が、ゆっくりと近づいてくるのが聞こえた。


村の出口に向かって必死に走る二人。しかし、行く手には、いつの間にか村人たちが松明を持って立ちはだかっていた。彼らの仮面の奥の目は、赤く光り一片の優しさも感じられない。


「お客人、どこへ行くのじゃ?」


そこには源三が立っていた。

初めて会った時のような笑顔はもうない。


そして低い声で言った。


「せっかく来てくれたのに、そんなに急いで帰らなくてもよかろうに」


村人たちは、ゆっくりと、しかし確実に、二人を取り囲んでいく。彼らの手には、鎌や鉈といった農具が握られていた。


明彦は明日香の手を強く握り、覚悟を決める。

この村は、普通の場所ではない。彼らは友好的な顔の裏に、隠された狂気を抱えている。そして今、その狂気が牙を剥こうとしていたのだ。


「明日香、離れるなよ!」


明彦は叫び、迫りくる村人たちに向かって走り出した。


明日香も、恐怖に震えながらも、明彦の背を追った。


暗闇の中、悲鳴と奇妙な金属音が響き渡る。

月明かりの下で仮面を被った村人たちの影が不自然にに伸び縮みする。二人は、果たしてこの狂気の村から無事に脱出することができるのだろうか……。

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