第27話 ハインリヒ家


―――――三人称視点―――――



 レースケとエンデが揉めた少し後。



「父上えええええ!」



 取り巻きに支えられて逃げ帰るように家に帰って来たエンデ・ハインリヒは、すぐに自らの父親の元へと向かった。

 広い屋敷を走り、エンデの父――ケリー・ハインリヒの部屋へとたどり着く。


「父上!」


 バン、と扉を開ける。


 乱暴に扉を開けて自分の部屋へと入ってくるエンデを見て、ケリーはうっとおしそうに息子をにらみつけた。


「エンデ。誰の許しを得て私の部屋に入って来た? 私はまだ部屋に入る許しを出していないぞ」


「も、申し訳ありません父上!」


 ケリーが鋭くにらみつけると、エンデはビクリとからだを古させた。


「それで、どうしたというのだ。この私の部屋に許しなく入ってきて、私の時間を邪魔したのだ。くだらない用事だとしたら承知しないぞ」


「そ、そうなのです。父上。すぐにお耳に入れたいことが!」



 エンデは、今日会ったことを父親に話す。


 街で取り巻きと共にいたら貴族である自分に反抗的な平民に会ったこと。

 彼の態度をとがめたら、暴力を振るわれたこと。

 そしてその平民は、この街の領主であるグレン・オーリス伯爵の持つ家紋の入ったメダルを盗んだこと。


 それらをケリーに話す。

 自分に都合の悪いことは伏せ、それどころか都合のいいように脚色までしていた。

 

 そもそも先に失礼な態度をとったのはエンデの方だし、先に暴力をふるおうとしたのもエンデの方だ。

 まして、盗んだことに対しては証拠があるわけでもない。


 事実とは大分ことなる説明をしている。

 しかし彼の中では自分の語った内容こそが真実だった。


 よく注意して聞いていれば、エンデの説明におかしなことがあると分かるものだが……。



「なにぃ!? そのような平民がいたというのか!?」


 

 父であるケリーは気づくことはなかった。

 


「はい。父上。すべて事実です」


「まさかそんなことが……。貴族である我々に反抗的なだけでも度し難いのに、さらにはオーリス伯爵のメダルを盗むなどと……」


「私もなんとか取り返そうと努力をしました。あと一歩のところまで追い詰めたのですが、奴は私の仲間を人質に取るという姑息な手段を取り、一歩及ばず……! 取り逃がしてしまいました。申し訳ありません父上!」


 実際には人質に取られた仲間はいない。

 いたのはエンデのことを助けなかった取り巻きだ。


「ぐ……。我が息子ながらなんという。取り逃したことは失態だが、しかし相手から情報を引き出したことはよくやった。ここまでの情報を知れば、あとはギルドから情報を得れば、盗人の正体を看破することができる」


「はい。私のたくみな話術によって、相手の正体のヒントを得ることができました」



 実際には大した話術などつかってはいないのだが。

 しかし彼の中では自分の力で情報を得たことになっていた。

 しかもそれを自分でいう始末だった。


「さっそくギルドに行き盗人を調べに行くぞ。そして盗人の正体を明かした後は、我らハインリヒ家で罰を下してやるわ!」


「父上。オーリス伯爵にはこのことを報告しないのですか?」


 エンデは盗人の正体が明らかになったら、そのことをオーリス伯爵に報告するものだと思っていた。

 そうしたらオーリス伯爵は盗人の確保に動き、あの生意気な平民は己の詰みにふさわしい罰を受けるに違いないと考えたのだ。


 そして、メダルの窃盗犯の正体を看破したハインリヒ家の評価も上がる。

 もちろんその正体の看破のために存分に活躍したエンデの評価も大いに高くなるはず。


 オーリス伯爵に顔を覚えられるのはもちろん、褒章をもらう……いいや、ともすれば伯爵の娘の婚約者となる可能性すらある。


 そんな皮算用をエンデはしていた。



「ふっ。甘いなエンデよ」


 しかし、父であるケリーの考えはどうやら少し違うようだ。

 ケリーはエンデに対して語る。


「オーリス伯爵への報告は、盗人を我らで捕まえ罰を下した後でよい。下手人を明らかにしただけでは貴族としては二流。悪党を捕縛し制裁を与えてやっと一流なのだ。すべてを知った時には、既に悪は滅んでいた。それができるものこそが、一流の貴族と名乗るのにふさわしい」


「なるほど。さすがは父上!」


 話を聞き、エンデは尊敬のまなざしでケリーを見る。


 実はケリーがエンデに語った内容は、グレン・オーリスへの報告を後回しにした理由の真実ではない。


 ケリーとしては、盗人の正体が明らかになっただけでは手柄としては弱いと考えたのだ。

 だから盗人を自ら捕まえることで大きな手柄を得たいと考えた。

 メダルを取り戻せば、オーリス伯爵に多大な恩を売ることができる。


 そうすれば、ハインリヒ家は――ひいてはケリーは、オーリス伯爵に取り立てられ、右腕となることも夢ではない。

 

 降ってわいた出世のチャンスに、ケリーはほくそ笑んでいた。



 その後、ケリーは息子のエンデと私兵数十人を伴ってギルドへ赴いた。

  


「本日はどのような御用でしょうか?」


 大勢でギルドに押し寄せたケリーたちに、受付をしているミランダは尋ねる。


「ふむ。貴様のような下っ端に用はない。ギルドの代表を出してもらおうか」


「は、はい。かしこまりました……」


 その後、やって来たオーリスの街を担当しているギルド長がケリーたちに対応する。

 ケリー、エンデ、そして数人の護衛を奥へと通し、ギルド長は彼らに話を聞くことにした。


「先日どうやら領主殿の屋敷に仕事へ行った冒険者がいるらしいな。そいつの情報を教えてもらおうか」


「領主殿の屋敷に、と言いましても。確かに領主様より依頼を承りましたが、どの冒険者が仕事をしたのかの事情を申し上げることは出来かねます。こういった依頼に関する情報は、仕事をした冒険者本人、依頼者本人、あるいはギルドがある街の代表――この場合は領主様により正式な手続きを踏むことでしか他者に開陳されないのです。今回は依頼者が領主様ですので、冒険者本人か領主様より手続きを申し込む必要があります。なので貴方に情報を明かすことはできないのですよ」


「ほう? 情報を明かせないと。そこは君、なんとかしてくれたまえよ」


「そう言われましても……規則ですので」


「おいお前! 平民風情が、貴族である父上の言葉に反抗するのか!?」


 エンデが怒りながらギルド長に文句を言う。

 彼からすれば、平民は貴族の言うことをきいて当たり前。

 どのような理由だろうと、貴族の言葉に従わないのは不敬でありありえない行為なのだ。


「父上が望んでいるのだ。規則だか手続きだか何だか知らんが、さっさと俺たちに冒険者の情報を教えろ!」


「し、しかしこれは国の方針でして……。我々冒険者ギルドも破るわけにはいかないのです。しかも今回は依頼者が領主様とのことですので、なおさら軽率に情報を明かすわけにはいかず」


「情報を明かすわけにはいかない、か。それはこの俺がハインリヒ男爵家の当主、ケリー・ハインリヒと知っての言葉か?」


「誰であっても、正式な手続きがないこにはなんとも……。貴族様ということは、領主様の許可はとっているのですか?」


「もちろんとっているとも」


 ケリーは嘘をついた。

 許可など取っていない。


 そもそも領主であるグレンに何も報告をしていないのだから、許可などとっているわけもなかった。


 嘘をつくことになったが、ケリーは下手人を捕まえた後で許可を取ればいいだけだと考えている。


 順番が少し前後するだけ。

 だからこれは嘘ではなく方便だ。

 そうケリーは認識していた。



「ならば領主様より書状などを得ていられますか。それならばこちらも対応できます」


「ああ。書状な。うむ。それはまだない」


 もちろん、そんなものあるわけない。

 許可などとっていないのだから。


「そ、そうですか……。でしたら申し訳ありませんが、お力になることはできません」


「領主の許可はとっているのだぞ?」


「しかし、それを証明するものが――」


「くどい! 我らがメルティナ王国を構成する貴族のハインリヒ家! その当主ケリー・ハインリヒが語っているのだ! それこそがなによりの証拠である! それとももしや貴様、貴族の言葉を疑うのか!?」


「そ、それはっ……」


 貴族の立場は平民よりも上だ。

 その立場を持ち出されれば、ギルド長は困ることしかできなかった。


「それとも、こういった方法を用いねばいかんか?」


 護衛として部屋にきていた数人の私兵が剣を抜いてギルド長の首に突き付ける。


「な、ん……。たかが依頼の関係者に、ここまでするなんて」


「ふん。平民ごときがこの俺の言葉に反抗するからだ」


 ケリーは内心腹が立っていた。

 平民のギルド長が自身の言うことを聞かず、なかなか情報を明かさないからだ。


 なにが規則だ。

 そんなもの、破ったことを黙っていればそれでいいではないか。


 平民の癖に貴族に従わないばかりか、頭も固いなんて。

 どこまで無能なのかとケリーは腹が立つ。


 だからこうして実力行使にあたることにした。


「ここまでやってもわからない愚鈍な頭なら、そんなもの要らないな? ああ、貴様を斬った後はあの受付の女を斬ることにしよう。なに、平民がいくら死のうともどうでもよい。また新しく補充でもすればいいだけだからな」


「――! わかりました。情報を明かします。しかしこのことは、領主様に報告いたしますが、よろしいですね!?」


「もちろんだ」


 領主にこのことを報告すると言われても、ケリーは全く焦っていなかった。

 ギルド長の報告が領主のもとまで上がる頃には、すでにメダル窃盗の犯人を捕まえているときだろう。

 

 そのときはケリーはメダルを取り返し犯人を捕まえた立役者。

 多少のルール違反や強行手段は見逃してくれるに違いない。


 むしろ、そこまでして領主の役に立った果報者としてより好感を得る可能性すらある。


 ずいぶんと自分に都合の良い思考ではあるが、ケリーは大まじめにそう考えていた。


 ギルド長から領主の指名を受けた冒険者の名前とパーティの情報を聞く。

 

 男1人、女3人のパーティだ。


「父上。ならばその唯一の男が、俺の会ったメダル窃盗犯に違いありません」


「名前はレースケ。他に情報はないか?」


「確か、今日は荷物の配達の仕事をしています」


「ならば配達が終われば、このギルドに帰ってくるということか」


 ケリーはそう考える。


「これはいい。わざわざ宿を探す手間が減った」



「ふん! 冒険者のくせに荷物運びなど、軟弱者め!」


 ギルド長の言葉を聞いたエンデはそう罵倒する。

 それを聞いたケリーは確かにとうなずいき、エンデに同調する。


「冒険者というならば、街の外に出て魔物を狩ってこんか! 荷物運びなどというくだらない雑用をしていることからも、奴が碌に魔物を倒すこともできない弱者であることは必然」


「ええ。やはりそんな弱者に、伯爵がメダルなど渡すはずがない。あれはやはり盗んだものに違いない」


「思わぬところで証拠が手に入ったな」


 レースケが荷物運びをしていることは、メダルを盗んだ証拠にはならない。

 のだが、彼らがそんなまともな思考ができるはずもなかった。



「よし! では、このままギルドで待ち、レースケというけしからん盗人がここに来次第すぐに捕縛に動くぞ!」


「はい!」



 

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