⑫フローラの処刑-2-






(私の人生、何だったのかしら・・・?)


 権力のパワーバランスの為に公爵家か侯爵家に降嫁するか


 両国の結びつきの為に政略結婚するか


 王女として生を受けたのだから、それを当然と思っていたフローラはミントグリーン王国の駒として生きる覚悟を持っていた。


 だって、姉のアストライアーが幼子そのもので馬鹿だったから。


 アストライアーのせいで、妹である自分が王女としての責務を負う事になってしまったのだ。


 その自分が──・・・。


 敗戦国の王女であるが故に女奴隷としてカルロスの後宮に入った事


 大国の皇帝であるカルロスと側近達は『魔女の下僕になってしまった』と吟遊詩人に広められるレベルで暗君になってしまった事


 そんな男に仕える羽目になってしまった自分は間違いなく不幸以外の何者でもないと、フローラは己が歩んできた人生を振り返る。


(病が原因とはいえ、心が子供のまま成長してしまったお姉様は自分が死んだ事すら理解出来なかったのでしょうね・・・)


 考えようによっては、ミントグリーン王国がロードライト帝国の属国となった日に殺されたアストライアーは幸せだったのかも知れない。


(不思議ね。・・・・・・今になってお姉様を思い出すなんて)


 自分が姉と過ごした日々は皆無と言っても良かった。


 それなのに、アストライアーを思い出してしまうのか?


 フローラ自身も理由が分からないでいた。


(私の願いはただ一つ・・・)


 それは、エピメテスが帝位に就く事


(エピメテス!どうか、私の仇を!!)


 地下牢の粗末な木製のベッドに腰を下ろしているフローラは静かに瞳を閉じる──・・・。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ミストレインとアイドネウスがティフォーネから話を聞いた五日後


『本日は晴天なり』


『今日は絶好の洗濯日和』


 という言葉が相応しいくらいに、空には雲一つ浮いていない。


 天幕の下では豪華な椅子に腰を下ろしているカルロスは、主神・アイドネウスがフローラという女が命を落とす今日という日を、そしてロードライト帝国の繁栄を祝福しているかのようだと思いながら空を見上げる。


 そんなカルロスの前に膝の辺りまであった長い髪を顎まで切られてしまった、襤褸に身を包んだ女性が兵士達によって乱暴に引き摺られる。


「陛下・・・」


「罪人の分際で現人神であらせられる陛下のお姿を目にするのは畏れ多い!!」


「罪人であれば罪人らしく・・・虫けらのように這いつくばらぬか!!!」


「痛いっ!」


 皇帝の妃という立場にあった女性が落ちぶれた様は見ているだけで爽快な気分になるのか、兵士達はフローラを無理やり跪かせると、痛みで声を上げた彼女の頭を力づくで地面に押さえつける。


 庭園の中央にはギロチンと死刑執行人、天幕の下には豪華な椅子に腰を下ろしたカルロス、その隣にはカサンドラ、そんな二人を護るかのようにギュスターヴ、エンデュミオン、ゼフュロスが二人の傍に控えながら落ちるところまで落ちてしまったフローラを見て嘲笑う。


 そんな五人とは対照的にメンタルがあの店で売っているプリンよりも柔い攻略対象者共・・・ではなくカサンドラの下僕共の婚約者達と侍女達はというと、無実の罪で処刑されるフローラには自分達の力が足りずに彼女を救えなかったという無念を、全てを承知の上で皇子を産んだ妃の一人を殺そうとする彼等を心の底から蔑んでいる視線を向けていた。


「フローラ、我が愛しのカサンドラを傷つけた罪は死を以て贖うしかない。それに対して言い分はあるか?」


「・・・・・・いえ、ございません」


 自分が何を言ったところで、卑しい女を母に持つこの男は耳を傾けない事を知っているフローラは何の感情も籠っていない声で素っ気なく答えた。


「そういえば、言い残したい事がございました」


「言ってみよ」


 死にゆく者の足掻きと思ったのか、カルロスはフローラの言葉に耳を傾ける。


「陛下・・・いえ、史上稀に見る暗愚な皇帝!婚約者を蔑ろにしている愚か者達!そして私を陥れただけではなく愚か者達を誘惑し、民にも悪女と言わしめる女は間違いなく地獄に堕ちるでしょう!!」


 そして、暗君亡き後、我が子エピメテスが帝位を継ぐ日を私は天国で見守っています!!!


 言いたい事を言ったフローラは、ただ静かに己の死を待つ。


 そんなフローラを嘲笑うかのように、カルロスは残酷な一言を言い放った。


「エピメテスはもうこの世にはいない。つまり、お前よりも先に処刑したという事だ!!!」


「なっ!」


「「「「「!!」」」」」


 唯一の皇子を、しかも父親が息子を手に掛けたという事実にフローラの瞳が驚愕で見開く。


 その事実に驚いたのはフローラだけではない。


 マイアを含むフローラ付きの侍女達、メンタルがあの店で売っているプリンよりも柔い攻略対象者共・・・ではなくカサンドラの下僕共の婚約者であるエレクトラ達もカルロスが幼い我が子を殺したという残酷な所業に一言も発する事が出来ないでいるのだ。


「だが、安心しろ。今すぐお前をエピメテスの元に送ってやる」


 カルロスが手を挙げると、兵士達が我が子の死にショックを受けているフローラをギロチンに固定する。


「ロードライト帝国の皇帝の名において命じる!これより罪人フローラの処刑を執行する!!」


 皇帝の命令に従い死刑執行人が刃を落とそうとしたその時、雲一つなかった青空が雷雲に覆われ、雷鳴が轟きたい気を震わせる。


 天空を縦横無尽に走る稲妻は、ロードライト帝国を罰するかのように降り注ぐ。


 雨のように降り注いだ稲妻は建物を、町を破壊し、森を焼き尽くす。


 目の前で起こる惨事に人々は怒号を、悲鳴を上げながら、我先にと街の中を逃げ惑う。


「アイドネウス様が・・・」


「悪女に夢中になっている陛下に!」


「怒っているんだ!!」


 ついさっきまで晴れていたのに何の前触れもなく天変地異が起きたものだから、ロードライト帝国の民達は家に籠って主神であるアイドネウスに怒りを鎮めて欲しいと身体を震わせながら祈りを捧げる。


 それはフローラの処刑場となっている王宮の庭園、後宮でも同じだった。


 皇太后のバレンシアをはじめとする後宮の女達に、側室となった女性達の身の世話をする宦官、フローラの処刑に立ち合っている兵士達にエレクトラ達、そして攻略対象者共もアイドネウスに怒りを鎮めて貰うように祈りを捧げていた。


(この無数の稲妻は・・・え゛っ?アイドネウス?あんた、マジで性格の悪い貧乳ヒロインを嫁にしちゃうの!?)


(アイドネウス様があたしを娶る為だけに降臨したのだわ!!)


 恐怖で慄いている彼等とは対照的に、マイアはアストライアーではなくフローラが後宮に入ったという風に原作と異なる点があるとはいえ所詮はアイドネウスも脳内お花畑の攻略対象者だったかとショックを受け、カサンドラはヒロインの宿命で自分は女神になるのだと心の中で喜んでいた。


 様々な思いを抱える人間達の前に、天から降り注ぐ稲妻をものともせずに銀色の毛並みが美しい巨大なフェンリルと、フェンリルの背に乗った一人の女性が降臨する──・・・。







※稲妻はベネズエラのカタトゥンボの灯台をイメージしています。






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