【1-3k】彼らが奪える、その理由。

 目を開けると、浮かんでいたテトリスのような光る文字が……「読めた」。


 ――転生完了。


 冷たい汗が背筋を伝い、思わず自分を抱きかかえてうずくまる。動揺を落ち着かせようと深呼吸をしたその時、頭上から声が降ってきた。


 「ねぇ……キミ」


 はっとして顔を上げると、そこには長い髪の少女が立っていた。


 「さっき、パンツ見たでしょ?」




 「み…みてませんけど?」

 ぼくは目をそらせて答えた。


 「……」


 彼女は少し目を丸くし、眉をぴくりと動かした。しかしすぐに表情を戻し、咳払いをして言う。


 「いろいろ混乱もあるでしょうが、順を追って説明しますね」


 そう言いながら、指先で空間をなぞるような仕草をすると、目の前に光るウィンドウが開いた。そこには「ようこそ(あなたから見て)異世界へ」というタイトルと共に、びっしりと文字が並び、隙間を埋めるように簡単なイラストが添えられている。


 「あなたの文化圏で言うなら……これは異世界転生です」


 彼女の口調は淡々としていた。まるで決まりきった業務をこなしているかのような話しぶり。しかし、どこか言葉の端々に感情のにじみがある気がする。


 目が合うと、ほんの一瞬気まずそうに視線を逸らす。指先がせわしなく毛先を弄る。わざとらしく咳払いを挟む仕草。


 極めつけは、そっと横に座り、僕の右手を両手で挟み込んできたことだ。勝手に指を絡ませてくる。やわらかい。


 なんというか……


 ……もしかして。


 口にするのは野暮だった。周囲の空気が、彼女の熱い吐息が、そしてこの異様に、異常に近い距離感が、そう物語っている。


 くっきりとした二重の瞳は深く澄んだ青。宝石のように輝き、光を受けるたびにわずかに色彩を変える。見つめられるだけで吸い込まれそうなほど、意志の強さと優雅さを併せ持っていた。


 彼女の姿には神聖さを感じさせる品位があったが、その装いは実用的だった。くたびれた厚手のシャツの上から、細身のシルエットを引き立てる茶色の革のベストを着ている。タイトな膝丈スカートが足のラインを美しく強調し、腰には飾りと身分証らしき装飾品が揺れていた。そして、それらを包み込むように羽織った白いローブの縁には、格式を思わせる緑色の装飾が施されている。


気まずさからつい、逸らせた視線を彼女の顔に戻す。艶っぽく水気を含んだ唇から吐息がもれる。ハァハァという吐息はなんというかもう…うるんだ瞳、開いた瞳孔がこちらをじっと見つめている。


 なんというか…


 「もしかして、ぼくのこと、すきだったりする?」


 そんな彼女が、ぎゅっと僕の手を握ったまま、じっとこちらを見つめている。


 「ち、違います!」


 即答だった。しかし、耳まで真っ赤になっているのが丸わかりだ。違うわけがない。恥ずかしさのあまりつい手を振りほどいた。


 彼女は少しシュンとした顔で口をとがらせて言う

「あのね、これは仕事なの。私はあなたを召喚するよう命じられて、それを遂行しただけ。だから、そんな個人的な感情なんて――」


 言葉が尻すぼみになる。そして、ついに観念したように顔を伏せ、小さく呟いた。


 「……なのに、運命なんだもん……」


 その声は、拍子抜けするほど情けなかった。




 彼女はバツが悪そうに指先をもじもじさせ、ちらちらとこちらを伺う。


 「いや……その……嫌な気持ちはしないけど…… ちょっと怖い…」


 彼女の表情がピタリと固まる。


 「あ」


彼女はサッと離れると、踵を返して壁に向かう。壁には黄色い看板に黒字で「処置用」と書いてある。今なら読める「処理用」 え、なにそれこわい。


そいうえば、ここには窓もドアも無い。どうやってここに入ったんだろう。どうやってここから出るのだろう。




「そうそう、キミ。いや、名前は ケンだったわね、もういちど聞くけれど…」


彼女は「処置用」のに掛かった道具を選びながら背を向けて優しく尋ねる。


「処置用」の道具だろうか、左からパンを伸ばすような木の棒、中くらいの木づち、大きいゴルフドライバーみたいな金属製のハンマー。



「わたしの パンツ、みましたよね?」


「いや、ぜんぜんみてませんけども?」


ぼくは即答した。


「私のコレクションの中で、一番高級で、セクシーでなの見れて、もう大興奮でメロメロでしたよね?」

「いえ。ぜんぜん。見てませんし。メロメロでもありませんし、セクシーとはとても言えないものでしたし」


「は?いつかの為にとっておいたとっておきだったんですけど!?」


彼女はこちらを見ずに肩をワナワナさせて呟く「どうやら転生体は非協力的なようです、回答に信頼がおけません。レベル3の記憶矯正器の使用を申請します」と、ぶつぶつ何か言いながら、ゴルフドライバーを手に取った。


「いや!見てないよ!見てないけども、タイツじゃなくてニーソックスみたいなやつにガーダーみたいなので留めてたんだな!って思ったよ!!」

「…申請を取り消します。転生体は協力的なようです。…で す が ! 素直ではなさそうなので、思考矯正器の使用を申請します。」

そう誰かに伝えたのだろう、彼女は一番左の木の棒を手に取ろうとした。


「白!白です!! 実際そんな場面に遭遇することは無かったけど、ああ、布だなーってくらいの感覚で自分にびっくりでガッカリしたよ! それはそれとして視線が外せないのが自分でも驚きだったけどね!!!」


 「ラッキースケベでメロメロ!でしたよね!わたしに!!」彼女はすごみをつけてニコヤカに言った。 ぼくは正直に答えた。

 「いえ!本当に、知らない女のたかが布でした!」


彼女は真ん中の木づちを手に取りにこやかに素振りをした。


「ああ、たいへん。私の最高チョイスでラッキーなスケベなのにメロメロでないだなんて!?転生体は余計な記憶が混じって感情の発露が上手く行ってないようです、これは魔王の仕業かもしれません!精神汚染魔法です!きっとそうに違いありません!でも、いまなら大丈夫です。記憶修正の処置を申請します」

大げさな口調でにこやかにこちらに向かって、木づちを手に取った。


ぱっかーん!


目の前が真っ暗になる前に見たのは、木づちの柄についているタグの使用の注意だった。



「短距記憶忘却、および記憶修正用〜対象者も使用された事を忘れられるので消去記憶と修正記憶の使用簿の記入を忘れずに【愛情省貸出備品No.23553】〜」 

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