第3話 スーパーハッカー

静かなマンションの一室。

壁一面に張り巡らされたコードとモニター。

机の上には3台のノートPCと、常時稼働中の手のひらサイズのドローン端末。


風間ミズキは、無言でキーボードを叩き続けていた。


——あの男の演説には、何かある。

そう感じたのは、直感ではなく、“ノイズの多さ”だった。


日向陣太郎。政治家。民衆の味方。若き改革者。

だがその演説周辺のデータだけ、妙にクリーンすぎた。

映像、音声、GPS、ネットの反応——作られた匂いがしていた。


だからドローンを飛ばした。

会場上空を、音もなく滑るように監視していた。


何かがあるとは思っていた。でも、あんなことになるとは——


「撃った……?」


ミズキのドローンカメラが捉えたのは、群衆の中で銃を構える男。

——佐倉仁。

かつてのヒーロー部の仲間。社会の闇に沈んだ男。


発砲。悲鳴。混乱。

そして——

顔が割れた。

「……マジで、いたの?」


冷たい汗が背を伝うのと、ほぼ同時だった。


ミズキのスマホが震えた。

画面に、見たことのないUIが強制表示された。


【作戦コード:β-77】

【対象:風間ミズキ】

【観測者ネットワーク接続完了】


「……は?」

ミズキはスマホを握りしめ、すぐさまノートPCを数台起動。

セキュリティを突破し、コードの出所を追う。

けれど、その正体は見えなかった。

まるで、“こっちの追跡を前提として設計された通信”だった。

「誰か……誰か…」


震える指で、ミズキはとある“古いリスト”を開いた。


佐倉仁、加納タケル、宍倉ケンイチ、柊カンナ、風間ミズキ。

バカみたいな作戦ノート。空想の兵器。

——でも、あれは全部“自分たちで作った”ものだった。


そして今、仁が“最初の一撃”を放った。


「……あたしだけ見てる場合じゃないか」


ミズキはトランシーバーを掘り出し、封じていた“通信回線”に接続を試みた。


「仁、聞こえていたら応答して────」。


──────────────


地下駐車場の奥。

そこだけ時間が止まったように静かな空間に、金属の足音が響いた。


「よっ!テロリスト」。


薄暗がりの中から現れたのは、小柄な女だった。

身長は160に届くかどうか。スラリとした体に、だぶついた黒のパーカー。

そのフードの下からは、黒髪に細い銀のメッシュが覗いている。


左耳には、コード付きのヘッドホンと、5つのピアス。

右手にはタブレット、左手には自作っぽい小型のリモコンデバイス。

スニーカーの側面には、ドローンを操作するためのポートらしきものが埋め込まれていた。


目つきは鋭く、ややタレ目気味。

その奥で光るのは、明らかに“人を信用していない者”の目。

最後に会ったのは十数年前。けれどどこか、昔の面影が残っていた。


「お前、変わってねえな」

「そっちは変わりすぎ。てか生きてんの奇跡」


言葉は冷たいが、笑みの隅には皮肉と少しだけ安堵の色。


背中のリュックは分厚く、ケーブルがところどころ垂れていた。

よく見ると、背面に収納型の小型ドローンが二基、ホルダーに固定されている。

機械を触る者の手だ。

ネイルも指輪もない。だがそれが、彼女の“武装”だった。


「迎えに来てやったんだから、感謝してよね仁。

巻き込まれたら責任取ってもらうよ?」


そう言って彼女はフードを深くかぶった。

光の下に出ることなく、ただ情報の海を味方にして戦う影のヒーロー——という設定の女。

それが、風間ミズキだった。


「取り敢えず部屋に来て」。


「────へ?」。

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