クッキーを焼こう

 俺は児玉巡査に言われ、この子の気持ちを考えてなかったと熱くなり自分の視野を狭めてしまっていた事に気がついた。


 確かに書類上存在しないものとして扱われて、自分の名前すら分からない常識から考えれば可哀想な女の子だが親が裏社会の人間であることを考えるとまだ何らかの事情で危険を避けるためにわざとそうしていることも考えられる。


 確かに環境的には問題があるかも知れないが女の子を見ると健康的だし、衣服もちゃんと清潔に保たれていて礼節までちゃんとしているのだから裏社会に生きる親が不器用ながらも愛を注いでいるのかも知れない。


 しかも俺は前にマリアの気持ちを考えずに別れたほうがマリアのためになると考えてしまっていた事があった。


 だからちゃんと女の子の気持ちを汲んでからでないと両方不幸になってしまう。


 だからその日はこれ以上無理やりな調査はやめて2日後を待つことにした。


 家を把握したのでその日こなかったとしても向かう事が出来るからだ。


 もし、女の子が忘れていたり何かの病気にかかり来ることが出来ないのならそれでも良い……。だが命の危険があるなら俺の命をかけてでも救いたいと思う。


 もちろんマリアを悲しませたくないのでみすみす命をくれてやったりはしないが。


 異世界でもスラム街で病に倒れ死ぬ子ども、親に口減らしで捨てられ街に出てきたものの仕事が見つからず仕事で危ない橋を渡って死んでしまったりあの時は俺は生きるのに精一杯で守る事が出来ずに悲しい思いをしたが今は違う。

 

 俺はあの時より遥かに成長した魔法はあまり得意ではないがそれでも現代に生きる人たちの誰よりも命のやりとりをしてきた。

 力不足ではない。


 マリアにこの考えを伝え同意を得る。


 2日後に2人でそれとなく遊びながら今の生活にどう思っているのか聞くことにした。


 そして2日後、部屋いっぱいに甘い香りが広がっていた。


 俺たちはマリアがやはり女の子はお菓子作りなどが楽しいのではないかと言って、クッキーを作っていた。


「生地をしっかり練っていくことが綺麗な形のクッキーを作るコツですのよ」


「はーい!」


 女の子が元気よく手を上げる。


 力がなくて粘り気のある生地を練っていくのに苦戦しながらも女の子は頑張っていた。


 そして出来た生地をオーブンへと入れる。


「まだかな、まだかな」


 オーブンの前でタイマーを見ながら、女の子はエプロンの裾を握ってそわそわしている。


「んふふ、さっき入れたばかりですからまだですわ」


 マリアがそう言って女の子を微笑ましそうに見つめる。


 俺はその待っている時間で生地を作るのに作った容器などを洗って片付けておく。


「いい匂いになってきたね」


 俺が言うと女の子はぱっと顔を輝かせてこくりと頷いた。


 マリアが横でふふっと笑いながら、皿を並べ始める。


「焼きあがったら、お茶に入れますわね」


「うん!」


 女の子は嬉しそうに笑った。やっぱり女の子には絵本の中から出てきたようなお姫様に見えるようでとても懐いている。


 そんな中、俺はふと切り出す。


「そう言えば、前に言ってたね。お兄ちゃんとお姉ちゃんがパパとママだったらいいなって」


 女の子は考えたがすぐに笑顔を作って言った。


「うん、でもねパパとママはたぶん忙しいだけなんだと思うの。私がちゃんといい子にしてたらいつかちゃんと時間を作ってくれるって、信じてるから。でもお兄ちゃんとお姉ちゃんと居たいって思ってるよ」


 俺たちの表情を見ながら別にお兄ちゃん達といたくないんじゃないよ誤解しないでといったように言葉を付け加える。


 俺は言葉に詰まる。


 きっと女の子にとってそれは希望だ。けれどそれは、もしかしたら救いのない希望かもしれない。


 無理に引き裂くことが正しいのか。それは分からないだが今はそうしないことがこの子にとって最良の結末になることを祈っている。


 マリアが、静かに手を女の子の肩に置いた。


「一つだけ魔法をかけさせてくださいまし、この魔法はすごくすごく危ない時に一度だけあなたを守ってくれるますわ」


「魔法!また見せて暮れるの!」


 女の子はまた魔法を見られる目を輝かせ子どもらしくその場で飛び跳ねる。


 それにマリアは優しく微笑むと短く呪文を唱える。


『プロテクション』


 女の子の胸元にそっと手を置いた。淡い光が一瞬だけ灯る。


「これで大丈夫ですわ。必ず守る貴方を守ってくれますわ」


 俺も続いて言う。


「どんなことがあっても、お前を見捨てたりしない。いいか?俺たちはいつでもお前の味方だから大人になってからでも困った事があったら言うんだよ」


 女の子はなんだかよく分からないといった顔をしたが俺たちが自分のことを大事に思っているということは伝わったのかニコリと笑った。


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」





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