【1-4k】転生したら異世界の役人に私掠免状を渡されたけど、説明がガバガバすぎて不安しかない件
なんだっけ? 何かあったような、何か見たような……。
ああ、そうだ。転生したんだ。異世界に。
何か大事なことを思い出せない気もするけれど、妙に頭はスッキリしている。
「まぁいいか!」
そう思った瞬間、目の前の光景に違和感を覚えた。
まったく「まぁいいか」ではなかった。
「私は恋をしていない!」
「私の運命の人ではない!」
「私は職務以上の事はしない!!!」
そう叫びながら、目の前の女性が自分の頭をポカポカと木づちで叩いている。
……え? 何してるの、この人?
ポカッ!ポカッ!ポカン!
「あれ? 何しようとしてたんだっけ……?」
彼女は数秒考え、首を傾げた後、スッと立ち上がる。
「ま、いっか!」
いや、良くない。全然良くない。
しかし彼女は気にする素振りもなく、颯爽と襟を正し、まるで何事もなかったかのようにキリッとした表情で説明を始めた。
「私掠免状の付与について」
手元のボードに何かを書き込みながら、彼女は続ける。
「幸いなんだか、不幸なんだか分からないけれど、あなたのいた世界の人たちは異世界転生に慣れてるみたいね。だから大まかな説明は省くわ」
いやいや、慣れてるって何?
「先ほど情報をインストールした『オーグ』が翻訳や、あなたの世界との文化や風習の違いを補足してくれるはずよ。こんなふうにね」
*オーグ: 視覚野に割り込んで情報の補佐をしてくれる魔法。〈さらに詳細を表示しますか?〉
「ほら、こんな感じ。〈さらに詳細〉とかは時間があるときに開いてみて。意識するだけで大丈夫よ。あなたたちの言うところのwikipediaとか、狩りじゃないゲイム?のチュートリアル? みたいなものね。リンクをたどれば、いくらでも情報にアクセスできるわ。ただし、王国の魔法影響下のみね。あなたの世界でいうところの……ウィッフィー?みたいなものよ」
彼女は一瞬視線を右上にそらし、何かを検索したのだろうか? そして、恥ずかしそうに小声で呟いた。
「……ワイファイ、ね」
どうやらこの装備は標準的なものらしい。そして、転生者もそれなりにいるが、転生者文化にはあまり興味がないようだ。
「それと、公序良俗。要するにエログロみたいな見たくないものにはフィルターがかかるわ。モザイクだったり黒塗りだったり、フィルターレベルは自分で設定できるから調整してね」
なるほど。だから今の姿勢でも今はパンツが見えないのか。ほんとうに白い光る四角で魅惑の三角地帯が覆われている……いや、僕が裸なのに動じていない理由もそれか? いや待て、めっちゃ嫌そうな顔してる。眉間にしわ寄せて見下してる。
「さて、どこまで言ったかしら……そう、私掠免状ね。これは簡単に言えば、人の家のタンスや本棚を自由に探って、中の物を奪える権利よ」
「え!? ゲームの勇者が漁る、アレ!?」
「そうそう。なぜか一部の転生者にはそれで通じるのよね。まさにソレよ」
「壺とか割ったりも?」
「あ〜……」
彼女は面倒くさそうに、手に持ったペンのお尻で頭を掻いた。
「それは相手によるわね。市民の財産を破壊すれば公安局とかに復讐権を委託して、あなたに『相応の暴力』で仕返しするんじゃないかしら? 壺を奪うのは可能だけど、壊したいならその後に割るしかないわね。……みんなにナイショよ?」
いや、衝動的に壺を割ることはないと思うけど……。
「これは説明項目にはない、あくまで独り言だけど……人の家のものを盗まないほうがいいわよ?」
「いや、たぶんしませんけど?」
「いきなり玄関を開けて、家人の目の前で壺を高く掲げ、目の前で叩き割った転生者がいたけど……普通にボコられたわよ?」
……そりゃそうだ。
「まあ、辺境に生息するモンスターから奪える権利よね。王国内で奪うなら市民以外で、あなたより弱い相手か王国の市民権を取得してないモノたち、自由市民とかにしたらいいんじゃない?……あっ」
彼女は口を押さえた。
「今のは説明項目じゃなかったし、倫理的にアウトな発言だったわね。聞かなかったことに……いえ、ここから出ても誰にも言わないでくれる?」
急に弱気だぞ?
「あの……ほんとすいません。お願いします」
何もしていないのに、彼女が勝手に弱みを見せている。何も言わずに黙っていたら、さらに焦りだした。
「わ、わかりました……どうか、これで……」
彼女は私物入れから小さな袋を取り出した。
いきなり……お金!?
いや、違う。切手サイズの袋。分かりやすく言うなら……避妊具の袋に似ている。
「へへ……どうかコレで……貴族が使う混じりっけ無しの真っ白の上物です……トびますよ?」
……いや、金よりヤバいやつな気がする。
「なんていうか、僕が言うのもおかしいんだけど、その……記憶消去の木づちで忘れさせちゃえばよかったんじゃない?」
彼女の目が輝いた。なるほど!と、彼女は右手のグーを左手のパーに落とした。腑に落ちた納得のポーズ。それって異世界でも同じなんだ。ぼくらの世界でも日本語圏だけのような気がするけれども…
「いやっ! でも! 大丈夫! あなたはきっと誰にも言わない! そんな確信があるの! そうしたら……この場合、私が監査を迎えるまでの不安とやらかしてしまった失敗感を打ち消す方がいいわね!そうね!」
彼女は震えながら、木づちを高く掲げ、思い切り自分の額に振り下ろした。
ポカッ。
「……えっ?」
彼女は瞬きをし、ぽけっとした顔をした。
「あれ? 何しようとしてたんだっけ……?」
数秒考え、首を傾げて立ち上がる。
「ま、いっか!」
よくない!!!
目の前で記憶を消した彼女を見て、僕はこの世界のシステムに対し、深く深く恐れを抱いた。
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