秘蜜の母

加藤よしき

偶然×運命=必然


 杉村 亮太は、絶望した。

 亮太は16歳。分別と色を知り、それでいてエロいイマジネーションが働く年齢だ。かつてジョン・レノンは「Imagine(想像してごらん?)」と歌ったが、ジョンに言われなくても亮太は四六時中エロいことを想像している。

 ゆえに、亮太は絶望した。

 「母さん……」

 力なく、しかし決して誰にも聞こえないように呟く。

 顧問が負傷したせいで、部活の練習がいつもより早く終わった。そんなある日の放課後……亮太は、街を歩く母を見かけた。それ自体はいい。なんなら普通に「あ、ちょうどいいところに」と合流するところだ。しかし……。

 問題は母を囲んでいる連中だった。4~5人の男。見たところ二十代。そして、男たちは何故か全員が日焼けしていて、短髪で妙に筋肉質で頭を刈り上げて、おまけに全員が示し合わせたように黒い上下のスウェットで、ぶっとい喜平チェーンをつけていた。

 そんな男たちが口々に、母を褒めていた。

 「いやー! おねえさん、マジ綺麗っすよ! 本当にアラフォーですか?」

 「すっげーっす! 超綺麗だし、優しいし、誰でも惚れるっスよ!」

 そんな言葉を全身で受け止めながら、母はまんざらでもない顔で答える。

 「あらあら、こんなおばさんをそんなに褒めても何もでないわ」

 そして母とヤカラ100%の集団は、地下に潜っていくタイプのバーへ消えて行った。

 亮太は、確信した。

 ――寝取られが発生している。それも母親が、俺の見ている前で。しかも最悪のパターンの寝取られが。

 「母さん……」

 もう一度、亮太は力なく呟く。家に至る前での道が、ほんの30分ほどの通いなれた道が、果ての見えない砂漠のように思えた。



 「顔色が悪いけど……亮太、どうかした?」

 母が尋ねる。亮太は「母さんのせいだよ!」……と、答えたいところをグッと堪える。今は一家団欒の時間だ。そんな話を切り出すべき時間ではない。

 亮太は母の顔を見た。その顔は、いつもと変わらない。もし夕方にあの光景を見なければ、きっといつも通りに、何も思わないまま接することができるだろう。

 しかし、亮太は見てしまったのだ。

 「母さん……大丈夫……。俺なら……平気だから……」

 「妙に間を開けて喋るのね? でも、大丈夫ならいっか♪」

 母は笑った。いつも通りに。

 「大丈夫には見えないぞ。亮太、母さんに言いにくいことなら、父さんに相談しなさい」

 「あんたにも言えないよ!」……その言葉を再びグッと亮太は飲み込む。言えるわけがない。「あなたの奥さん、いかにもアレな男たちとアレしているかもしれませんよ」なんて。

 ふと父の顔を見た。特徴はない。男前でもブサイクでもない。ひと言でいうなら、柔和な顔だ。こざっぱりとしているし、アラフォーらしく落ち着いているし、少しだけ枯れても見える。ゆえに……実の親に対して申し訳ないが、なんとも申し訳ないが、いかにも寝取られそうな顔だ。

 それに比べて……。亮太は、数年ぶりに母を他人として見た。慣れ親しんだ母ではなく、完全なる他人、街で見かける年上の女性として、母を観察した。

 父と同じく、優しい顔つきだ。何でも受け入れてくれそうな、ふんわりとした雰囲気に満ちている。その雰囲気のままの見た目をしていた。身長は父と同じ程度で、172㎝もある。体重は健康体重を少し超えるくらいか。よく「最近、少し太り気味」だとグチをこぼしていたが、それがかえって、典型的なほど……。

 ――なんて、寝取られていそうな見た目なんだ。

 亮太は味噌汁に視線を落とした。考えたこともなかったし、考えたくもなかった。父が典型的な寝取られ顔であること。エッチな漫画なら鼻から上が描かれていないタイプの男であること。そして母は父に輪をかけて、典型的な寝取られ顔であること。優しくて、押しに弱そうで、しかし体は……なんというか、いい意味で太い。

 嫌な決めつけと想像が、亮太の頭の中をよぎる。

 ――この疲れた様子の父が、この元気そうな母を、色んな意味で満足させられるとは思えない。あの悪そうな連中にそこを突かれて、母は流されてしまっているのではないか。母は、あの連中ともう関係を持ってしまったのだろうか? もう父を愛していないのだろうか? いや、愛しているとか関係なく、もう父さんの父さんでは満足できなくなっているのではないか? いや、でも……もしも父さんが父さんの父さんで母さんを満足させれば、あるいは連中と母さんは切れるのではないか?

 「亮太、味噌汁を眺めてどうしたんだ? 父さんだって、頼りになるぞ」

 「母さんを満足させてあげてください」

 しまったと亮太は思った。心のなかの声が、漏れ出してしまった。

 同時に鈍い音がした。父が持っていたご飯茶碗を落としたのだ。一方の母は、きょとんとしていた。

 「……亮太」

 沈黙の中、父がゆっくりと口を開く。そして、

 「父さんは、疲れているんだ。お前もこの年齢になれば分かる」

 ――言い訳だ! 愛しているなら、疲れなんて関係ないはずだ!

 そう思ったが、亮太は口に出さない。ただひと言、

 「ごめん。変なことを言った。今日は、ちょっと食欲がなくて。晩ご飯は、もういいよ」

 食卓を去る。自分はこれ以上、ここにいてはいけないと思った。しかし、

 「亮太。父さんは父さんなりに考えているんだ。そろそろ薬を使った治療を……」

 亮太は耳を塞ぎ、自室に駆け込んだ。鍵をしめ、電気消して、ベッドに顔をうずめて……。

 ――大人なんて、大嫌いだぁぁぁ!

 そう心のなかで大絶叫した。



 翌日、亮太は学校を休んだ。仮病だった。何故に仮病を使ったのかと言うと、母を追跡するためである。その追跡は、母が実際に寝取られに巻き込まれているか、確認するためである。

 母は決まった時間にパートに出る。この日もそうだった。病床に倒れた演技をする亮太を残し、母はパートに出かけた。すぐさま亮太は着替え、部屋を出て、母を追った。

 すると……。

 「あっ、お姉さん! 待ってたっすよ。いつもの店で、よろしくでーす!」

 母はパート先ではなく、あの連中と合流した。しかも、

 「いえいえ、ぜんぜん平気♪」

 母は、笑顔だった。ちょっとだけ頬を赤く染めて。恋する乙女といった感じで。

 亮太は頭の中が真っ白な怒りに包まれた。もう間違いない。母を中心とした寝取られ事象が発生している。

 ――そんな! いくら父さんがインポだからって……!

 一晩の苦悩の末、亮太は一方的に父が恐らくは勃起不全(インポテンツ)であるだろうという結論に至った。

 それはさておき、亮太は息を殺して母を追った。

 依然として治安が悪くて性欲が強そうなヤカラたちは、母と笑顔で話をしている。母もまた笑顔でこれに応じている。亮太は思う。奇妙な取り合わせだが、きっと何も知らない周りから見れば仲良しに見えるはずだ。卒業した不良少年たちと、彼らを担当した女教師が再会したとか、そういう説明がつきそうではある。しかし、亮太は知っている。母は教師でもないし、ああいったヤカラの知り合いもいないことを。

 そして母とヤカラたちは、あの地下に潜るバーに入って行った。

 ――行くべきか?

 亮太は自問自答する。

 ――行ってどうする? 行ったところで、何が得られるのか?

 ――『確信』だ。この先へ進めば、俺は確信を得られる。確固たる証拠を得れば、次になすべきことを決められる。

 ――次になすべきことって何だ?

 ――分からない。今は。でも、分からないままにしておけば、いつか必ず後悔する。

 その結論に達したとき、亮太はふっと笑った。母に言われた言葉を思い出したからだ。小学生の頃に3年間やった野球を辞めて、サッカーを始めたいと相談したときだ。父は「卒業するまで頑張ってみないか」と言った。穏やかな口調だったが、怒っていることが幼い亮太にも読み取れた。しかし母は、いつも通りの穏やかな口調で――。

 「いいじゃない。何をするにしても、遅すぎるなんてことはないんだから」

 そして、亮太の手を握ってから、ゆっくりと言った。

 「亮太、いい? あなたは何をしてもいい。時には諦めてもいい。気になることをやらないまま、あとになって後悔するのは、とても辛いことだから」

 母のその言葉は、自分の心の深い部分に在る――亮太はそのことに気付いた。

 亮太は階段を降りていく。一歩、また一歩。次第に頭が冷めていく。どこかで好奇心も出始めた。

 ――そうだ。案外、ヤカラ連中がイイ人たちなのかもしれない。寝取られだと思ったら、ヤカラがイイ人たちっていうのも、最近は(主にSNSの一発ギャグで)よく見るし……。

 亮太は扉に手をかけ、思い切り開く。「案外」の可能性を考えながら。

 すると店内で、母が椅子に座っていた。その手は背中に回され、手錠をかけられている。そして母の前には上半身が裸の男と、照明やマイクなどの撮影セットが用意されていた。

 ――開けなきゃよかった。

 「案外」なんて、そんなことはなかった。そして亮太は、猛烈な後悔に襲われた。



 亮太の目の前に、最悪の光景が広がっていた。興奮しきっている男たち。その前で椅子に拘束されている母。

 「か……母さん……」

 亮太は、その場で膝から崩れ落ちた。

 一方で男たちは叫び出す。「なんだてめぇ!」「どこのクソガキだよ!」「勝手に入ってんじゃねぇよ!」「つーか鍵をかけとけ!」「すんませんでした!」

 しかし、母はここでも相変わらず……。

 「亮太じゃない。体の調子が悪いんじゃなかったの?」

 いつも通り、亮太を気遣った。

 「母さん! それどころじゃないよ! 警察! 警察に通報するから!」

 亮太がスマホを取り出し、すぐさま110を押す。男たちはさらに猛り狂う。

 しかし――。

 「警察なんて呼ばなくていいから。だって母さんはね、自分の意志でここに来たんだから」

 最も聞きたくない言葉が、母の口から出た。

 「母さん! それはどういう意味!? っていうか、これは! これは何なの!? どう見たって、そういう撮影会じゃないか! これを望んでるって、どういうことなんだよ!?」

 ほとんど泣きながら亮太が問うが、母の声は変わらない。落ち着いたままだ。

 「いいえ。ここは『制裁』の場だから」

 「はぁ?」と亮太が間の抜けた声を漏らす。

 ――セイサイ? 性に……サイはどういう字だ? ……うん? いや、セイサイは『制裁』か? でも、それは意味わからんだろう。『正妻』の方か? いや、それでも意味は分からんか?

 戸惑う亮太に対し、男たちはドッと笑い声をあげる。その声の大きさに、ようやく亮太は気が付いた。そこには20人近い男たちがいた。全員がガラが悪く、屈強で、いかにもなヤカラだ。どう考えても、自分の力で何とかできる相手ではない。亮太は、ますます大後悔に襲われる。

 すると母は、男たちに言った。

 「それで……最後の警告になるけれど、自首しない? 何人も女の子を脅して、こうやって動画を撮って、それでまた脅して、さんざん稼いで、最後は捨てる……やってきたことを警察に言って、きちんと法律で裁いてもらえば死ななくて済むから」

 ――死ななくて済む?

 母がいつもの口調で言ったのは、亮の頭に、大きな疑問符が浮かぶ言葉だった。

 若者の一人が答える。

 「おばさん、そりゃ無理なんだわ。俺の親父が警察の上の方だから。自首しても、受け付けてもらえねぇんだ。つーか親父はてめぇのキャリアに傷がつくからって、頼まなくても揉み消してくれる。だから、警察はねぇんだわ」

 その言葉を聞くと母は、深く溜息をついた。

 「気の毒ね。でも、そういうことだったら、ケリのつけ方は一つしかない」

 「そうだよ、おばさん。あんたみたいなのでも、金にはなるから。ま、せいぜい撮影中か、出張先で楽しみを見つけてくれよ。そしたら楽になると思うぜ。息子の方も、手は出さねぇでやっから」

 「あっ、そうそう。亮太がいるんだった」

 母は亮太の方を振り返って、言った。

 「亮太、『覚悟』しなさいね」

 「覚悟?」

 「そう、覚悟。あなたはこれから、自分の身を守らなくちゃいけない。ほんの数分だけど、これからあなたの命の保障はなくなる。ここは『死地』になるのだから」

 次の瞬間、

 「魔具着装ダーク・ハニー・チェンジ!」

 母が吠えた。同時にその体がドス黒い何かに包まれる。何かは、まるで黒い電のようで、それでいて高山の雲の如く流れ、母の全身を覆って隠した。亮太は、それに『力』その物を感じた。まるで社会科見学で訪れた製鉄所の巨大な機械や、観光で見た蒸気機関車のような、熱く激しい『力』が、母の全身を覆っているような、そんな錯覚を覚えた。目の前で吹き荒れる超自然的な現象に、誰もが言葉を失う。そして、ほんの数秒後……。

 「待たせたね」

 黒いオーラが晴れ、母が姿を現した。その姿は……亮太の第一印象は、『悪役女子プロレスラー』だった。上半身は黒地のビキニ水着だ。しかし炎とも血管とも見える、赤の模様が入っている。下半身はホットパンツとロングブールで、こちらも上半身と同じ配色が施されていた。膝・肘には防具が、拳には指ぬきのグローブを装着されている。そして髪には、黒髪に目立つ赤い髑髏のアクセサリーがあった。

 亮太は真っ白な頭を一生懸命に回して、言葉を絞りだす。

 「母さん……何?」

 母は何も答えず、手錠の鎖を引きちぎった。紙きれのように床におちたそれが、硬く重い鋼鉄の音を立てる。

 「警告はした。もう慈悲は与えない」

 「母さん? どうした? 口調が変わってるよ?」

 良太の言葉を無視して、母は続ける。次は手首の手錠本体を指先でつまみ、ばんそうこうでも剝がすように外した。これもまた床に落ちると、しっかりと金属の音を立てた。

 「貴様らが食い物にした者たちの無念を味わってもらおうか」

 母は椅子から立ち上がると、男たちの方へ歩み寄る。

 「それとな、こうなってしまうと、私の血が湧くのだ。この姿になると、私は酷く暴力的で、好戦的になる。かつて魔装少女として生きていた、あの頃の血がたぎるのだ。だから……先に謝っておく。これから起きることも伝えておいてやる」

 母は、告げた。

 「すまないが、これから貴様らを一方的に虐殺する」

 その言葉に、ひとりの男が反応する。

 「何を言ってんだこのババァ!」

 その男は怒鳴りながら、一歩だけ前に出た。

 同時に、母の右拳が男の顎を撃ち抜く。途端に男の顎が爆裂した。撃たれた箇所が粉々に散ったのだ。しかも男の体自体は微動だにしていない。それどころか男は顔色一つ変えやしない。それは耐えているのではない。自分の身に何が起こったか、気が付いていないのだ。母の打撃があまりに速く、あまりに強かった。人体が認識できる限界を超えていたのだ。だからこそ、その男は自身の顔面の下半分が消失したと知った瞬間に、激痛と大量出血と心理的衝撃で絶命した。

 一人が死に、惨劇の全体が露わになったとき、ようやく悲鳴が上がった。同時に母は駆け出した。次から次へと惨劇が再現される。

 母の拳が――。

 蹴りが――。

 肘打ちが――。

 膝蹴りが――。

 頭突きが――。

 すべてが一撃で人体を破壊していく。母の絶対的な攻撃を前に、急所も何も関係がなかった。金属バットで豆腐を殴るかのように、どこも等しく肉と骨が同時に弾け飛ぶ。

 男たちも抗った。ある者は包丁を持って母に突っこんだ。しかし、全体重をかけていながら、包丁は力なくヘシ曲がった。その後に母の肘が振り下ろされ、男の頭部は霧散した。その他にも椅子やナイフが母を襲ったが、結果は同じだった。すべてはまったくの無意味に終わり、武器の持ち主たちは瞬時に文字通り散った。

 そしてきっちり19人分の肉塊が出来上がったとき、あの男は床に座り込み、母を見上げ、ただただ懇願した。警察関係者の息子だと名乗った男である。

 「待ってくれ!」

 「命乞いなら受け付けていない」

 母の言葉は、冷たく、重い。

 「自首する! 今から、すぐにだ! それで許してもらえないなら、俺は、何でもする! あんたに許してもらえることを、なんでもだ!」

 「貴様の不運は理解してやろう。この世界の人間の法律の方が、私より遥かに優しい。貴様が違う環境に生まれ、法律に裁かれていたなら、こうして私と出会うことはなかっただろう」

 「そうだ、そうだ! 俺の環境が、」

 男の言葉は遮られた。母の右拳で頭部が丸ごと消えたからだ。

 「一瞬だったろう? 恐怖も苦悩もなく逝けたはずだ。せいぜい感謝しろ」

 20人分の血肉が転がる中、母は悠然と亮太の方を振り向く。

 「さてと……説明しようか。私の息子よ」

 亮太は、失禁した。



 そして母は、亮太に事実を話した。

 すべてが偽りであったこと。

 母の名……杉村 敬子という名は偽名であり、本当の名はクレイドル・フィルスということ。

 出身も日本の埼玉県ではなく、血のそこに在る魔界であること。

 魔界の王族の一員だったが、人間の生活に憧れて、この世界にやってきたこと。

 普段は普通の人間として暮らしているが、平和を乱す人間がどうにも許せないので、そういう時は今回のように『制裁』を加えていること(このことを母は「ハーブを育てているプランターや、ガーデニングしている庭とかに、害虫が湧いたときの感覚に近い」と言って、亮太をドン引きさせた)。

 そして『制裁』を加える際には、魔具着装という魔法を唱えること。これによって魔界にいた頃の自分に戻るのだという。ただし、あまり長時間変身していると、魔界から自分を殺したい連中がやってきてしまうので、10分程度に押さえているらしい(母は「私を殺して名を上げたい者はごまんといる」と言った)。

 すべてを話し終えたあと、母こと杉村 敬子こと、クレイドル・フィルスは言った。

 「あなたが私の子どもであることは本当だから」

 そして、

 「このことは、誰にも内緒でお願いね?」

 ――言えるわけがない。

 亮太はそう思った。

 それから一週間、亮太は夜に眠ることができなかった。母が恐ろしかったのである。とんでもない怪物と一緒に住んでいることが怖くてたまらなかった。

 しかし、住めば都である。

 あの惨劇から一週間、亮太は夜も眠れるようになった。単純に慣れたのもあるが、母がバラバラにした男たちが、何をやっていたかを知ったのが大きかった。マスコミは連日、この戦後最悪と言ってもいい凄惨な大量殺人を報じた。そのうち、この被害者とされた男たちが、大量の人間を食い物にしていることが明るみに出て、さらに警察の腐敗までも暴かれた。テレビの報道が及び腰になっても、彼らの被害者たちは声を上げ続けた。海外のニュースにもなり、遂には警察の上層部の首が飛んだが、それでも騒動は止まりそうもなかった。

 混乱する社会を見るほどに、亮太の中で母への恐怖は薄れていった。そして恐怖は、畏怖へと変わり、誇らしくすら思えた。母がやったことは、荒っぽいが正義だったのではないかと。

 ただ母への恐怖は薄れたが、一方で変わらない部分もあった。

 ――母さんが正義なのか悪なのかは分からない。ただ、あの衣装だけは何とかしてほしい。全とっかえとは言わないから、せめてこう、マイナーチェンジというか……。ほら、昔のゲームをリメイクするときに、キャラデザをちょっとナーフするような、そういうレベルでいいから。ちょっとだけ露出を少なくするか、せめて下に何かを履いて欲しい」

 そんなことを亮太は考える。しかし、母が着たい服があれならば、それを尊重するべきだとも思った。



 杉村 敬子は考える。自分の正体について、いずれ家族には話すことになるだろうと思っていた。しかしそれは予想とは違う形になった。だから考え直さないといけない。実の息子である亮太に、あのことを伝えるタイミングを。

 ――どう伝えるべきかな? 亮太には私の血が流れているから、あなたも魔装少女に変身できる。でも女装することになるから、ムダ毛は処理しておいた方がいい。う~ん、もうちょっと年齢がいってから話すつもりだったけど……・

 敬子はとりあえず、脱毛サロンについて調べることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秘蜜の母 加藤よしき @DAITOTETSUGEN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る