第29話 これでまた一歩?

 そこにいたのは、北条若菜ほうじょうわかな

 少し青く染まった髪の毛が昔からよく似合って、軽くウェーブしながら肩まで伸びている。

 赤いパンツルックは、人目を引く華やかな容姿にとっては、決して派手ではなくてよく合っている。

 

「ほら、やっぱり信じゃない。驚いたあ、まさかこんなとこで会うなんて」


「……それはこっちだって。もう帰省していたのか?」


「ええ、昨日の夜に京都へ。今日は大学の時の知り合いとここへ来たんだけど、びっくりだわ」


 この連休中はお互いに関西にいるので会わないかといった話があったのだけれど、まさかこんな形で実現してしまうとは。

 まるで宝くじみたいな確率の偶然なんじゃないだろうか。


 若菜の言うように、彼女の後ろには、三人ほどの男女もいる。


「……そっちは、お連れの方……?」


 若菜の視線の先にいるのは、少し面食らっている遠野さんだ。


「あ、うん。そうだよ」


「……もしかして、二人で来てるの?」


「ああ……そうだけど……」


「ふ~ん……そういうことなの……」


 そういうことって、どういうことなのだろうな?

 正直言って、自分でも説明がしづらいのだけれど。


「あの、もしかして、東京でお会いしましたけ?」


「あ、はい。美濃山商事の本社ビルで。遠野千冬とおのちふゆです」


 遠野さんと二人で東京に出張した時に、この二人は会社の廊下で会っている。

 二人ともそのことが、記憶にあったようだ。


 じっと見つめ合う二人、その間で何もできず、沈黙の時間が流れる。


「あれえ、もしかして、若菜の知り合いの方ですか?」


 そう声をかけて来たのは、若菜の後ろにいた、陽気っぽい男性だ。

 サングラス姿が似合う、海の男といったタイプだ。


「あ、はい。同じ会社に勤めているんです」


「そうですか、それは偶然ですね。そうだ、良かったら、夜はご一緒しませんか? 折角こうして会えたのも、何かのご縁なので」


「ちょっと和弘かずひろ、邪魔しちゃ悪いでしょ? 折角お二人で来てるのに」


「あ、そうかな、そうだったかな?」


 別の女性にたしなめられて、頭をポリポリと掻く男性。


 確かに、こういうのは人数が多い方が、楽しいのかもしれない。

 けど今は、折角遠野さんが用意してくれた時間を、二人で静かに楽しみたい。


「ありがとうございます。折角なのですけど、こちらでも考えていることがあるので。遠野さんも、それでいいかな?」


「うん、私はそれでいいよ」


 やんわりと断りの返事をすると、遠野さんもそれに同意をくれた。


「ごめんなさい、お邪魔しました~!」


 明るく手を振りながら、4人組は遠ざかっていく。


「また連絡するから」


 若菜は、そんな言葉を残したのだけれど。


「こんなとこで会うなんて、びっくりね」


「だね。まあ気にしないで、こっちはこっちでやろうよ」


「うん。そうね」


 遠野さんと目を合わせて頷き合って、自分達の場所の方へと向いた。


 太陽が海の向こうに身を隠す時間になって、空に星が瞬くようになると、そこかしこが賑わってくる。

 俺達も、夜の準備だ。

 宿泊プランにくっついていたバーベキューセットを冷蔵庫から取り出して、コンロに火を入れた。

 網の上に、地元で取れた魚介や野菜、新鮮な肉を置くと、白い煙が立ち上って、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち込める。


「焼けたかな、もう食べられそうよ」


「うん、美味そうだ」


 紙皿の上に焼けた食材を取り分けて、冷やしておいたビールの缶を開けた。


「「じゃあ、乾杯!」」


 星屑がちりばめられた夜空の下で、ぐっとビールをあおる。

 冷たい液体が喉を伝わって、腹の中へ染み渡る。

 焼きたての肉や野菜を口にすると、また次のビールが欲しくなる。


 コンロの火に照らされてオレンジ色に浮かび上がる遠野さんの素顔が、暗い中で幻想的に浮かぶ。

 二人だけの、ゆったりとした時間が流れていく。


「綺麗ね。来て良かったね」


「うん。遠野さんのお陰だよ、ありがとう。食べたら花火やろうか? 買ってきたんだ」


 花火と言えば夏の季節、そこにはまだ早いかなと思ったけれど、きっと海辺の景色には合うんじゃないかと思って。


「うん、いいね! なんだかキャンプって感じ」


 食事が終って、缶に入ったハイボールを飲みながら、花火セットを取り出した。

 長い棒の先に火を付けると、眩い閃光がほとばしって、二人を明るく照らす。

 細いこよりの先に着火すると、そこで橙色の玉ができて、パチパチと音をたてながら、小さな光の華がいくつも咲く。

 いわゆる、線香花火というやつだ。


「すごく綺麗……」


「うん、だね」


「ねえ久我山さん、ちょっと相談があるんだけど」


「うん、なんでも言ってよ」


「えっと……その……」


 ん? どうしたんだろ、なんだか言いにくそうだな。


「あの、私も、下の名前で呼んじゃダメかな? さっきの北条さんみたいに……」


「え……」


 一瞬、心臓がトクンと跳ねて、それから少しずつ、顔が熱くなっていく。

 下の名前……この年になっても、それはかなり、勇気がいることで。

 でも遠野さんの方から、それを切り出してくれたんだな。


「あの、嫌だったらいいの。でも、最近よく話してるし、今だってこうして……だから、ずっと同じ呼び方だと、固いかなって思って……」


 明滅する光に照らされて、遠野さんは俯き加減だ。

 そこには、一番最初に出会った時の儚さのようなものは無く、はにかんだ女の子の表情が見て取れた。


「……だね。そうしよう。ただし会社では、今まで通りだね」


「うん。ありがとう……しん君」


「あ、えっと……ち、千冬ちふゆさん……」


「これからも、よろしくね」


「うん、こちらこそ」


 花火が消えると、周りの喧騒の隙間から、遠くに潮騒の音を感じる。

 少し恥ずかしいけれど、これでぐっと千冬さんとの距離が近くなった気がして、心の中の小さな自分が小踊りをしている。

 これで、職場の同僚ってだけではなくて、友達、とは思っていいのかな。


 花火をやり終えると、もうやることが無い。

 こういうのは、かえって最高の贅沢だ。

 建物の傍に腰を下ろして、星空と暗い海を肴に、チビチビとアルコールを啜る。


『ブルブルブル……』


 お? スマホが震えているぞ、何だろ……?


『今から少しだけ、話せない?』


 若菜からのメッセージだ。

 何の話なのか分からないけれど、今日あったことの口止めくらいは、しておいた方がいいかもな。


「千冬さん、ちょっと、外を歩いて来ていいかな?」


「……うん、いいけど……」


 そう返してくれた千冬さんの顔に、薄く影がさしたように見えた。



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