還り道

sid

第1話

『私たち、まだ子供だから。今はまだ、友達でいよう?』




______生温いオレンジ色に染まった、寂れた教室に彼は居た。

子供たちの喧騒は、もうそこには無い。

帰りたい、けれど帰れない場所。

助けを求めるように吐き出した独り言は、もう誰にも届かない。


「……誰?」


彼は問い掛けた。

居るはずのない存在が、彼の目の前に佇んでいた。

黒い彼岸花のような、セーラー服を着た少女だった。


「その言葉、そのままお返しする。…まぁ、こんな取り壊し寸前の廃校に来る人なんて、大抵変わってるけど」


彼女は微笑んでいた。

それはどこか儚げな、乙女の微笑みだった。


「…僕はここの卒業生なんだ。もう随分昔の話だけど」

「へぇ、なんで今更?」

「……。」


夕日が姿を隠しつつあるのを感じる。

彼は答えられないでいた。


「大学生でしょ?」

「…いや、辞めた。ちょっと前に」

「ふーん…なんで辞めちゃったの?」

「……分からなかったんだ。行ってる意味が」

「なるほどね。それで里帰りでもしに来たって感じか」

「…まぁ、そんなところ」


なぜ見ず知らずの少女にこんな話をしているのか、内心訳が分からなかった。

それでも、不思議と居心地は良かった。


「それにしても、勿体無いよね。こんな大きな小学校、残しとけばいいのに」

「まぁ、田舎だから…。もう生徒が入って来ないんだ。……ねぇ、君はなんでここに来たの?

この町で、君の顔は見たことないよ」

「ん……」


彼女は少し口籠もり、そしてニヤッと笑うと、彼に近づいた。

指差しのおまけ付きだ。


「おおよそ君と同じ」

「……というと」

「感傷中毒者」


感傷、ノスタルジー。

今の彼には、どうにかなってしまいそうな程、

捨て去りたい本能だった。


「感傷…。いや、感傷なんかじゃ、ない」

「本当?私にはそうにしか見えない」

「……弔い」


彼女は口角を下げた。

その四文字が、既に止まった教室の時間を、さらに帰って来ないものにした。


「……そっか」

「……あぁ、死んだんだ。つい最近……」

「誰が?」


彼は一瞬言葉に詰まった。


「…友達」


彼女は明後日の方向を向くと、ふらふらと歩き出し机に座った。

……暫しの沈黙が続く。

外はすっかり陽が落ちていた。




「それほんとに友達?」




心臓が跳ねるのを感じた。

彼女の瞳は、深かった。


「もういいだろう。僕は帰る。もう暗いし…」

「ん、そうだね。……ねぇ」

「……なに」

「名前なんていうの?」

「……条」

「そっか、条くんか。…ねぇ条くん」


明かりが消えた廃校は、あまりにも暗かった。

彼女の姿は、闇に溶け込んでほとんど見えなかったが、白い顔とささくれのある指が浮かんでいた。

彼は何も言わず、ただ振り返った。



「また会おうね」

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