答え

 その場は沈黙に包まり俺と善助の見つめ合いが続いた。


 するとその様子を見守っていたマリアが席からスッと立ちがり俺の腕を掴む。


「お父様、令も私も帰って来たばかりで疲れて頭が回らない様子ですので、一旦この問題については明日ということにさせていただきますわ」


 強引にマリアは俺を連れて食堂から出た。そしてそれを善助は特に止めなかった。


 俺の手を引くマリアは道中、俺と何も話すことなく慣れた足取りで広い屋敷内を進むととある部屋に入った。


「ここは私の部屋ですわ」


 マリアはその部屋に置かれたベットに腰掛ける。

 

 その部屋の窓から月光が入ってきてマリアを照らす。


「俺はやっぱり、マリアには釣り合わないよ」


 マリア自身は善助の言葉に応えられなかった俺を責めるようではなかったが、俺の事を見つめるその俺にとっては綺麗すぎる瞳が善助の言葉から逃げた事を責められているようで無意識に言葉がこぼれる。


「どうして、そんなことを言うんですの?」


 彼女の問いに俺は自分の劣等感をぶつけるように答えた。


「マリア、俺には何もない。こっちの世界じゃただの高校生で地位も力も未来もあるとは思えない。異世界ではたまたま戦えてただけで対した男じゃないもし他の奴だったとしても過程は変わらなかったと思う。でも現実に戻ったら君の隣に立てるような人間じゃないよ」


 マリアが静かに立ち上がり、俺の前に来る。


「君は宮内財閥の後継者、僕とは違うんだ。そんな君の足を引っ張るようなことしたくない」


 マリアが、少しだけ声を荒げた。


「令……、私の気持ちは無視するんですの?」


 その目にはうっすらと涙がにじんでいた。俺の胸が痛んだ。


「私があなたを好きになったのは、ただそばにいたからじゃありませんの。異世界で何度も助けてくれた。最初の討伐依頼の時、私は怖くて武器を振るえなかった。そんな私をあなたは笑わずに庇ってくれた」


 彼女の声が震える。


「あなたは異世界で私と出会って間もない頃見て見ぬふりも出来たのに賊に襲われかけた私を命懸けで守ってくれましたわ。それで、心を奪われないはずがありませんの」


「マリア……」


「あなたは、私の中で一番大切な人なんです。何も持ってないなんて言わないで。私にとってあなた以上に価値のある人はいませんの!」


 マリアの目から、大粒の涙がこぼれた。それを見て俺はもう自分から逃げるのは止めた。


「ごめん。俺、怖かったんだ。君を大事に思うあまり君の人生を壊す存在になるんじゃないかって。でも本当はずっと君の隣にいたいって思ってた。どんな未来でも君と一緒に生きる覚悟はあったのに勝手にマリアの気持ちを決めつけてごめん」


 マリアが、泣き笑いを浮かべながら俺に寄り添ってくる。


「では明日お父様にそう言ってください。誰が何を言っても、私たちは一緒だって。私もちゃんとお父様に伝えますから」


 俺は小さく頷いた。


「ああ、言うよ。ちゃんともう自分の気持ちには嘘はつかないよ」


 そして翌日。


 宮内家の応接間。厳かな空気の中、俺は善助の前に立っていた。


「昨日気持ちを確認し合いました。俺は、マリアとこれからの人生を共に生きます。どれだけ時間がかかっても、力が足りなくても俺は誰にもこの気持ちを否定させません」


 善助の眼差しが鋭くなる。


「本気だな?」


「はい、俺のすべてを懸けてマリアを支えます。彼女と共に歩んでいきたい」


 隣に立つマリアが俺の手をそっと握る。善助はしばらく沈黙を保ち、やがて深いため息をついた。


「ならば好きにしろだがな、犬伏令」


 自分の名前を呼ばれた瞬間、俺の背筋が伸びる。


「宮内財閥の後継者として私の娘がどこの馬の骨とも知れぬ者と付き合いがあるなど、世間に知られればどれだけの信用を失うか分からん」


 善助は俺たちに冷徹な現実を突きつける。


「それが本当に貴様の意思であり、マリアもまたその選択に同意するというのならいいだろう。だが、マリアこれでも2人で生きたいと言うのか?もしそうならば宮内の名のもとに守られることは今後一切ないと思え」


 善助は椅子から立ち上がり、静かに、だがはっきりとした口調で続ける。


「それでも己の意思を貫くというのならば、マリアには宮内の家を出てもらう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸が締めつけられるように痛んだ。


 マリアがすぐそばで息を呑む気配がした。


 俺のためにこの世のすべてを持っている彼女が、すべてを捨てる覚悟を問われている。


 それでも、俺は振り返った。隣に立つマリアを見る。


「マリア、無理をしなくてもいい」


 俺はそう言うが、彼女は確かな瞳で俺を見返していた。


「私は令と生きますわ」


 迷いなどそこにはなかった。


 マリアの言葉に善助は何も返さなかった。ただ、その視線を一瞬だけ伏せると静かに部屋の奥へと背を向けた。


 その背中に、彼の感情を読み取ることはできなかった。


 だが色々な仕事があっただろうにマリアが見つかった事を聞くとわざわざ屋敷に来たり、この別れるように言うのも娘の幸せを思ってだろう。そして別れなければ勘当というのも意地悪ではなく財閥トップという特殊な立ち位置からそう言うしかなかったのだろうことも分かる。


 だから俺はマリアを代わりにしっかりと守るという気持ちを込めてその背中を見送った。


 


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